アドベント・メモリー・ボックス

春日希為

アドベント・メモリー・ボックス

 16日の箱を取り出すとそこには何も入っていなかった。

「あれ? 俺入れ忘れたっけ」

 空箱をひっくり返しどこにも何も入っていないことを念入りに確かめて一人で納得する。

 やっぱりなあ。俺こういう面倒くさいやつ絶対どこか抜けちゃうんだよな。

 このアドベントカレンダーは去年、友人が毎年使い回せたほうが経済的にいいよと選んでくれたものだ。俺はその時どうせ来年になったら忘れるからいいよと言って断ったのだが、その会話丸ごと覚えていた今年の俺が先月からせっせと箱にお菓子を詰めていた。

 そこまではよかったのに肝心なところで何か一つ忘れてしまう生来の忘れっぽい性格は治らないのか今日ここまで15日間毎日楽しみにしていた小さな楽しみは潰えてしまった。

 忘れっぽいというのはいいことだ。なにせ詰めたお菓子を丸ごと忘れてしまうから毎日新鮮な気持ちで今日はなんのお菓子が出てくるのだろうとワクワクすることが出来るのだから。

 かろうじて昨日チョコマシュマロを食べたことは覚えているがその前の日になにを食べたのかはもう覚えてない。

 すっかり習慣になってしまった箱を開けてその中から取り出したお菓子を一つ食べるという今月限定の行動をまだ達成していないせいかなんだか背中の辺りがゾワゾワする。

 そこでカレンダーに入らなかった分のお菓子が冷蔵庫にあったことを思い出し、俺は冷蔵庫を開けた。

「はあ? なんだこの紙」

 冷蔵庫の中には一枚の紙切れが置いてあって、長く冷やされていたせいかほんのりと冷たく霜と野菜室の匂いがした。

 紙切れにはこう書いてあった。

『ここあったマシュマロは頂いた』

 怪盗みたいな言い回しにしては盗まれたものの損害がほぼゼロに等しいのではないだろうか。むしろ手間とか考えるとマイナスだ。そして俺はこれを置いた人物も特定している。

 昨日ふらりと訪れてノンアルを飲みダラダラ喋って帰っていった友人だ。アドベントカレンダーを俺に選んだ人物でもある。

 くるわという友人は今年大学生になったばかりだがいつまでも中学生気分なのでこういう隠しイベント的なのを定期的にやりたがるのだ。せめてチョコマシュマロの代替品を何処かに隠すとかして欲しかったが、俺が昨日郭にマシュマロが余っているから持って帰っていいと言ったのかもしれない。

 今、一人暮らしの寂しい冷蔵庫に残っているのは郭が昨日置いていったノンアルが二本ともやしと納豆のパックだけだ。後で買い物にいかないといけない。

 そうやってぼんやりとこのあとの予定を立てているとさっきまであった背中でミミズが這っているようなゾワゾワとした感覚はなくなっていた。もう俺の頭の中から16日のカレンダーになにも入っていなかったことが記憶から消えてかけている。

 その時だった。俺が今日はもやしをレンチンして一品作ろうかと考えていたとき家のチャイムが二回連続して鳴った。

 受話器を取って「はい」と言うと受話器とドアの前両方から「先輩、俺です郭です」と声が聞こえてくる。

 俺は受話器を返事もせず受話器を置いて鍵とドアを開けた。

 郭は白い箱を両手で持って鼻を赤くして立っていた。

「俺、なんか今日約束してたっけ」

 てかお前昨日も来たよなといいかけて、ぐっと堪えた。それは俺が忘れているだけかもしれなかったから。

 案の定郭は白い息を吐いてやれやれ先輩はこれだからと俺の腕の下をくぐって勝手に家に上がった。郭が脱ぎ捨てたスニーカーを揃え後を追う。

「冷蔵庫空いてますよね」

 と片手で箱を持ちながら既に冷蔵庫を開けている郭に俺は「今から買いに行こうと思ってた」と言い訳をした。

「はあ? いやいや買いにいかなくていいですって。昨日も言ったじゃないですか。まさか昨日あれだけ念押ししたのにもう忘れたんですか?」

「なにを」

「はあ……今日先輩の誕生日だからケーキ買ってきますよってピザも頼んどきますって俺いいましたよ、ちゃんと言いましたからね」

 郭は自分が昨日置いていったノンアルの缶を横に退けながらケーキの箱を入れる。

「忘れてた。もしかして昨日言ってたか?」

「昨日も先月も言いました」

「忘れてた」

 そう言うと、郭はそうでしょうねえとデカいため息を吐いてそれから先輩のことですもんねと付け加えた。

「まあ誕生日おめでとうございます。今年こそその忘れっぽいところ直してください」

 祝福しているのかしていないのか絶妙な具合の祝福を受けながら俺はありがとうと返す。

「先輩もう少ししたらピザ届くんで机の上にあるアドベントカレンダー片付けておいてくださいね」

 家主であり本日誕生日である俺は郭の言う通り16日の空箱を元に戻してそれからテレビ台の前にカレンダーを置いた。

 その瞬間俺は先月した会話が頭の中に駆け巡っていった。

『16日にはなにも入れないでくださいね』

『なんで?』

『先輩誕生日でしょ? 俺ケーキ買ってくるんで、だからなにも入れないでくださいね。先輩のことだからどうせ入れてない理由忘れるんでしょうけど。前日にちゃんと冷蔵庫の空にしに行きますから』

 「先輩? どうしたんですか」

 郭はカレンダーを置いたままその場で棒立ちしている俺を心配そうに覗き込んでいた。

「いや、なにもないただ思い出しただけだよ」

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アドベント・メモリー・ボックス 春日希為 @kii-kasuga7153

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