第43話 仕返しではありません

急いでフォルシア伯爵邸に帰宅すると、迎えに出たレスリー様たちが驚いた。


「これは……」

「ミルヴァ様が私の『魔眼』を見てしまって……」

「嫁いびりに我慢ならずやってしまいましたか……」

「よ、嫁いびり!? ち、違います! そんなことなど、されたことありません!!」

「そうかしら? こき使われているように見えましたけど……知らぬふりしてやり返しましたか? 安心してください。私たちなら言いませんわ。言ってもこちらまでもが睨まれそうですので、言えませんけど」

「本当に違うんです! これは、その、不慮の事故で……っ!!」


まったく信じてないレスリー様が呆れたように言うけど、嫁いびりなどされたことないはず。


「と、とにかく、セレスさん以外は近づかないでください!」

「そうします。私では抵抗できませんので……セレスは、アニータとメイドの仕事中ですが、すぐに部屋へと行かせます。ですが、王太后様はいかがいたしましょうか?」

「と、とりあえず、部屋にお連れします」


レスリー様が使用人たちを連れて私から離していった。ミルヴァ様は私の従者のように笑みを浮かべたままで表情を変えずに立っている。微笑ましいのか、怪しいのか、誰も読めない表情だった。


「あの……ミルヴァ様。私と一緒に部屋へ行ってくださいますか? お部屋の場所も教えてくださると嬉しいです」

「部屋は四階の一番奥の部屋です」


くぅっ! いたたまれない!

素直に、それでいて丁寧に話すミルヴァ様に、罪悪感で胸が押しつぶされそうだ。

思わず、拳に力が入る。


そうして、誰にも見られずにミルヴァ様を部屋へと連れて行った。



魔物討伐が終われば、すでに夜になっていた。

フォルシア伯爵邸へと急いで帰れば、フォルシア伯爵邸では老執事が青ざめて迎え出ていた。


「ゲオルグ様。おかえりなさいませ」

「ああ、今帰ったが……ミュリエルはどうした? 遅くなったから、すでに寝ているのか?」


帰るなりミュリエルのことを聞くと、老執事が言葉に詰まっていた。

老執事は昔からフォルシア伯爵邸で仕えている執事で、子供の時から知っている間柄だった。


「それが……」

「なんだ? まさか、ミュリエルに何かしたのではあるまいな? もしそうなら、フォルシア伯爵家でも許さんぞ」

「何かしたのは、フォルシア伯爵家ではありません」


そう言って、老執事が気まずそうにちらりと隣で迎え出ているレスリーとセレスを見た。二人が顔を見合わせて、話しにくそうに口を開いた。


「……陛下。実はですね……」




ミルヴァ様は、体調不良ということで部屋で休んでいた。むしろ、休ませている。休んでください、と言えば素直に私の言いなりだからだ。


私は、ミルヴァ様の書斎で残りの本を包装していた。包んでも包んでも終わらない本の山。一年かけて集めたのだろうか。一年に一度配ると言っていたし……。


「ミュリエル。ここにいるのか?」

「ゲ、ゲオルグ様……」


いつの間にか夜になっており、ゲオルグ様が魔物討伐から帰還していた。


「すみません。お迎えもしないで……」

「少し遅くなったからな。すでに眠っているかと思って、使いもやらなかった」


部屋を見渡したゲオルグ様が、私に近づいて呆れていた。そっと、座り込んで包装している私を彼が起こした。


「それにしても、物凄い量だな……」

「毎年されているみたいで……」

「そうだと聞いていたが……ミュリエルも、疲れているのではないのか? 夕食も軽食だけだと聞いた」

「晩餐には出られませんので……」


ほんの少し『魔眼』を押さえて伏し目がちに言った。


「それよりも、ミルヴァ様が私の『魔眼』を見てしまって……」

「聞いた。母上は休ませているようだから、心配するな。どうせ、見せろとか言ってきたのではないか?」

「そんなことも言っていた気がしますけど……決してわざとでは……、私も見せる気はなかったのです」


さすがにゲオルグ様のお母様の意識を支配してしまうのはよろしくない。何も命令しなかったから夜には落ち着くだろうけど、罪悪感は消えない。


落ち込む私の前髪を、ゲオルグ様がかきあげてそっと口づけをしてくる。


「何も気にする必要はない、母上は遺物の重要性は知っている」

「知っているのと、感じるのは違います」

「そうか?」

「はい」

「だからといって、ミュリエルが母上の代わりにこんな夜遅くまですることはないのではないか?」

「代わりなんてできません。私がサインをしたところで、本の価値は上がりませんし……」

「本の価値?」

「ミルヴァ様は、本にサインをしたためているのです。そうすれば、孤児院の子供たちが本を持って学校へ行ってもからかわれることもない、と言って……ミルヴァ様は、サイン一つで子供たちを守っているんです。でも、私がサインをしても『誰だこいつは?』と思うこと間違いありません。私のサインには価値がないのです」

「それは、ミュリエルがまだ妃として認知されてないからだろう」

「それが、問題なのです。今日もミルヴァ様の意識を『魔眼』で飛ばしてしまいました。そのせいで、今も誰にも会えません……人前に出られないのです。だから、晩餐もできなくて……セレスさんに食事を運んで貰ったのです」


役に立たない妃だ。これでは、妾同然だ。ミルヴァ様が妾と言って見下ろしたのもわかる。


「俺は、何も気にしなくていいと思うが……ミュリエルの良さも、特技もそれではない」

「特技など何もありません。魔物討伐もできないのです」

「する必要はないが? やりたいのか?」

「やれと言われれば、やります」


ムッと拳に力を入れて言うと、困ったようにゲオルグ様が考えこんでしまった。


「それよりも、母上を名前で呼んでいるのか?」

「? ミルヴァ様が名前で呼びなさいと、おっしゃいましたので……もしかして、お断りするべきでしたか?」


間違ってしまったのかと焦ってしまう。


「いや、それよりも、今夜はもう休もう」

「でも、まだ終わらなくて……」

「一晩で終わらせろと言われているのか?」


ゲオルグ様が部屋中にある本に視線を移す。明らかに一日で終わるような本の量ではないからだ。


「そう言うわけでは……」

「では、一緒に来てくれるか? 俺もそろそろ休みたい」

「はい……」






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