収穫の季節

秋の深まりとともに、村々では収穫の準備が始まっていた。黄金色に実った麦穂が風に揺れ、果樹園では熟した果実が枝を撓めている。しかし、エドマンドの心には落ち着かない影が忍び寄っていた。文化の学び舎の窓から村を見渡しながら、彼は長老たちとの昨夜の言い争いを思い返していた。


「若様」エセルレッドは杖を強く突きながら言った。「収穫祭を変えるなどとんでもない。これは私たちの先祖から受け継いだ神聖な儀式です」


「しかし」エドマンドが説明を試みる。「新しい要素を加えることで、より豊かな祭りに」


「豊か?」別の長老が声を荒げた。「ノルマンの踊りを入れて何が豊かになる?あんな軽薄な」


議論は深夜まで続いたが、結論は出なかった。変化を望む若い世代と、伝統を守りたい年長者たち。その溝は、エドマンドが考えていた以上に深かった。


「先生」


若い声が彼の思考を中断した。振り返ると、十歳ほどの少年が羊皮紙を手に立っていた。


「この文字の読み方を教えていただけますか?」


それは古フランス語で書かれた騎士道の書の一節だった。エドマンドは少年の隣に座り、ゆっくりと説明を始める。部屋の中では、他の子供たちも思い思いに学びに取り組んでいた。開校から二週間が過ぎ、文化の学び舎は少しずつ形を整えつつあった。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。


昨日も、一人の父親が息子を連れて抗議に来た。「うちの子に余計な教えを吹き込むな」と。特に、ノルマンの言葉や作法を教えることへの反発は強かった。


「学問はよいことだ」その父親は噛みつくように言った。「だが、征服者の言葉まで覚える必要はない」


一方で、ノルマン騎士の家の子供たちの中にも、サクソンの子供たちと机を並べることへの抵抗を示す者がいた。マチルダは日々、そうした緊張関係の調停に苦心していた。


「エドマンド様」


マチルダが急ぎ足で入ってきた。彼女の表情には疲れが見えた。


「どうしました?」


「南の村の長老会が」彼女は一瞬言葉を詰まらせた。「収穫祭への参加を拒否すると」


エドマンドは深いため息をつく。南の村は、特に伝統を重んじる地域だった。彼らの不参加は、他の村々にも大きな影響を与えるだろう。


「村に行きましょう」


馬を駆って南の村に向かう道すがら、エドマンドは空を見上げた。雲一つない秋晴れ。しかし、その晴れやかさが、今の状況とは皮肉にも対照的だった。


村に着くと、広場には既に大勢の村人が集まっていた。中心には、長老会の面々が厳しい表情で立っている。


「エドマンド様」村長が一歩前に出た。「私たちの答えは変わりません」


「お話を聞かせていただけませんか」エドマンドは丁寧に言った。「なぜそこまで反対されるのか」


老人たちの表情が一瞬揺らいだ。そこには怒りだけでなく、何か深い悲しみのようなものが浮かんでいた。


「私の父は」村長が静かに語り始めた。「ヘイスティングスの戦いで命を落とした。多くの村人が、家族を失った。その私たちに、征服者の踊りを踊れというのか」


重い沈黙が広場を支配する。エドマンドは、自分の提案の持つ意味の重さを、改めて痛感していた。それは単なる祭りの形式の問題ではない。人々の心の傷に深く関わることだった。


「私も父を失いました」エドマンドは静かに、しかし確かな声で言った。「ヘイスティングスで。その痛みは、決して消えることはないでしょう」


村人たちの表情が変わる。


「しかし」彼は続けた。「今、私たちの子供たちは、違う未来を見ています。文化の学び舎で、彼らは互いを理解し始めている。この収穫祭を、和解の第一歩にできないでしょうか」


「和解?」村長が苦々しく言った。「それほど簡単なことだと?」


「簡単ではありません」エドマンドは首を振った。「だからこそ、一歩ずつ。まずは、お互いを知ることから」


その時、群衆の中から一人の若者が前に出た。彼もまた、ヘイスティングスで父を失った一人だった。


「私は」若者が声を震わせながら言った。「子供たちに、新しい世界を見せてやりたい。憎しみだけを残すのではなく」


次第に、他の若い村人たちも声を上げ始めた。彼らの多くは、既に文化の学び舎で学ぶ子供たちの親たちだった。


村長は深いため息をついた。「では、一つ提案がある」


彼の提案は、収穫祭を二部構成にするというものだった。前半は伝統的な形式を厳格に守り、後半で新しい要素を取り入れる。そうすれば、古い世代の思いも、新しい世代の願いも、共に尊重できる。


エドマンドはその提案に深く頭を下げた。それは妥協案かもしれない。しかし、その中に確かな希望を見ることができた。


帰り道、エドマンドは手元の羊皮紙に、エレーヌへの手紙を認め始めた。


「文化の融合は、決して容易なことではありません。しかし、人々の心の中に、確かな変化が芽生え始めています。それは小さな、しかし確かな一歩なのです」


空には、秋の夕陽が大地を赤く染めていた。収穫の季節は、新たな種を蒔く時でもあるのだ。その種が、いつか確かな実を結ぶことを信じて。

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