聖女の試験を受けたはずなのに、魔女になりました。

緋村燐

聖女の試験を

 聖女とは、全ての女性が目指すことが出来る最上の地位を持つ者である。


 女性の最高権力者は王妃だが、王妃は血筋も重要視されるため平民ではなれない。

 だが、王妃に次ぐ権力を持つ聖女は平民でもなれるのだ。

 それ故、聖女に憧れ、目指す者は多い。


 商人の娘であるテレサもその一人だった。


「ついに、このときが来たわ」


 濃い赤茶色の髪を結い上げたテレサは、睨み上げるように荘厳な造りの神殿を見上げる。

 今日は聖女選出のための最終試験だ。

 最終試験に残ったのは三人。テレサと、他には子爵令嬢と伯爵令嬢が厳しい試験を勝ち残ってきた。


 聖女は誰にでもなれるとは言われているが、その地位を有するためにある程度の教養が必要になる。

 なのでどうしたって貴族が有利になってしまうのだ。


 不公平だと文句を口にする者もいるが、こればかりはどうしようもない。

 教養を選出基準にしなければ、いざ聖女になったところで上位の王や王妃に無礼を働きかねない。

 そんなことになれば、不敬罪で即刻死刑となってもおかしくないのだから


 そんな中で、テレサは久方ぶりの平民出の最終候補となった。

 平民からの期待は多く、本人の意思と相まって最終試験への意気込みは強い。


 歴代の聖女の中にも平民はいるが、それらはほぼ全員が貴族と平民の愛人の間に産まれた者たちで、教養や聖女となるために必要なことを学ぶことが出来た者達だった。

 結局の所、普通の平民が聖女となった前例はない。


(でも、大丈夫。私は彼に教えてもらって練習してきたもの)


 協力者の存在を思い出し、胸が温かくなった。と同時に、どうしようもない痛みを覚える。

 すぐに頭を振ってチクリと刺してくる針のような痛みを振り払い、また目に痛いほど真っ白な神殿を睨み上げる。


 今から臨む試験で失敗は許されない。

 今は余計なことを考えている余裕はないのだ。

 なのに、改めて試験への意気込みを固めているとテレサの心を乱す男の声がかけられた。


「おはようテレサ。どうしたんだ? 怖い顔して」

「っ! マキア、おはよう。来てくれたの?」


 声の方を見ると、そこには長い黒髪を一つに結った長身の男がいた。

 紫の目から注がれる優しげな眼差しに、テレサは思わずドキリと心臓を跳ねさせる。


「もちろんだよ。俺が色々教えてあげたんだから……目的が達成されるところをしっかりと目にしておかないとね」


 今年十八になったマキアは、すっかり男らしくなた顔立ちを緩めるように微笑んだ。

 その表情は少し幼さが垣間見えて、テレサは幼い頃を思い出す。


 テレサとマキアは幼馴染みだった。

 だが、マキアとマキアの父は魔術に精通していて、先の戦争でその知識と力を最大限に発揮したらしい。

 元々魔術師団の中でそこそこの地位にいたマキアの父は、その報償として魔術師団長と子爵の位を授かってしまった。

 そのときから、テレサとマキアの間には貴族と平民という境界線が出来てしまったのだ。

 会えば以前と同じように仲良く話をする仲ではあるが、テレサにとってその境界線はどうあっても越えられない壁でしかなかった。


 幼馴染みの中でも特にテレサに甘いマキア。

 優しく顔立ちも整っている彼に、恋心を抱くのは自然なことだったのだろう。

 だが、貴族は貴族としか婚姻は認められていない。マキアが貴族になってしまった時点で、彼と結ばれるというテレサの夢は儚く散ったのだった。


(だから、どうせなら聖女になるっていうもう一つの夢を頑張ってきたのよ)


 聖女は神に身を捧げるため、婚姻は許されない。

 昔であればそれが聖女の夢を諦める理由となっていたのだが、マキアと結婚出来る未来がないと理解してからはむしろそれが目指す理由となった。


(マキア以外の人と結婚なんてしたくないもの)


 マキアへの思いがなくなることはなく、他の男と結婚出来る未来が描けない。

 マキアの妾になるという方法もなくはないが、それは彼と正式に結婚した他の女性がいるのが前提だ。そのような状況は誰にとっても辛いだけ。

 だから、マキア以外の人と結婚せずに、彼が他の女性と結婚してもあまり気にせずにいられるように打ち込めるものが欲しかった。

 聖女の地位は、テレサが目指すものとして最適だったのだ。


 その聖女の地位を目指すために試験内容を事前に教えてくれたマキアと普段以上に会うことになり、恋心がさらに育ってしまったのは誤算だったが……。


「……そうね。マキアには見届けて欲しい。私が聖女になるところを」


 僅かな苦みをしまい込み、テレサは微笑み返した。

 それに応えるように笑みを深めたマキアは不意に手を伸ばしてくる。

 その手の目的がなんなのか、気付いたときには遅かった。


「それより、いつも言ってるだろ? テレサは髪を下ろした方がいいって」

「あっ! ちょっと!」


 抗議する暇もなく、結い上げていた髪を留めていた髪飾りを取られてしまった。

 途端にバサリと濃い赤茶の髪が落ちて揺れる。


「もう! せっかく結い上げたのに」

「ごめん、でも俺テレサの髪色好きだからさ。下ろしていた方がよく見えるだろ?」


 不満を訴えても、マキアは悪びれることなく笑う。

 勝手に髪飾りを取られて腹立たしいところはあるが、好きだと言われては本気で怒れなくなる。

 結局の所、テレサはマキアに甘いのだ。


 それに、マキアはテレサの横に回り込みササッと髪を結いはじめる。

 櫛もないのに、ものの数分で右上に可愛らしいお団子を作り上げ、そこに髪飾りを戻し「うん、かわいい」と嬉しそうに微笑む。


「……ありがと」


 お礼は言ったが、テレサとしては複雑な気分だ。

 赤みが強い髪は魔力が豊富な証と言われている。聖女も魔力が強い方が有利なため悪いことではないが、聖女は神に近いので光を連想させる明るい色の方が好まれるのだ。

 赤みがかった明るい色として、桃色の髪が一番推奨されていた。

 なので目立たないように結い上げていたというのに……。


 それでもやはり、好きな人に『かわいい』と言われて嫌な気持ちになる娘は少ないだろう。


(本当に、複雑な気分)


 なんとも言えない心情に、テレサは苦笑したのだった。

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