第31話 友人二人



「……なに? ルイスがいる?」


夜も近づき、アルドウィン国を出立しようとするとホークがやって来た。よく、ルイスが来ていることがわかるな、と思うとミュリエルがホークに気づいて近づいてきた。


「ホーク。どこにいましたか? そろそろ、帰りますから一緒に行きましょう」

「……ミュリエル。少し席を外すが、荷物をリヒャルトと積んでいてくれるか?」

「まだ、用事がありましたか? 使用人たちに分けるお金も、バロウ家をすべて処分することも手配はされましたけど……」


バロウ家の財産すべてを処分する手続きのために、部下を一人残していくことにした。そして、レーバセルス将軍の手を借りることになった。


使用人たちを保護している邸へと行ったときは、ミュリエルには感謝していた。それと同時に自分にもだ。そのおかげで、グリューネワルト王国の人間でも信用を得られたおかげで、部下がバロウ家の手続きをすることに異を唱えられずに済んだ。


何かまだ足りなかったのか、とミュリエルが悩んでいる。その一生懸命な姿が可愛いと思えた。


「そう考え込むことはない。少し忘れ物があるだけだ。すぐに帰ってくるから、ミュリエルはここでリヒャルトと待っていてくれ」


頭をポンと撫でるとミュリエルの頬が紅潮した。


ホークに言われるままに行くと、外庭に繋がる廊下にルイスがいた。


「ゲオルグ? もう出立ではないのか?」

「お前がここにいると、ホークが言うのでな」

「そうか……ホークも久しぶりだな。元気だったか?」


『くるぅぅ』と僅かな鳴き声でルイスが伸ばした指にホークが甘えるように頭を寄せた。


「懐いているな……」

「ホークが、ミュリエルとの逢引きの繋ぎをしていたからな。だから、バロウ家の事件が起きた時に俺のところに飛んで来たのだろう」

「複雑なんだが……」

「それはこちらのセリフだ」


ムッとしたルイスが言う。


「ルイス。ミュリエルは俺がもらう。必ず大事にする」

「謝りに来たのではないのか?」

「そのつもりでアルドウィン国に来たが……気が変わった」


真剣な眼差しで言うと、ルイスのホークを撫でている手が止まった。


「謝る気はないのか?」

「ない」

「約束を破ったのは、ゲオルグだぞ」

「お前たち二人は、初恋をこじらせているのかと思っていたが……違った。だから、謝る気が失せた」

「それ以上言わなくていい。あの時に気付いた。ずっと気付かなかったが……ゲオルグに言われると余計に腹が立つ……だけど、ミュリエルは大事にしてほしい。ミュリエルは、可哀想な子だった」


昔を思い出すようにルイスが言う。ひどい扱いを受けて育ったミュリエル。どれほど孤独だったのだろうか。


「必ずミュリエルを幸せにする。ルイスも、ステラ嬢を大事にされるといい」

「そうする」

「あの娘は、いいご令嬢だ」

「知っている。……ミュリエルの気持ちに気付いた時に、ステラの存在に気付いた。ミュリエルのことばかりだった俺のそばに何も言わずにそばにいてくれた。これからは、ステラを大事にするよ」


そう言って、ルイスがホークを離した。


「ほら、行け。お前のご主人様は向こうだ」


ホークがルイスに飛ばされて、自分の肩に乗り移った。


「結婚式には、呼ばないぞ。俺も行かない」

「俺は陛下だから断れるが……ルイスはまだ王太子殿下だから、無理だと思うぞ」

「……」

「そう嫌な顔をするな」


陛下である自分は断れる。王太子殿下よりも身分が高い者を呼ぶことは嫌がられるからだ。

ルイスの戴冠式にも、絶対に呼ばれることはない。国で一番の身分になる者よりも高い身分の人間は来られないのだ。


「では、ステラと行く」


不貞腐れたようにツンとしたルイスが言う。


「では、これで失礼する」

「ああ、見送りには行かないぞ。一度済ませたからな」

「それでいい」


ホークが一鳴きする。この鳥なりのお別れなのだろう。ルイスを後にして、ミュリエルのところへと戻れば、彼女が待ちわびたように駆け寄ってきた。


「ゲオルグ様!」

「ミュリエル。待たせたか?」

「何かありましたか? 心配しました」

「何もない」


そう言って、ミュリエルを抱き上げると「ひゃっ」と可愛い声で驚いた。


「も、もしかして、使用人たちに分けたお金が足りませんでしたか!? せっかくゲオルグ様が融通してくださったのに……」

「あれは、ミュリエルの金だ。どう使おうと、ミュリエルの勝手だ。もっと使ってもいいのだぞ」

「何だか申し訳ないです」

「気にするな。では、行くぞ。グリューネワルト王国に帰還する。全員出立しろ!」

「「ハッ!!」」


飛竜の手綱を引けば、一気に飛竜が飛び上がった。ゲオルグに続いて、リヒャルトを含めた飛竜も飛び立った。


バロウ家のお金はダリルが食いつぶしていたために、足りない分は自分が出すつもりだった。でも、ミュリエルはそれを断った。

だから、使われなかったこの二年の後宮費を使うように進言した。本来ならミュリエルが使うはずだった後宮費を。


そう、ミュリエルはグリューネワルト王国の後宮に来てから、ほとんど後宮費を使ってなかった。使用人を最低限にして、贅沢一つしてなかった。


後宮の管理に携わっていた女官長は、それをいいことに懐に入れていた。

ミュリエルはそんなことにも気づかなかった。


それも、ミュリエルが招き入れた女官たちを解雇するときに判明した。


ミュリエルのせいで後宮費を横領されて、ミュリエルのおかげで横領が発覚した小さな事件は、密かに行なわれていた。


「くくっ……」

「な、何かおかしいですか? 変なことを言いましたでしょうか?」


ミュリエルが恥ずかしがって赤くなる頬を押さえた。


「早く、ミュリエルとグリューネワルト王国に帰りたいと思っただけだ。ほら、空の上は寒いから、もっとこちらに……」


ミュリエルを抱き寄せると、恥ずかしがって身体を捩り胸元に身体を寄せたミュリエル。彼女の頭にそっと唇を落とした。





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