仙遊の月

鞍馬榊音

第1話 ただいま ゲゲゲ

髪を切ってはいけない。

それが、条件だった。


絶対切ってはいけないのかと思っていたら、そうではなかった。

ある程度の長さがあればいいらしい。


何故なら、世に言う〝霊力〟と呼ばれるのもは、太古の昔から髪に宿ると言われているからである。


〝霊力〟を飯の種としている以上、それは強い方が良しとされ、強ければ強い程«この»組織内では権力が上とされているらしい。


陰陽師とも違うし、祈祷師とも違う。占い師でもないし、霊媒師というのが近いのだろうか。なんだかよく分からない組織なので、子供の頃から«ゲゲゲ»と呼んでいる。


国民的オカルトアニメのあれである。あんな感じの組織なのだ。ゲゲゲと呼んで、しっくり来た。


«彼»がゲゲゲに来たのは、4歳の時だった。

親族が言うには、医者にも精神科医にも意味がわからない奇行が多いので、手を焼いてゲゲゲに預けられたそうだ。そのゲゲゲについてはネットで調べたようだ。


ゲゲゲの条件は、所謂〝霊力〟を持っていたら無料の住み込みで修行してやる代わりに、将来ゲゲゲに属して尽くせよ、という事らしい。例え生命に関わるような、いかなる事態においても自己責任が条件だったのだが、彼の両親は迷わずゲゲゲに預けた。そして、一度も連絡すらしなかった。


幸運にも彼はゲゲゲの条件は満たしていたようだ。ゲゲゲには、彼の行動を奇行だという人間は誰もいなかったし、なんなら同じように同調すらしてくれた。

それは、彼にとっての初めての居場所だった。


ゲゲゲに下宿している人間は常に多数いるようで、年齢も性別もバラバラで、常に誰かが出たり入ったりしているようだった。


ただ変わらないのは当主と、ゲゲゲの当主の娘かどうかは不明だが彼と同じ歳くらいの女の子が1人いた。

所謂、幼なじみというやつでよく一緒に行動していた。


また、彼はここで名前を貰った。

〝神酒(みき)〟と言った。

その日から神酒と名乗ろうかと思っていたら、あろう事か全員神酒だった。

どうやら、これはゲゲゲでの苗字みたいなものだったようで、少しがっかりもした。

仕方ないので、その日から彼は元の名前とくっ付けて〝神酒 姫弥(みき ひめや)〟と名乗る事にした。

姫弥は、自分の名前がホストみたいで嫌いだった。

そして、この名前の理由を知ったのは13歳になって一旦家に帰ることになってからだった。


何故帰ることになったかと言うと、国の政策やらなんやらの関係で、家に子供がいないとまずいらしい。給付金とか補助金の為だけである。


母親に呼ばれたのだが、どうやら姫弥の父親は姫弥を認知しておらず、そんなんだから離婚とは言えないにしろ、その時は既に別の男性が伴侶としていた。そして、1つ下の義理の妹に当たる子が居た。伴侶の連れ子らしい。

この妹が実に厄介で、少女漫画の読み過ぎらしく、やたら姫弥にまとわりついてくるので、なるべく気分を害さない程度に避けていた。


姫弥の名前は、父親の源氏名らしい。母親が元キャバ嬢だと言うのは、その時知った。そして父親が元かどうかは不明だがホスト。どちらも業界ではトップに近かったとかで、姫弥自身も自分が女性にも間違えられる端正な顔立ちなのは納得が出来た。髪が長いから余計にだ。

言われみれば、父親の記憶が無いのも納得ができた。


よく聞くような虐待があった訳でも無く、今更ネグレクト等いうのもおかしな話で。程よく放置家庭なのと、両親とはそれなりの仲であった。

改めて家に帰ってみて気付いた事と言えば、遊びたい盛りもあったのかもしれないが、母親はそもそも子供が苦手だったのだろう。進学にしろゲゲゲに戻るにしろ、自分で決めたことならと否定はしない。

後に説明するが、ゲゲゲに戻りながら進学を決めたことにも否定はなく、学費も全部出してくれるらしい。

お小遣いもそれなりにくれていたのだが、これからも必要かと聞かれたのだけれど、ゲゲゲで仕事を手伝えばバイト代みたいなものが貰えるらしいので、要らないと答えた。

少し寂しそうな反応をされたので、今更とは思いつつも時々顔を出すことを約束して家を出た。


つい先日の話ではあるが、今年で18歳になる。

正月、年賀状に紛れて1通の手紙が届いた。

そこには、次期当主選びに参加するか否かの有無を問う内容が書かれていた。

はて? あの家には、当主に最も近いと言われてた女の子がいたはずだ。よく遊んでいた……。

と、そこまで考えて気付いた。


姫弥の記憶の中に、彼女の名前も顔も無いのだ。何度思い出そうとしても、マジックで書きなぐり、塗りつぶしたような黒いモヤモヤしたものが、彼女の顔に被さっている。

そもそも、あれだけ仲が良かったのだ。最後に泣きながらお別れの指切りすらしたはずだ。何故? いつから? 忘れていた? もしかしたら、その子はその時から既に存在していない、怪異であったのだろうか。


それもあって、このタイミングでゲゲゲに戻ることを姫弥は決めた。

当主など興味は無いので、話だけ聞いて辞退すればいいと思っていた。

ただ、あの子が誰で、なんで思い出せないのか。それがハッキリしないのが気持ち悪かったから。


このまま家にいても、なんとなく居心地が悪いのは否めないのもあったから、ちょうど良いと言えばちょうど良かった。


なんやかんやで実際ゲゲゲに戻れたのは、その当主選びの説明当日だった。そもそも辞退を考えていたから、その辺はどうでもよかった。

かつてゲゲゲに足を踏み入れた時点で、いつかは戻ってこなければならなかったのだし。


実家から2時間程度電車に揺られて、とんでもない田舎に入る。ゲゲゲから一番近い駅で降りた。一応数は少ないがバスもあるし、少し待っていたら来そうなタイミングでもあった。それにゲゲゲからは電話すれば迎えに来てくれるとも言われていたのだが、駅から徒歩40分くらいなので久しぶりに歩いていくことにした。

「そうか、学校行くならここまでの自転車買わないと」

誰に言う訳でも無く、ぽつんと呟いた。まだ俗世から離れるつもりは無い。


こんな田舎は5年では特に変わるものは無いのだろう。

懐かしい景色がそのまま広がっている。

田んぼの真ん中を、キャリーケースを引きずりながら歩いていてふと思う。日本はこんな田舎でも、アスファルトで整備されているんだなと。凄い国だな。


半分くらいまで歩いたところだろうか。小さな森に囲まれた神社が見えた。


ゲゲゲに来たばかりの頃のことを思い出した。怪異に騙されて迷い込んだ森だ。何故か思い出せない女の子が助けてくれた。


さて、その神社を過ぎた辺りからだと思う。


視線がずっと着いてくる。


不快な視線では無い。

ので、無視した。


ゲゲゲ屋敷に着く頃には、日が落ちていた。

視線もピタリと止まり、妙に月が眩しく感じたのでなんだろうと視線をあげた時、見事な満月が目の前にあった。


それは、圧倒するほど大きく感じた。


銀色の月は明るすぎて、自分の吐いた息が白く広がるのが見える。


その向こうに月光を背にした人影が見えた。人影の白い息と共に聞こえた

「おかえり!」

に、思わず姫弥は

「ただいま!」

と、答えた。


その人影は少し癖のある長い髪を揺らし、まるで御伽噺の月の兎のように、ふわりふわりと飛びながら屋敷の方へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月23日 06:00
2024年12月30日 06:00
2025年1月6日 06:00

仙遊の月 鞍馬榊音 @ShionKurama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画