第32話 会いたい竜槍陛下


「ゲオルグ様……まだ、ミュリエル様のところに行ってないんですか?」

「……っ!!」

「これでは、以前と同じですよ。せっかくミュリエル様への気持ちに気づいたのに……捨てられたら、次は誰にしますか?」


冗談交じりでリヒャルトが大量の書類を書斎机に置きながら言う。その発言に思わず、持っているペンがバキッと折れた。


「俺だって行きたい! そう思いなら、書類を持ってくるな!!」


アルドウィン国から帰国すれば、不在時に溜まりに溜まった書類に囲まれていた。次から次へと執務室に持ってこられる書類の数々。休む暇なく片付けているのに、山積みの書類は減らない。


「アルドウィン国に行く予定じゃなかったのに、勝手についてくるから……」

「……チッ!!」


おかげで仕事が大量に積み重なっていた。

思わず、舌打ちが出る。アルドウィン国から帰国して数日。ミュリエルのところに行けてない。後宮にも行けず、夜が一緒にできない。深夜まで仕事をしているからだ。


時間を作れとリヒャルトに圧をかけて睨むと、「失礼します」と言ってまた書類がやって来た。書類を持ってきた部下を睨むと、彼がびくりと身体を硬直させて、リヒャルトに書類を渡している。


「ゲオルグ様」

「なんだ!」

「調査が終わったようです。ゲオルグ様の予想が大当たりですよ」

「何の予想だ!?」

「うっわぁーー。ご機嫌斜めですね」

「誰のせいだ! そもそも、何の調査だ!」

「セレスさんですよ」


リヒャルトが、書類を確認しながら渡してきた。思わず立ち上がり書類を取り、セレスに関しての調査報告書を読んだ。


あまりの剣幕にセレスの報告書を持ってきた部下が驚き強張っている。


「ああ、下がっていいぞ。ゲオルグ様はミュリエル様に会えなくて、おかしいから近づかなくていいぞ」

「余計なことを言うな!」


リヒャルトが持ってきた部下を労いながら執務室から出した。持ってきた書類を急いで確認した。


「……リヒャルト。すぐにミュリエルのところへ行く」

「行く理由ができてよかったですね」

「うるさい!」



「アニータ……もう少し休んでもいいのですよ?」

「十分休ませていただきました。それに、お金まで頂いて……」

「あんなに怖い思いをさせてしまったのですから当然です」


ほとんど休まずに仕事をしてくれるアニータ。その隣には、レスリー様がいた。


「レスリー様……後宮を去らなかったのですか?」

「そう簡単には下がりませんわ。確かに、ゲオルグ様の寵はあなたにあるかもしれませんが……私にだって事情がありますのよ」

「どんな事情でしょうか?」

「一度後宮に来たのに、たった数日で去るなど辱めもいいところです」

「そうなのですか?」

「ええ。我が家は誇り高い公爵家ですからね」


ゲオルグ様が女官はすべて元に戻すと言っていたけど、レスリー様だけは公爵家の力でそのままだった。


「でも、私がアルドウィン国に帰っている間に、後宮をまとめていてくださってありがとうございます」

「後宮費が横領されていたなんてびっくりですわ。何とも思わなかったですか?」

「……女官長とも、数えるほどしかお会いしたことがありませんでしたので……」


『魔眼』を気にして会うことがなかった。今も同じように目元まで隠れられるフードを被って押さえていた。


「……遺物持ちは厄介なものですわね」

「遺物に詳しいのですか?」

「我が家も遺物持ちですわ。私は、遺物を宿していませんが……」

「そうでしたか……」


レスリー様が言う。でも、私の目を見ないようにしているから、警戒はしているのだろう。遺物の重要性を知っているのだ。


「ミュリエル」


ゲオルグ様カツカツとやって来た。会えるのは久しぶりで、嬉しくて思わず呆けたように立ち上がった。


「ゲオルグ様……」

「ああ、会いたかった」

「わ、私もです……」


そっとゲオルグ様に抱擁される。ゲオルグ様の胸に手を当てれば、彼が私の額に口付けをした。


「今日は、お仕事は休みですか?」

「まったく違います!」


ゲオルグ様に聞くと、リヒャルト様が力いっぱい言う。ゲオルグ様は不機嫌な様子で額に血管が浮き出た。どうやら、ご機嫌斜めらしい。


「何か私が至らなかったでしょうか?」

「ミュリエルには、至らないところはない」


リヒャルト様を睨みながらゲオルグ様が言うと、リヒャルト様が呆れたようにため息を吐いた。


「それよりも、彼女はどうした? まだか?」

「こちらに来るように伝えたはずなのですが……」


ゲオルグ様が私を抱き寄せたままで辺りを見回すと、柱の陰からルキアが出てきた。


「ルキア……どこにいたの?」

「くるうぅ」

「えっ……誰かがいる? 後宮の外に?」


首を回すようにスライムの身体を捻って後宮の出入り口方面を指示するルキアを見て、リヒャルト様が急いで走り出した。




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