真実の愛を追いかける

ひよこ1号

真実の愛を追いかける

初めて彼女に会ったのは七歳の春。

木々が花を付けて、重そうにしな垂れている庭園で、エミリーは見事なまでに美しい淑女の礼を執った。


「初めまして、キリアン」

「初めまして、フォルステア嬢」

「あら、エミリーで良いのよ。長い付き合いになるのですもの」


エイガー男爵家の次男に生まれて、俺は早速侍従としてフォルステア伯爵家に放り込まれた。

長い付き合いになる、というのは、両家の約定で十年の間仕える事を確約したからである。

それは将来を見越した投資であり、厄介払いであり。

碌に収入も無い男爵家では、まともな教育は受けられない。

侍従として仕えながら、伯爵家当主と同じ教育を受けられる。

衣食住も全て賄われ、礼儀作法や主人に仕える手段も身に付ける事が出来れば。

将来は入り婿としても重宝されるし、出来ればそのまま伯爵家で面倒を見て貰えばいいという親心も幾許かあっただろう。

一抹の不安と寂しさを感じながらも、この状況に俺は満足していた。

目の前の少女は背筋が凍るほど美しい。

薄紫色の光を反射する銀の髪に、青灰色の瞳はその冷たい美しさを引き立てる。

だが、見た目とは反対に、気さくに言うと彼女は少し微笑んだ。


「エミリー様」


言い直せば、彼女は満足そうに微笑んで、俺の手を取った。


「いらして。母に紹介致しますわ。今頃は執務をされているお時間なの」

「はい」


手を引かれるまま、彼女のふわふわと揺れる髪を見つめる。


だが、付いて行った先に、フォルステア女伯はいなかった。


「申し訳ございません、お嬢様。今はお部屋に籠られておいでです」

「そう。貴方が謝る事ではないわ。キリアン、丁度良いから参りましょう」


何処へ、と思ったが、再び歩き出す彼女を追って、奥まった一階の部屋の扉の前に辿り着く。

中からは泣き声や呻き声が漏れ出ていた。


「お父様はね、外に愛人を作ってらして戻られないの。お母様はこうして時折部屋に籠って泣いたり叫んだりしていらっしゃるわ。……誰かに依存するというのは怖いことね」


まるで他人事のように冷めた目で言う少女を見て、俺は何の反応も返す事は出来なかった。

大人の恋愛の機微も分からなければ、思い出しても実家の男爵家では特に参考になりそうな事は無い。

夫婦仲が良いとも悪いとも思った事は無かったのだ。

母は優しく、父には逆らわず、父も横暴というほどでもなく、かと言って優しい訳でもない。


「でも、いずれはエミリー様もご結婚なさるでしょう」

「ええ、そうね。こんな醜態は晒したくないし、わたくしの場合は政略結婚になるでしょうしね」


貴族にとって政略の無い結婚の方が珍しい。

言葉を失って見ていると、冷たい横顔が応えた。


「お母様は好いた殿方を配偶者に選んだの。お父様は子爵家の出身よ。何も出来ない無能なお相手、外に愛人を囲う金食い虫、と評判だそうだけれど。それでもお母様は手を放そうとなさらないの」


不思議ね、という言葉は自分自身に向けた言葉の様にため息と共に漏らされた。


「だからわたくしは、期待しない事に決めているの」


そして、いやにはっきりとそれだけを告げる。

凛とした目は真っすぐにこちらを射抜いていた。


それはまるで、俺に対しての宣戦布告の様にも思え。

「お前にも期待しない。お前も期待するな」と言われているようだった。


三年の月日が流れ、フォルステア女伯が病没すると、ささやかな葬式が執り行われた。

女伯の父であり、エミリーの祖父である前伯爵が王都の邸宅へと訪れる。


「お久しぶりにございます、お祖父様」

「息災であったか」

「はい、おかげさまで」


短いやり取りだが、二人の目には温かい物が宿っているようで、俺は心なしか安心した。


「おお、お前がエイガーの所の小倅か」

「はい。お久しぶりでございます」


五歳の頃、一度だけお目見えした事がある。

親が俺を売り込みに行った時だった。


「うむ。随分と立派になったようだな」

「お嬢様に鍛えられまして」


会釈をすれば、前伯爵は呵々と笑った。


「良き哉。して、エミリー、其方は自ら伯爵位を継ぐという話だが?」

「はい。王国の決まりでは十五にならないと爵位は継げませんので、その間お祖父様にお預かり頂きとうございます」


真っすぐに見つめる孫を見て、前伯爵は眉を顰めた。


「あれは駄目か」

「はい。一度なりとも爵位を渡したくございませんので」


あれ、とは帰らぬ父の事だろう。

こうして葬式にすら間に合わない夫であり、父なのだ。


「分かった。ではそうしよう」

「それと、わたくしもそろそろ領地へと参りますので、どうぞよしなに」

「うむ」


端的な会話を終えて、前伯爵は立ち上がる。

漸く帰ってきた、女伯の夫がしどけない姿で、曖昧な笑みを浮かべて扉から現れた。


面倒ごとが嫌いだという女伯の夫、オーブリーは前伯爵の申し出を難なく受け入れる。

王都での伯爵代理人で、やる事は書類への署名サインのみ。

仕事をせずに、今まで通り遊んでて良いと言われるようなものだ。

前伯爵が領地へ帰るのと入れ違いに、彼は家に愛人を引き入れた。

平民の下品な女。


「皆には悪いけど、あの方達は本邸で面倒を看ます。わたくしは領地と行ったり来たりになるでしょうから、別棟を建ててそちらに住むことに致しますわ」


家令以下、従業員全員を集めて、エミリーはそう宣言した。

名実ともに、この伯爵家の女主人はエミリーだ。

恭しい最敬礼を受け取って、エミリーは階下を後にする。


オーブリーの部屋からは、後妻になれないと知った愛人、メリッサの怒声が響いている。

この国では平民は貴族の愛人になれても、結婚は出来ないので後妻にもなれない。

かといって、妻がいる状態で他の貴族を愛人にする事も禁じられているから、密やかに恋をする者も稀にはいるが、大抵は平民の愛人を囲う。

法を順守する者は、配偶者を失って初めて新たな貴族を後添えに貰うのだ。

だが、彼は娶れない平民相手に調子の良い事を言っていたのだろう。

愛人はそれを信じ込んだ。

くだらない諍いの声を聴きながら扉の前を通り過ぎ、エミリーは振り返ることなく真っすぐに歩いて行く。


「キリアンも旅支度をお願いね。別棟の建設をしている間、領地へ向かうわ」

「はい」


三年。

領地に向かう馬車の中で思い出す。

一緒に過ごした時間は、決して平坦ではなかった。

男爵領で熱病が流行し、実家から助けを求められた時に領地への帰還を断行したのはエミリーだったのだ。

女伯を説得して、エミリーは俺に同道して領地へと向かった。


「熱は恐らくアヴェーマ熱。わたくしの作った薬も役に立つ事でしょう」

「……ありがとう存じます」


彼女と俺は薬学も習い始めていた。

授業で使う薬も、希少で使う事が稀な薬よりも実際に使われる薬剤が良いとエミリーが提案し、練習がてらに作ったものが馬車に積み込まれている。


「何故、ここまでしてくださるのですか」

「貴方の為よ?」


嘘だ、と目を眇めるとエミリーは愉しそうに唇を笑みの形に変える。


「そんな顔しないで頂戴。半分は本当なのだから。もう半分は、わたくしの為よ。人の流れを止める事は出来なくても、病の広がりを止める事は出来るわ」


それは、隣接する伯爵家の領地にも熱病が広がってしまわぬように、という事だ。

母である女伯もその訴えに、援助を承認したのである。


半分は本当。

本当の理由を知って、残り半分が逆に気になってしまった。


領地の為、と言い切ればいいものを。

この言い方は狡くないか?


生まれ故郷。

懐かしくて愛おしい場所。

だが、もう自分から切り離された土地のような気がしていて。

救けを求められた時も、まるで遠い国の話を聞くようだった。

これでは、エミリーの方がまるで、俺の故郷を大事にしているような気持になる。


エミリーに対して親愛の情はある。

他人を頼らぬように、自力で出来る事は全て身に付ける貪欲さも、賢さも、気高さも。

手の届かない高嶺の花のようでいて、こうして不意に近くに舞い降りてくる。

それが、どれだけ俺の心を乱すか知らずに。


窓の外を見るエミリーはもう、先程の会話なんて忘れているだろう。

頬にかかる銀の髪も、抜けるように白い肌に落ちる睫毛の影も、全てが造り物めいたように美しい。

でも一番美しいのは、自分を貫き続けるその心だ。



領地に到着すると、まずは重病人から薬を与えていく。

念の為エミリーは屋敷に居てもらう予定でいたのだが、既に感染予防の薬を飲んだといい、現地にも付いてきた。

回復薬と、予防薬、両方を与え続けて、一週間で領地は平穏を取り戻した。


「この度は、何とお礼を申し上げたら良いか……」


まるでエミリーを獲物の様に思っていた両親が、平身低頭する。

助けられた領民たちも、作物を持って屋敷にひっきりなしに訪れていた。


「いえ、お隣同士ですもの。助け合いでございますわ。でも、今後は薬の備蓄をお願いいたします。いつでも駆け付けられるという保証は出来ませんので」


年端もいかない少女に指摘されて、それでも両親は素直に頭を下げた。

それもそうだ。

もし、多数の領民が熱病に倒れてしまえば、働き手がなくなる。

大損害を被るのは、領民ばかりではない。


「薬代は何年かかっても、俺が返しますので」

「いいえ、それより交易のお話を致しましょう」


俺の申し出を蹴って、エミリーは俺と、そして両親に微笑みかけた。


男爵領と伯爵領にとって有益な作物を特産にして売る。

それぞれ単独で売るよりも、儲けは大きくなるので両親も勿論喜んだ。

加工技術は男爵領にあるので、販売する商会を立ち上げて、利益配分する事になった。


ついでに足を延ばして、伯爵領にいる前伯爵にも話を取り付け、薬の備蓄を再度するように進言もする。

その帰り道に、思わず馬車の中で呟いた。


「半分は商会の事か」


残念なような、腹立たしいような。

気持が浮き上がった分だけ、沈み込む深さに辟易としながら、無意識に口にしていた。


「半分は貴方だって言ったじゃないの。鈍い殿方は嫌いよ」


つん、と窓の外に顎を反らすように持ち上げたエミリーを驚いたように見れば、途端に彼女は悪戯めいた笑みを浮かべる。


「嫌な女性ひとだ」


間違いなく、あの碌でなしの血も受け継いでいる。

真っすぐに夫だけを見て、待ち続けた女の強さを持ちながら、翻弄する小悪魔に、俺はため息を吐く。

厄介な相手だ。



女伯が亡くなった後の領地での生活は、忙しかった。

過去の資料を軒並み読み込んで、各地へと巡察に向かう。

行く先々で領民と言葉を交わし、改善する事はきっちりと改善していく。

元々厳しい前伯爵の元で管理されていた領民たちは、エミリーを十の子供と侮らなかった。

寧ろ、その才気煥発さに安堵したようだ。

前伯爵もそんなエミリーを見て、幸せそうに穏やかに暮らす。

そんな日々に割り込んできたのは、まさかのオーブリーだった。


「喜ぶといい、私が、侯爵との縁を繋いできたぞ」


まさかの、婚約話。

勝手に結ばれた不当な権利配当。

多分、この配分には侯爵家から、伯爵家を通さずに直接オーブリーに流される分の資金が入っている。

結ぶ権利の無い話だが、相手は格上の侯爵家であり、勝手に反故にする訳にもいかずに前伯爵は口を噤んだ。

それはエミリーにしても同じだった。


「ありがとう存じます、お父様。このご恩は必ずやお返しいたしますわ」


だが、エミリーは顔色一つ変えずにそれを受け入れ、微笑んだ。

でも、分かっている。

前伯爵も俺も、エミリーがこれ以上なく怒っている事に。

美しい娘に礼を言われたと喜んでいる父親に、淑女の笑みを浮かべたままのエミリーが言った。


「お母様がお世話になった分も」

「そうか、そうか」


それは復讐の言葉ともとれるのに、間抜けな父親は気付いていない。

早速、エミリーは前伯爵に進言する。


「鉱山の開発と利益のお話と契約書はお祖父様にお任せ致しますわね。それと、婚約も未だ口約束でしょうから、わたくしのお願いも盛り込んで頂きとうございます」


「……うむ、分かった」


いつか、その約束が復讐に使えるように、牙を隠して近づく猛獣の様に。

強かにエミリーは怒りを微笑みの奥に押し込んだ。


ああ、まだ敵わない。

守ってすら、やれない。


連れて逃げる事は出来ても、彼女の守りたい物を守る力がまだないとは。

俺は、自分の無力さに絶望した。


「あらいけない、わたくしの婚約ですもの。異母妹いもうとにも教えてあげなくては」

「い、いや、それはまだ早いんじゃないか?」


メリッサに詰め寄られたくないオーブリーが言うが、意に介した様子はなくエミリーは微笑んだ。


「早くありませんわ。早めに釘を刺しておかないと困った事になりそうですもの」


今できる最大限の嫌がらせをしに、エミリーは嬉しそうに部屋を出て行った。



貴族学院に通う三年間。

それは領地へは行けない期間が出来る三年間だが、俺はその間護衛も兼任出来るよう身体を鍛え上げた。

元々領地と王都の往復が多かったのもあって、護衛騎士からも手ほどきを受けており、騎士科でも十分に通用する。

大会に出れば優勝も出来るだろうが、そんな事には興味はない。

一学年上の、第三王子のレオンから、側近にという話も出たが、すぐに断った。

無理だという事は分かっていた、とあっさり引いてくれたのは良かったが、実家に知れたら文句の一つも言われたかもしれない。

とはいえ、実家にはエミリーから受けた恩がある。

あの後も熱病対策のおかげで、領民は健やかに暮らせているし、特産物の売り上げで領地も潤っていた。

立ち上げた商会は、俺が内々に運営の権利を奪ってあり、他国へも販路を広げている。

無駄になるかもしれなくても。

エミリーが自由になりたいという意思を持っているのなら。

叶えられる力が欲しかった。


三年に上がった時、エミリーの異母妹のアリッサが入学してきた。

その奔放さと無知さで、女生徒からは距離をおかれ、けれど一部の男子生徒からは愛されていたのだが。

ある日不意に俺に声をかけてきた。


「ねえ、キリアン、冷たいお義姉様のお相手は大変でしょう?私なら、もっと楽なお仕事をさせてあげられるよ」


何故か、アリッサはそう甘く囁いて、大きな緑の目で上目遣いに見つめてきた。


いや、お前にそんな権限も資金力もないが?


思わず速攻で否定しそうになる言葉を慌てて呑み込んだ。


「いえ、私には今のまま十分でございますし、アリッサお嬢様の恋路の邪魔になってはいけませんので」

「気にしなくてもいいのにぃ」


淑女教育は何処へ旅に出たのか。


思わず虚無の顔で見つめていると、頬をぽっと赤らめる。


「そうね、お義姉様にバレてしまったら困るものね」


何が?


虚無の顔で見つめながら、疑問が頭に浮かぶ。


「では、時々内緒でお話しましょうね!」


何で?


アリッサは言うだけ言って、走り去っていく。


何だ、あの生き物は。

訳が分からないし、独自に理論を展開しているようで付いていけない。

俺は踵を返して、騎士棟へと向かった。


そして、久しぶりに第三王子レオン殿下が騎士達の様子を見に訪問していた。


「やあ、キリアン」

「ご無沙汰しております、殿下」


ぺこりと会釈をすると、レオンは挙げていた片手を下ろして、欄干に肘を着けて頬杖をつく。


「やはり、君以上の逸材はいなさそうだな」

「恐れ入ります」

「感情がこもっていない」

「大変申し訳ございません」


はあ、と俺の返答を聞いたレオンがため息を吐く。


「最近、とある話が耳に入ってきてね。エミリー嬢の婚約者が異母妹いもうとと浮気をしていると」

「左様でございますか」


入学から数か月経っている。

エミリーが出席しない夜会にわざと出席する事で、アリッサはマークスにエスコートをさせている。

婚約者が出席していないのだから、身近な男性という事で、という理由だ。


「それでエミリー嬢の相談を受けているのは知っているだろう?」


それは知っている。

王城へと内密の手紙を届けたのは、俺だからだ。


「彼と婚約を解消したら、求婚しようと思ってね。だから、君もそうなったら俺に仕えてくれるかい?」

「エミリー様がそうお望みなら」


俺は、静かにそう告げる。

彼女の人生にとっては、これ以上ない話だ。

これ以上の幸せはない。

王族であり、公爵となる優秀な男との結婚。

伯爵家の領地が公爵領に併合されることも、そこに鉱山という資源がある事も王族にとっては喜ばしい事だろう。

国を挙げての結婚式になる。


「そう言うのなら、殺意の籠った目で見ないでくれ」

「何のお話だか分かりかねます」


嫉妬などはしていない。

ずっと我慢し続け、他人の手を拒み続け、一人立ち続けた彼女が安心して居られる場所が出来るなら。

涙を見せない彼女が、涙を零せる場所が在るのなら。

それが一番良いのだ。


「でも、不幸にしたら、絶対に許しません」

「……ふうん。お前、地の果てまで追ってきそう」

「そんな、まさか。地獄の底まで追いますよ」


こわ、とレオンは笑う。

こう見えても、レオンは武芸にも通じている。

護衛達は勿論強いが、本人も中々の腕前なのだ。


「おい、今俺を殺せるかとか、物騒な目で見てただろう。止めろ」

「そんな不敬な気持ちはございません。今は」


へっ、と王子らしからぬ雑な笑みを浮かべて、レオンは身体を起こした。


「お似合いだな、お前達は」


「?」


誰と誰だ、と視線を向けるが、レオンはもう背を向けて歩き出していた。


そして卒業の祝宴で。

見事にエミリーはマークスからの婚約破棄の言葉をもぎ取った。

書類に署名サインをさせて、それを俺が法務院へと提出しに行く。


これで。

彼女は自由になる。


完璧に整った鉱山の権利書を彼女に届ければ。

届ければ。


手に持った書類に目を落として、少しの間、俺は迷う。


本当に、いいのか?

彼女を手放して、いいのか。

ずっとずっと一緒に居た。

これからもずっと一緒に居る。

その場所が何処になっても、俺は構わない。


本当に?


馬車に乗って戻る時間までも、ずっと悩み続けたが答えは出ない。


ただひとつ、分かっているのは。

彼女の望む幸せを与えたい、という事。


「ああ、戻って参りましたわね、キリアン」


エミリーの美しい笑顔を見て、俺は胸元から権利書を取り出して、その華奢な掌に載せた。


「はい。書類はお持ち致しました」


貴女が自由になる為の。

貴女が幸福になる為の。


「では殿下、これにて失礼を致します。どうか、領民と領地の事をよろしくお願い致します」

「うむ。安心せよ。後の事は任された」


だが、その挨拶は一体何なんだ?

それでは、まるで。

二人は束の間見つめ合って、頷き合っている。


「では、皆さま、ごきげんよう」


エミリーは淑女の礼を執ると、俺に目を向けて微笑んだ。


「さあ、後は貴方次第よ」


言うだけ言い残して、彼女は優雅に美しい足取りで扉へ向かう。

呆然と見送っていると、はあ、とため息をつきながら、レオンが一歩進み出て俺の胸を指で突いた。


「お前に言ったのは、私の単なる願望で、嫉妬だ。地獄の底まで追うんだろう?」


行け、というようにレオンが顎で扉を指し、俺は走り出す。



「何て勝手な女性ひとだ」


全部自分で決めて。

全部自分で叶えて。

結局、俺の出る幕などなかったじゃないか。


これから、ありとあらゆる望みを叶えて、甘やかして俺無しではいられないようにしたい。

そんな野望を胸に秘めて、俺は愛しい彼女の後を追いかけた。

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