私小説
ヨーダ=レイ
第1話
私はエッセイが書けない。それは頭が悪いからだ。だから物語を書く。嘘をつくことなら、私にもできる。
きっかけは、知人に「私小説を書け」と言われたことだ。その時、私は笑った。私小説を書くためには、自分と向き合わなければならない。だが、私のような人間が、目の前の問題と向き合ってきたことなど一度もない。
記憶すら定かではない。いや、正確には、記憶を保持することを放棄してきた。思い出すことは、考えることだ。考えることは、向き合うことだ。私には、それができない。
だから私は逃げ続けてきた。逃げることしか選べなかった。いや、それも違う。他の選択肢も、確かにあったはずだ。しかし私は、それらを考えることすら放棄してきた。考えることから逃げ続けてきた。
批評家になりたかった。世界に、社会に、人々に、物申したかった。でも、それには理論が必要だった。論理的な思考が必要だった。私にはそれができない。頭が悪いからだ。
世界は私の理解をはるかに超えている。そのことをよく知っている。新聞を読めば、私の無知が露呈する。評論を読めば、自分の思考の浅はかさに恥じ入る。だから私は、自分にも描ける小さな世界に逃げ込む。
だから、物語を書く。フィクションという形を借りて、自分の弱さを偽装する。批評家に、なれなかった私。エッセイすら、書けなかった私。そんな私に残された道は、嘘をつくことだけだった。
物語の中なら、私は何者にでもなれる。賢い人間にも、強い人間にも、正しい人間にも。でも、それは全て嘘だ。現実の私は、ただのムシケラだ。地を這い、蹲り、せいぜい他人の成功を羨望の眼差しで見つめることしかできない。
私は、この文章すら書けていない。これも、きっと誰かの真似事だ。どこかで読んだ文章の模倣。誰かの声の借り物。
本当の私なんて、どこにもいないのだ。
私小説 ヨーダ=レイ @Yoda-Ray
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