ファーストコンタクト

 二日後の早朝。彼女が奇跡的に目を覚ました時、壁の前で僕はよかったとつぶやいた。

「よかったって、何がよかったの?」

 はっとした。若緑色の病衣を着て、眉間にしわを寄せている、彼女の周りには人がいない。もしかして、僕の声が聞こえたのか?

「命が助かってよかったじゃないか」

「誰? 私は死んでしまいたかったのに」

 やはり聞こえている。僕は彼女が大変な時なのに、嬉しさで一杯になりながらも、死にたい気持ちをなんとかさせたかった。

「何を言っているんだ! 家族は心配して泣いていたんだぞ」

「あなたは誰? どこからしゃべっているの?」

 彼女は顔を少し上げて、いぶかしむ様子で周りを見る。

「僕は絵里香さんが好きだった漫画のキャラクターだよ。覚えているかな? 坂本雅也って」

「……」

 絵里香さんはしばし黙った。

 信じてくれないよな? 頭がおかしくなって聞こえていると思われているかもしれない。

「雅也なの?」

「うん。ずっと前からそばにいた。でも壁があって、干渉出来なかった」

「ありがとう」

「他の人がみんな、絵里香さんが死んだ方がいいって言ったとしても、僕は死んで欲しくない。こんなことを言ってとまどうかもしれないけれど、絵里香さんのことが好きなんだ。僕は二次元にしか存在しないけど、絵里香さんが頑張っているのをずっと見ていた。勝手に見てごめん」

「ううん。いいよ」

 春のような穏やかな顔をして、絵里香さんは答えた。

「いつか絶対壁を壊して、そっちに行くから。お願いだから死なないで」

「うん」


 絵里香さんはその後、回復して、一般病棟に移れるようになった。

 奇跡的に会話が出来たのはあの時だけで、それから、僕が大声で話しかけても、絵里香さんには気付いてもらえなかった。

 しかし、もうその頃には、僕がずっとたたいていた効果で、透明な壁には一筋のヒビが入り、そこから金色の光が漏れ出るようになっていた。

 早く彼女の世界に行き、姿を見せたい。その一心で、僕は拳が傷だらけになって、血がにじんでいても、たたくのをやめなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る