受けたはずなのに

 試験の最終審査は聖女になるために一番必要なことが出来るかどうかを見るらしい。

 一つ目は聖花であるクリスタルリリーという百合に似た花を咲かせること。


 クリスタルリリーは魔物を寄せ付けない効果があり、各地の街に植えられている。

 ただ、育てるには魔力が必要で、聖女となった者は緊急時に多くのクリスタルリリーを咲かせることが出来なければならない。

 必要な魔力量がないものは始めの試験で落とされているので、多くの聖花を咲かせるという部分は見なくともクリアしているだろう。

 だが、肝心の聖花を咲かせることが出来なければ意味がない。だからこそ今回実際に咲かせて見せるのだそうだ。


 貴族間では常識なのか、なにかをやるとなったら身分が下の者から始めるのが普通なのだという。

 そんな訳で、クリスタルリリーを咲かせる試験の順番もテレサが一番だった。

 神殿長含む神殿関係者や、見届け人である王太子殿下などの目がある中、広場の中央に置かれたクリスタルリリーのところへと足を進める。

 用意されたクリスタルリリーは、蕾はついているが硬く閉じられていて普通の花であれば咲くまでにもう数日かかるだろうといった様子だ。


 だが、クリスタルリリーは魔力で育つ花。

 花に魔力を吸収させればすぐにでも咲くはずだ。


 テレサは緊張する中、広場の端に立ち自分を見守ってくれているマキアの姿を見つけた。

 距離はあるが、いつものように優しく微笑んでくれているだろうことはわかる。


(マキアに特訓してもらったんだもの。失敗するわけがないわ)


 いくら情報通の商人の娘といえども、平民という身分では聖女試験の詳しい内容まではわからなかった。

 本来は公表されていないので当然なのだが、貴族は伝手や寄付という形で金を積み情報を得ているらしい。

 それが平民が聖女になったことのない理由の一つでもあるのだろう。


 だが、今回はテレサも伝手を最大限に生かした。

 聖女を目指すきっかけにもなったマキアに協力を取り付け、ときには自分でも情報を集めて練習をしたのだ。

 わざわざ他の街へ行き、最近魔力を供給していないというクリスタルリリーの花畑で実際に咲かせてみた。

 どうやって供給するのかなどもマキアに教えてもらったし、本当にマキアには感謝しかない。


(試験でもしっかり咲かせるところを見せて、手伝って良かったって思ってもらわないと)


「……よし!」


 蕾のクリスタルリリーを前に軽く意気込んだテレサは、手のひらに魔力を込めて構えた。

 硬い蕾が解けるように開くイメージを浮かべ、魔術を放つ。


「花開け【ヴァックストゥーム】」


 【ヴァックストゥーム】は成長の呪文。魔術とは、何をしたいかのイメージとそれに相応しい呪文で成り立つ。

 今は成長して花が咲くイメージを固めた。

 目の前の蕾は無事に緩み、クリスタルの輝きを思わせる半透明な花弁を見せてくれる。

 そのことに安堵していると、周囲がざわめき始めた。


 なにやら囁きあっているが、言葉としては聞こえない。テレサは何事だろう? と首を傾げるが、まずは花を咲かせなければと集中した。

 疑問を思考の端に寄せ、魔力を注ぎながら美しい花が咲くのを見届ける。


「ふう……成功、よね?」


 大輪の花が咲ききり、ホッと肩の力を抜く。

 だが、周囲の様子を伺うと手放しで喜べない。


 ヒソヒソと、未だになにかを囁きあっている。

 テレサは不安でマキアの方を見たが、彼は他の人たちとは違いいつもの微笑みを浮かべていた。


(大丈夫、なのよね?)


 不安にはなったが、近づいてきた試験管の一人がスターリリーを見て頷く。


「ふむ……問題無く咲いているな。合格だ」


 試験管の表情にはどこか戸惑いがあったが、しっかりと『合格』と言った。

 周囲の反応は気になるが、失敗したわけではないとわかって安堵したテレサは次の候補者のためにその場を離れた。

 そうして、次の候補者・桃色に極めて近い髪色をしている子爵令嬢の試験を見て、先程何故自分の試験で騒がしかったのかを知る。

 子爵令嬢は、手のひらをクリスタルリリーに向けるわけでもなく、ただ胸の前で組み目を閉じる。

 祈りを捧げる、という状態でクリスタルリリーに魔力を送っていた。


(あんなの、効率が悪いだけじゃないの?)


 魔力を送るという行為なので、テレサとしては手のひらを向けて魔術として送った方がやりやすいと思う。

 だが、周囲は先程のように騒がしくはない。むしろ安堵のような雰囲気を感じる。


(もしかして、これが本来の聖女の咲かせ方?)


 効率が悪いとは思うものの、その姿はまさに聖女っぽい。

 さらに次の金髪の伯爵令嬢も同じように祈りでクリスタルリリーを咲かせているのを見て、自分の時に周囲がヒソヒソ囁きあっていたのは咲かせる方法が理由だったのだと知った。


 失敗した。

 試験内容を探るのに必死で、咲かせる方法までは知ろうとしていなかった。


 とは思うものの、ちゃんと『合格』の言葉はもらえたのだ。

 チラリと見たマキアも、大丈夫だと言わんばかりに微笑みを絶やさない。

 それを自信に変えて、テレサはその後の試験も無事合格を貰えた。

 ……貰えた、のだが。


(なんでことごとく方法が違うのよ!)


 周囲の目があるため微笑みを絶やさないよう努めたが、正直頭を抱えて叫びたい心境だった。


 神具に魔力を込めるときも、テレサは魔術を使った。

 だが他の候補者は祈りが基本で、なんらかの術を使うような仕草は見られない。

 周囲の反応を見た限りでも、テレサの方法は聖女としての普通では無いのだろう。


(で、でも! マキアはずっと笑顔だったし! 多分ダメってわけじゃないはず……)


 不安になる度に助けを求めるように見たマキアの表情は、ずっと笑顔のままだった。

 実際に合格も貰えていたため、そのまま練習通りに進めていったのだが……。


(でも、流石に全ての方法が他の二人と違うというのは……)


 いくら何でも、ここまでくるとテレサの方が異質だ。それは認めざるを得ない。


 合格は貰えたが、他の二人とてそれは同様。

 三人とも聖女の資質があるならば、選ばれるのはより聖女らしい人に決まっている。

 テレサはもはや絶望の心持ちで結果を待っていた。


***


 聖女に選ばれるのはたった一人。


 魔力が豊富な証である赤みを帯びた、しかも聖女に相応しい明るい色の子爵令嬢か。

 赤みはないが、明るい髪色で教養も一番身についている伯爵令嬢か。

 それとも、赤みは強いが暗い髪色で、聖女の試験で祈りではなく魔術を使用したテレサか……。


(私の可能性、ゼロじゃない!?)


 その事実に、テレサはもはや微笑みを保つことすら難しくなる。

 未だに変わらず微笑んでいるマキアの考えが読めなくて、なにを考えているの

かと胸ぐらを掴んで問い詰めたい気分だ。

 流石にこの状況で自分が聖女に選ばれるとは思えない。


 そして案の定、老齢の大神官の口から発せられた結果にテレサはうなだれることになった。



「此度の聖女は、伯爵令嬢レイチェル・マルシェと決まった」


 その宣言に、周囲も沸き立つ。

 まるで示し合わせたかのように、彼女が聖女に相応しいと口々に言い出す神官たち。

 桃色髪の子爵令嬢は表情を暗くさせたが、テレサは不満には思わなかった。レイチェルに実力があるのは確かなのだから。

 ……当然、悔しくはあるが。


 そしてひとしきり祝いの言葉が落ち着いたところで大神官は次の言葉を紡ぐ。


「そして、子爵令嬢アリア・テルセーロは聖女補佐に任じる」


 桃色の髪の子爵令嬢は、先程見えた残念そうな表情を上手く隠し、「光栄です」と恭しくその任を受けていた。

 最終試験まで残った時点で優秀なのは確実なため、聖女になれなくても彼女のように何らかの地位を得ることは多い。

 そういう意味ではテレサもアリアと同様の地位を得る可能性はあるのだが……。


「最後にミランド商会会長の娘、テレサ・ミランドは……」


 テレサに向き直った大神官は、眉間に困惑のシワをつくり言葉を濁す。

 それだけで聖女補佐にすらなれないのだろうことは察した。

 だが、咳払いの後放たれた言葉にテレサはポカンと口を開ける。


「そなたは、魔女として魔法省に預けることとする」

「……は?」


(魔女? ……って、なに?)


 聞き覚えのない称号に、テレサは立ち上がることもできなかった。

 本来なら粛々と『承りました』なとど言うべきところなのだろう。

 だが、納得出来ない以前になにそれ? という疑問にしかならない状態だ。

 魔女というものがなんなのかもわからない状態で承ることなど出来るわけがない。


 だが、大神官も返事がなければ次の話に進めないのだろう。

 困り果てた表情でジッとテレサを見下ろしていた。


 そこに場違いな明るい声が響く。


「彼女は私が引き受けましょう。魔法省の管轄となるならば、魔女について説明するのも私がした方が良いでしょうし」


 声を上げたのはマキアだった。外向きの澄ました笑みでテレサを引き受けると申し出て、そのまま大神官とテレサの元へと近付く。


「おお、其方は魔術師団長の。……任せてよろしいか?」

「はい」


 テレサが口をはさむ暇もなく二人は決めてしまう。

 そして大神官はすぐに他の二人の聖女たちの元へと行ってしまった。


「さ、テレサ。とりあえず場所を移そうか」

「……うん」


 自分の元に唯一残ったマキアに手を差し出され、テレサは彼のエスコートによって神殿から出て行く。

 最後に少しだけ聖女となった彼女たちに視線を向け、羨望の思いを振り切るように視線を前にもどした。

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