好奇心の獣

PROJECT:DATE 公式

伝えたいことをご自由に

七「んぅ…。」


なんだか寝心地が悪い。

うんと背伸びをしてみる。

そもそも寝転がってる感じがしなかった。

あれ?と思って

体を持ち上げてみる。

仰向けじゃなくてうつ伏せ…?

そうじゃなくて…伏せてる?

座りながら寝てる?

昨日クリスマスのことを考えてたら

楽しくなってそのまま寝ちゃった…とか?


体を持ち上げて、重たい瞼を開く。

すると、もう朝だったのか

目に痛い光がさんさん降り注ぐ。


七「目ぇいたーい…。」


「やっと起きたのね。」


七「へ?」


目が痛かったことも忘れ、

思わず目をぱちくりする。

目の前には何故か黒板がある。

そこに、蒼先輩が1人。

まるで先生みたいに

教卓を前に立っていた。


私は学校の椅子に座っているようで、

隣を見ると、片方には

机の上に花瓶と花が置いてあった。

自分の机を見る。

伏せて寝ていたせいで

ちょっとだけくしゃくしゃになった

テスト用紙みたいな紙が2枚並んでいる。

もう1回教卓を見る。

蒼先輩の手元にもプリントとペンが

転がっているようだった。


七「…え、何これ!?あ、おはようございます!」


蒼「えぇ、おはよう。」


七「何で蒼先輩がいるの?」


蒼「私も聴きたいわ。」


七「学校で居眠りしちゃって…あれ?」


蒼「私は家で眠っていたけれど。」


七「あ、最後に寝たのは家かも!じゃあこれは夢?」


蒼「さぁ。もし本当に夢なら、変な感じね。」


七「だよね、ちゃんと起きてるって感じするもん!ほら。」


席から立ってくるくる回って、

教室の中をぐるっと1周する。

外に出られるかなと思って

前後両方の扉を開こうとするも

鍵がかかっているみたいだった。

小窓に張り付いて外を見る。

私たちの通う横浜東雲女学院に

似てる気がする。

もう1回扉が開くか試しても駄目で、

蒼先輩は「うるさいからやめて」と

ぴしゃりと言った。


蒼先輩の近くに行く。

蒼先輩は嫌だったのかな、

ちょっとだけ距離を取られちゃった。


七「蒼先輩、蒼先輩。出られないよ!」


蒼「見てたら分かるわ。」


七「どうすればいいかな。」


蒼「知らないわよ。」


七「ここで何するの?」


蒼「テストを解くこと…片方が満点ならそれでいいらしいわ。」


七「どこに書いてあったの?」


蒼「自分のプリントにも書いてあったはずよ。」


七「見てなかった!」


はぁ、とため息をつく音を背に

自分の席に戻って紙を見る。

すると、確かにテスト問題が5問あり、

その上には

1、片方が満点であること

と書かれている。

もう片方のプリントを見ると、

2、書き終えたら交換して互いに読み合うこと

と書かれていた。

テストではない方の紙は

まるで何かのアンケートのようで、

私の方には

「園部蒼に伝えたいことを

ご自由にご記入ください」

と書かれていた。


蒼先輩の元へと戻って

教卓の上に置かれた紙を眺める。


七「蒼先輩は両方ともテストなの?」


蒼「いえ、片方は…別の質問ね。」


七「アンケートみたいなやつ?」


蒼先輩の解答を覗く。

問題のある方は

綺麗にぴっちり埋まっているけれど、

アンケートと称された方は

全く埋まっていなかった。

たったひとつ、

「藍崎七に伝えたいことを

ご自由にご記入ください」としか

書かれていないのに。


七「何で書いてないのー?」


蒼「書くことがないからよ。」


七「えー!そんなことあるの?私はたーっくさんあるのに!」


蒼「そう。」


七「何で興味なさそうなのー!」


蒼「興味ないからよ。」


七「そんなぁ…。でも、これ書いたら出られるんだね!」


蒼「それなら藍崎さんもさっさと書いてちょうだい。テストも高校1年生レベルだったからすぐに終わるはずよ。」


七「はーい!じゃあ先輩、答えを見せ」


蒼「見せるわけないでしょう。自分で考えて解きなさい。」


七「えぇー!」


蒼「えぇー、じゃないわよ。」


七「でもそもそも蒼先輩が絶対合ってるって約束はされてないのかぁ。」


蒼「教卓の中に答えがあったわ。私はもう答えを合わせをして満点だったわよ。」


七「え!じゃあさっきしっかり見とけばよかったよ…。」


蒼「いいからさっさと」


七「あ!」


蒼先輩があれこれ言っているのを前に、

席に戻ろうとした手前

隣の席に置かれていた花瓶に目が向いた。

どこかで見たことあるような図だなと

思っていたんだけど、

これ、あれだ、いじめとかでやるやつだ。

サスペンスとかでたまに

こういうシーン出てくるよね。

はっとしてその花瓶を掴んだ。

真っ白な花がゆらゆら揺れる。


七「これ!駄目なやつだよね?」


蒼「え?」


七「ほら、あるじゃん!いじめで、みたいな!」


蒼「…あぁ。」


七「だからこれは…うーんと、うーんと…後ろの棚の上に置く!」


蒼「別に誰かが座っているわけでもないのに。」


七「でもなんか嫌じゃん!」


蒼「…好きにすればいいわ。」


七「はーい。」


後ろの棚に花瓶を置く。

うん、こっちの方が

なんか教室の空気もちょっと良い感じがする。

気持ち晴れやかに席につき

テスト用紙を見た瞬間、

眩暈がしたかと思った。

…まるで全くわからない。

見たことあるような…?

いや、授業中は大体寝てる気がするし

見たことないものだらけだ。

この前麗香ちゃんに

教えてもらったところはわかるけど、

残りの4問がわからなかった。

先にアンケートやっちゃお。

先輩に伝えたいことはたっくさんあるんだ!


まずは、ずっと憧れてますってこと!

中学生の時、生徒会に入って

みんなをびしっと扇動する姿に感動してから

蒼先輩みたいになりたいと思ってること。

5月ごろの古夏ちゃんとの出来事も、

私1人じゃ見えないことばかり見えてて

大人だなって思ったこと。

真似したいところが

たーっくさんあるところ!

かっこいいところ、綺麗なところ、

姿勢が正しいところ、勉強ができるところ。

それから大好きですって

最後に付け加える。

それに納得していると、

問題をほぼ飛ばしていたことに気づいて

慌ててテスト用紙に戻った。


解けないがあまりうんうんと唸っていると、

蒼先輩は痺れを切らしたのか

時間切れと言って解答を提出させた。

いくら先輩とはいえ

同じ生徒には見えないと思いながら

渋々提出しに行く。


蒼「長すぎよ。」


七「だってぇ…。」


蒼「…あのね、わからなかったらわからないですぱっとやめて、解法を見てからもう一度解く方が賢明よ。」


七「えぇー…あ、そっか。片方が満点なら良いんだ。」


蒼「今全部私に任せようとしたわね?」


七「そ、そんなことはー…ありますけども…。」


蒼「はぁ…しっかりしてちょうだい。」


七「何で蒼先輩は全部解けるの?」


蒼「勉強してるからよ。」


七「受験生だからできるとかじゃないの?」


蒼「受験生になったら多少は勉強するでしょうから、できる人が多くなるにはなると思うわ。ただ、できない人はできないんじゃないかしら。」


その気持ちはわからないけど、と

切り捨てるような言葉の切り口だった。

蒼先輩に丸つけをしてもらう。

なんとなんと麗香ちゃんから

教えてもらっていたところは

途中まであっていたけれど

最後に計算ミスをしていた。


七「あちゃー。惜しい!」


蒼「全問不正解で?」


七「うん!次はもっと良い点数取れるもん!」


蒼「信用ならないわね。」


七「ええー。じゃあじゃあ、次!こっちの紙!」


そう言ってアンケートの方を取り出す。

ぱっと見せてくれた

蒼先輩のその紙は、

信じられないくらい真っ白なままだった。


七「え、何も書いてないじゃん!」


蒼「書いてるわよ、ここをよく見なさい。」


七「うん?」


じーっと見てみる。

すると、枠内の上部に

「特になし」とだけ書かれていた。

だーかーらー!と

地団駄を踏みながら

私が書いたものを叩きつける。


七「先輩のは少なすぎるよー!はい、これ読んで!」


蒼「あなたは書きすぎよ。」


七「だってだって伝えたいことたくさんあるんだもん。」


蒼「読んだけれど、これが伝えたいこと?」


七「読むの早っ。そうだよ!蒼先輩に憧れてますーって!」


蒼「…。」


七「たくさんたくさん書きたくて全部書いてたら時間かかっちゃった。」


蒼先輩は照れているのか

数秒間口を閉じた。

もしかしてありがとうとか、

そう思ってくれてたなんて嬉しいとか

言うんじゃないかと思ってわくわくして待つ。

けれど。


蒼「文章がぐちゃぐちゃで読みづらいわね。」


七「んもー!そうじゃなーい!」


蒼先輩は冷ややかにそう言うだけだった。

その時、テストも終わり

文章も互いに読み終えたからか、

扉の方からかちり、と音が鳴った。


七「あ!開いたよ先輩!」


蒼「らしいわね。」


七「出よ出よ!もうテストはこりごりだよー。寝てる間も勉強だなんて──」


駄々をこねながら

鍵の開いた扉を横にスライドし、

教室から出る。

直前で振り向く。

蒼先輩はついてきているようだったけれど、

少しだけ浮かない顔をしていたような──。





***





七「…っていう夢を見たの!」


蒼「……はぁ。」


廊下で偶然蒼先輩を見かけたものだから

声をかけて捕まえた。

移動教室だったのか教科書を持っており、

時間が取られることに

怪訝な表情を浮かべていたけれど、

聞いて聞いてとせがみ

何とか聞いてもらったところだった。

蒼先輩はもう1度深く

ため息をついてから

見下すように目を細める。

ちょっと怒ってるかも、とわかるまで

私でもそんなに時間を要さなかった。


蒼「途中でひと言言おうとしても止めるから聞いたけれど、最初から止めていればよかったわ。」


七「えー!でもでも、蒼先輩の夢を見るっていうのはそれくらい私にとってはビッグニュースだったんだよ!」


蒼「違うわ、そうではなくて。…私も同じ夢を見ていた、と早々に言っていれば長い説明の時間を省けたと後悔しているのよ。」


七「へ?」


蒼「今は時間がないから行くわね。なるべく話しかけてこないでちょうだい。」


七「え?ちょっと待ってよー!」


同じ夢を見てた?

蒼先輩が?私と同じ夢を…?

ならより一層もっともっと

話したいことがあるのに

蒼先輩はすたすたと歩き去ってしまう。

同じ夢を見てたなら、

蒼先輩は実際にあの教室にいて…

テストは満点で……。


七「伝えたいことは特になしなのー!?」


去っていく蒼先輩の背に

大声で言っても、

特に反応もしてもらえず

歩くたびに長い髪が揺れるだけだった。


ふー、と息を吐く。

蒼先輩と同じ夢が見られるのは

とてつもなく嬉しいことだけど、

これってもしかして…と

悪い予感もよぎる。


今度の出来事は

私と蒼先輩が中心になるのかもしれない。

でも、蒼先輩がいてくれるなら

何だって大丈夫な気がしてくる。

駄目なことは駄目って言ってくれるし、

何より頭いいし、かっこいいもん!


じゃあ大丈夫か!と

スキップしながら自分の教室に戻って行った。

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