異世界詐欺師2024年クリスマスSS『船上のメリークリスマス』

宮地拓海

第1話

 四十二区の港にて、海を眺める。

 打ち寄せる波の音が、妙に物悲しく感じる。


「……ウーマロのヤツ。あんなに元気だったのに。あっけないものだよな、人生なんて」

「ホントさね。アタシらの中で一番先にいっちまうなんて、思わなかったさね」

「ままぁ~!」


 俺の隣で海を眺めるノーマに、幼い少女がよたよたと駆け寄ってくる。


「あぁ、よしよし。走ると危ないさよ」

「まま~、ごはん~!」

「はいはい。じゃあね、ヤシロ。アタシはこの子にご飯食べさせてくるさよ。……あんたも、いつまでも海の底に沈んだ男のことなんて思い出してんじゃないよ」

「あぁ……」


 そうだな。

 俺ももう忘れよう、海の底に沈んだ男のことなんて……


「ぶはぁあ! 死ぬかと思ったッス!」


 あ、浮かんできた。


「……ちっ、しぶといさね」


 海から勢いよく顔を出すウーマロを見て、教会の幼い子を抱っこして子供に見せられないようなしかめっ面を見せるノーマ。


「全部聞こえてたッスよ!? オイラが死んで何年も経った感を、嘘を吐かずにうまいこと醸し出すのやめてッス! あと、お前は港でままごとなんかしてんじゃないッスよ! ここは街門の外なんッスからね!」

「うっさいね! 久しぶりのママ役にケチつけんじゃないよ!」


 ノーマ、教会でのままごとでは子供役か赤ちゃん役が多いからなぁ。

 あと、外で「まま~」って呼ばれて、ちょっと嬉しそうだった。


 ……そこで満足しちゃうと…………いや、なんでもない。


「……ヤシロ、次はアタシと勝負するかいね?」

「なんでもないって言ってんじゃん!? いや、言ってないけど、めっちゃ心で思ったから!」


 ノーマと勝負なんかしたら、秒で海の底に突き落とされてしまう。


「ほにゃぁぁあー!?」


 どっぼーん!


 と、元気よくロレッタが海に突き落とされた。


「……勝利のブイ」


 海に浮かぶ手製の浮島は、薄いベニヤと海洋魔獣の浮き袋で作った特別製で、その名を『不安定足場ベース・ぷっかりん2号』という。


 ……1号は頑丈に作り過ぎて浮かばなかったので廃棄された。

 さらば1号、永遠に。


 で、俺たちが今何をしているのかというと、夏の定番、水着ギャルが水上でしのぎを削る『ぽろりもあるよ!』でお馴染みの水泳大会(泳がないけど)である!


 水上に浮かぶ不安定な足場の上に立って尻相撲――は、なんか卑猥だからと手押し相撲に変更されたのは若干不服だが……でも、水に落ちた拍子にぽろりがあるかもしれないからそれはそれでよし!


 最初、川でやろうと思ったら、流れが速かったのと、底が浅かったので、なんやかんやと協議した結果、「じゃあ海で」ということになった。


「次~、イメルダやる~?☆」

「やりませんわ、こんな濡れるかもしれない遊びなんて!」


 マーシャにイメルダにマグダ、三大ギルドの凄腕たちが見守っていてくれるので危険はない。

 ……さほど、ない。

 たぶん、ない……と、いいな。


「さっ、アタシは子供たちとままごとしてこなきゃいけないからねぇ~、あぁ~忙しい忙しい」


 このように、泳げない者たちは必死にゲーム参加を回避している。



 季節は猛暑期!

 水着の季節!


 ……なのだが、港を貸し切りにするわけにもいかず、それなりに人目もあるということで、今回の水着はかーなーりー控えめなものになっている。

 なんかぁ、ふつうにぃ、半袖と短パンでぇ、素材的に? 若干なら? 濡れてもいいんじゃねーの的な? そんな味も素っ気も露出もないものになっている。


 水着じゃないやい、そんなもん。

 昭和初期か。

 いや、昭和初期の袖あり水着よりもボディーラインが隠れる今風デザインだから、もう完全に服だな、あれは。


 濡れても透けない服!


 存在意義が見い出せません!

 せめて透けろよ!


「ヤシロさん、お食事の用意が出来ましたよ。今日はお素麺です」


 ジネットに至っては、海に入るつもりはないようで完全に普段着だし。

 やっぱ、水遊びは川だな。うん。


「マグダ、あたいと勝負だ!」

「……受けて立つ」


 ここまで無敗同士のマグダとデリアの一騎打ちが始まり、観衆がヒートアップしている。


 ちなみに、ウーマロを海へ突き落としたウッセは、その直後マグダに海へと突き落とされていた。

 手押し相撲なのに、足使ってたけど、まぁ相手がウッセだからいっか☆


「速い! そして凄まじいまでの技の応酬です!」


 海から上がったロレッタが熱のこもった実況を行っている。

 それを聞きつつ、ジネットの用意してくれた素麺をすする。

 ……うん、夏である。


 どこからどう見ても夏なので、ぼちぼちクリスマスのことを考える。


 …………そーゆー街なんだよ、ここは。


 猛暑期が終わったら豪雪期がやって来て、豪雪期が終わったあとにやって来るのがクリスマスだ。

 俺が持ち込んで、すっかりと定着した、年末の恒例行事。

 まぁ、ご馳走食ってプレゼント交換する日、みたいな認識っぽいけども、この街の連中にとっては。


 もう何回目のクリスマスになるのかなぁ……………………ふむ。なんか、深く考えたらイケない気がする。なんとなくだけど。なので考えないようにしておこう。


「ま~た、プレゼントを用意しなきゃいかんのか……まったく、面倒な」

「ふふ。わたしもお手伝いしますね」


 一度教会のガキどもにプレゼントを渡したらすっかり味をしめやがって、「今年もいい子にしてたよ!」とか平然と嘘を吐くようになりやがった。

 で、いい子にしてたアピールを俺にしてどうする。サンタにしろ、サンタに。

 フィンランドかどっかその辺にいるらしいから。


 とはいえ、まだ「欲しいプレゼントをおねだりする」という風習は根付いていない。

 サンタの采配で、何かしら、ちょっといいものがもらえる日、そんな認識なのだ。


 まぁ、ガキはそれでいいとして、俺はそこそこいいものをもらいたいぞ。

 なにせ、結構頑張っているから。

 この街目線で語れば、めっちゃいい子だから。

 水着美女の背中にサンオイルを塗れる券とか、なんならいっそ、水着美女マッサージ券とか! もちろん、俺がマッサージをしてあげる方で!

 誠心誠意、心を込めて全身くまなく、一部分に若干偏り気味で、お揉みさせていただきますけども!


 あぁ、切実に領主権限が欲しい!


「エステラサンタに、欲しいプレゼントをおねだりしなくては!」

「なんでボクに言うのさ?」


 素麺をすすりながら、俺の座る「ぽろりがあった時に見逃さない特等席」のそばまでやって来るエステラ。

 ツユの中に剥いたミカン浮かべてんじゃねぇよ。薄皮までキレイに剥いてもらって。

 ジネット、甘やかし過ぎだぞ。

 薄皮をそこまでキレイに剥けるの、お前しかいないからバレバレだ。


 ちなみに、薬味はネギとショウガとゴマとミョウガと刻んだ大葉だ。

 あと刻み海苔な。

 あぁ、美味い。

 豪雪期になったら煮麺にうめんしてもらおっと。


「ジネット、豪雪期になったら煮麺が食べたい」

「はい。任せてください」

「エステラ、クリスマスには『領主権限使用券(十枚綴り)』が欲しい」

「却下だよ」


 この差よ!?

 寛容さって、やっぱり胸元の標高差に比例するんじゃないかなぁ!?


「エステラ、今度検証を――」

「断る!」

「ちぃ!」


 アレもダメ、コレもダメ。

 まったく、息が詰まりそうだ!


「ところでエステラ」

「なに?」

「あそこで他所の領主様が海に突き落とされてるんだけど、放っといていいの?」

「ルシアさんが好きでやってることだから、いいんじゃないかな」


 扱いがぞんざいになったもんだなぁ。

 すっかりお友達枠だ。


「それで、また今年もクリスマスパーティーを盛大に行おうとしているのかい?」


 自分の素麺がなくなって箸をプラプラさせるエステラ。

 小鉢に入ってるだけじゃ少ないだろうに。

 ほれ、俺のヤツ食っていいぞ。

 あ、ジネットがす~っとおかわり取りに行ってくれた。

 悪いな。気が利くな。ありがとな。


「今回はどんな趣向でボクたちを楽しませてくれるんだい?」

「なんで俺が企画してお前らを楽しませなきゃいけないんだよ」

「だって、いつも君は誰に言われるまでもなく率先して企画立案しているじゃないか。とっても楽しそうにね」


 してねぇわ。


「とりあえず、あのしょーもない水着が不服過ぎるので、河原で『どきっ! 水着だらけのメリークリスマスパーティー』を開催できないかと画策中だ」

「豪雪期後の冷たい川に水着で入ったら、大事故になるよ」


 そうなんだよなぁ。

 雪解け水、冷たいんだよなぁ。


「上流からお湯を――」

「デリアに怒られるよ」

「『領主様が、どうしてもやれって……』」

「言ってないし、言わないよ」

「……三十五区の方の」

「ルシアさんも言わないから」

「じゃあ、三十七区」

「……デリアが真に受けたらどうするのさ?」


 仲良しじゃない領主が川に湯を流させたなんて聞いたら、『ダッシュでゴン!』だろうな。

 うん、三十七区領主が年明け早々世代交代しちゃう。


「しょうがない……陽だまり亭で水着会をするか」

「目的が変わったよ。クリスマスパーティーをするんだろう?」


 バカモノ。

 俺の目的は、ちゃんとした、見ているだけで元気になれる、目にも思春期にも嬉しい可愛らしい水着を思う存分堪能することだ。

 クリスマスなんぞ、どーでも…………あ、そうか。


「……マーシャとウーマロがいれば、なんとかなるか」

「うわぁ……なんか物凄い悪巧みをしてる顔してる」

「エステラって、子供が大好きだよな☆」

「なにさ、急に。……そりゃ、好きだけど」

「子供の喜ぶ顔が、大好きだよな☆」

「それは君だろう?」

「うん、俺も好き☆」

「……絶対、子供をダシにしてよからぬことを考えているよね?」


 そんなことはないぞ~☆

 よからぬことなんて考えてないな~い☆

 俺が考えているのは、と~ってもいいことさ☆


「よし、今年のクリスマスは、船上パーティーだ!」





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