僕らがバンドを始めた理由
井戸口治重
僕らがバンドを始めた理由
「ねえ。バンドをやらない?」
転校初日にいきなり誘われて、藤村拓斗は大いに面食らった。
「ああ、ゴメンゴメン。部活で軽音部をやらない? って、意味なんだけどね」
驚きのあまりそうとう変な顔をしていたのだろう。誘ったクラスメイトの佐々木敦子が慌てて訂正をするが、拓斗にしてみれば益々もって意味不明。
「この学校に軽音部なんてあるの?」
「ないわよ。だから、一緒に作らない!」
そうして出来上がったのが、京南町立中学校奥清水分校軽音部である。
*
終業のチャイムが鳴り、日直の拓斗が立ち上がりながら「起立」の声をかける。号令に合わせて椅子が動く音がするが、立ち上がるのは敦子ただ一人。というか拓斗と二人だけでクラスの全員、他のクラスがある訳でもなく、もっといえば他の学年には生徒すらいやしない。
奥清水分校は3年生の拓斗と敦子だけで成り立っているのであった。
「それで、今日は部活をするの?」
挨拶の礼が終わるや否や担任教師の中山沙和が尋ねてくる。いちおう体裁は終礼後のHRだが、実際は見ての通りのほぼ雑談である。
「はい。でもちゃんと、沙和ちゃんの〝終業〟時間までにしておくから」
良くいえばフレンドリーな敦子の返事に「頼むわよ」と沙和が苦笑い。
「この前みたいに〝興が乗った〟なんて言って6時過ぎまで付き合わされたら、買い物するのも大変なんだから」
よほど前回が酷かったのか「勘弁してよ」と右手を振る。
分校のある奥清水地区には買い物ができる商店がなく、午後3時から5時の間にやって来る移動販売車が買い物への命綱なのである。
沙和ちゃんは町の中心地区に居を構えているので移動販売の制約は関係ないが、町内にはスーパーが1軒しかなく閉店時間を鑑みると、6時まで部活をされたら結構ヤバい。
「ちゃんと4時半までに下校しますよ」
移動販売車に依存しているのは拓斗も同じ。食材や日用雑貨は在宅勤務の親がスーパーで買ってくるが、ジュースや菓子類などは当然ながら対象外。家にストックがあれば良いが、在庫が尽きていれば地獄を見る。
「分かっているのなら、てきぱきやってね」
と、渡されたのは音楽室の鍵。
なにせ過疎地の分校だから、音楽室は併設の小学校と共用。年季がいって建付けの怪しい扉をガラガラと開けると、準備室に置いてあるキーボードとエレキギターを引っ張り出して手際よく準備をする。
「アンプはどうする?」
「今日は止めておこう。入れ込んで遅くなったら沙和ちゃんが泣くし、オレもマジで買い物したいから」
「そっか、わかったー」
拓斗の指示でキーボードと譜面台をセッティングする。ちなみにギターは敦子が既に背負っていて準備万端、すぐにでも弾きたくてウズウズしている。
沙和ちゃんから貰った楽譜を譜面台に置くと「1・2・3」のかけ声で演奏を開始する。
とはいってもキーボードを始めて未だ2ヵ月、ミスタッチもするのでテンポはオリジナル曲よりかなりゆっくりめだ。
ざっと1回、音符をさらって流して演奏する。
「どう?」
「いけると思う」
「じゃあ、本気で演奏しよっか」
敦子のかけ声を合図に、今度はオリジナルと同じペースで曲を奏でる。
特徴的なイントロ部に続いて敦子が声を張り上げ唄いだすと、勇壮感がグンと高まり曲は一気にサビへと突っ走る。
おっ、イイな。佐々木のヤツ、調子良いじゃないか。
敦子のハリのある声に拓斗も高揚感を感じ取る。
お世辞にも上手とはいえない拙い演奏なのだが、敦子の声が被さると巧く聴こえてくるのだから不思議だ。応えるようにキーボードにいっそう集中すると、歌詞の所々に挟まる「闘え」や「立ち上がれ」などの勇ましいワードを敦子が高らかに歌い上げていく。
たった二人のセッションでも、これはとても気持ちいい!
ラストに叫ぶシャウトに合わせて3分余りの曲を奏できる。
演奏したといって1曲なので汗など出ないが、精神的にはドーパミンが出まくって汗びっしょり。やり切った充実感に敦子とお互い見つめ合って、グッと拳をサムズアップする。
と、タイミングドンピシャにパチパチと拍手が。
いつの間に音楽室に入っていたのか?
入り口の前で渾身の演奏をした二人に、沙和が親指を立ててサムズアップしていた。
「たった1ヶ月で二人とも上手になったわね」
顧問の立場で沙和が二人の成長を評価する。
褒められて悪い気はしないので拓斗と敦子も上機嫌、右手を挙げてハイタッチを交わす。
けど「でも、でも」と敦子が唇を尖らせて渋い顔。
「上達したのは嬉しいけど、レパートリーが『特捜戦士ジャスティオン』は、ちょっと恥ずかしいです」
曲が曲なだけに嬉しさも半分だと主張する。タイトルから分かる通り『特捜戦士ジャスティオン』は子供向けヒーロー番組の主題歌。しかも父親どころか祖父世代が対象だったという、古典も古典な昭和世代の楽曲である。
多感な世代の女の子としては思うところがあるのだろう。
「いくら上手に弾けても、この曲はみんなの前で披露できないよ」
「あー、それはオレも同じ」
拗ねる敦子に同意とばかりに拓斗もすっと手を挙げる。多感な世代は男の子でも子供向けだと躊躇があるようだ。
「まあ、気持ちは分かるけどね」
教師とはいえ未だ25歳。ちょっとだけお姉さんの沙和が理解を示しつつも「でもね」と言いながらチチチと指を横に振る。
「ASAMAYUの曲を弾いてダメだったでしょう?」
「うっ!……」
指摘されて言葉に詰まる。
なんとなれば沙和の言った通りひと月前に、ものの見事に玉砕した黒歴史があるのだから。
軽音部としてバンドを始めた当初、敦子が演奏曲に選んだのは人気J‐POPアーティストのASAMAYUの曲。
アップテンポでエッジの効いた楽曲は聴くには良いが、演奏の難易度も人気に合わせるかのように格段に高かった。
それでもカッコ良いからと実際に演奏してみたら、ボロボロで聴くに堪えない代物。2度3度と練習を重ねても上達する実感が沸かず、単なる騒音と変わらぬ音色に心が折れそうになるほど。
「あの曲は、初心者が奏でるには難しすぎるって。二人には悪いけど、あんなのに固執してたら何時まで経ってもモノにはならないわよ」
さすがにこれはと、見かねた沙和が顧問の立場で沙和がアドバイス。
「だったらどんな曲を演奏すれば良いですか?」
「そーねー。こういう曲はどうかしら?」
そう言って勧めたのが、この『特捜戦士ジャスティオン』の主題歌だったのである。
子供向けと渋る二人を「子供向けだからメロディーが平易で練習曲にはうってつけ。すぐに演奏できるようになるから、騙されたと思ってやってみなさい」と沙和が半ば強引に演奏させたら、本当に1ヵ月で弾き語りまでできるようになったのだから彼女の見識はお見事。
ただ背伸びをしたい思春期の少年少女にとって、人前で演奏するのがメッチャ恥ずかしいことを除いて。
*
今にして思えば藤村クンが〝転校してきてくれた〟からこそ音楽を続けているんだよね。
敦子はしみじみそう思う。
拓斗がGW明けという中途半端な時期に転校してきたのは親の仕事の都合だとか。まあ、それはどうでもいいいいことで、敦子にとっては転校してきたのが敦子であることが大事なのだ。
テレビで見たライブをきっかけに、敦子はバンドをやってみたかった。
ステージを縦横無尽に駆けるアイドルだって華やかでカワイイとは思うが、楽器を演奏しながらパワフルな曲を奏でるアーティストの格好良さにこそ敦子は惹かれた。
アタシも、あんな風にバンドを組んで演奏をやりたい!
もし彼女が都市かその郊外に住んでいて、近所の学校に通っていたのならさしたる労なく夢は叶っていただろう。しかし京南町は過疎の町、奥清水地区は限りなく限界集落に近い場所、同年代の子供など数えるほどしかいない。それが証拠に去年3年生が卒業してから分校の生徒は敦子ひとり、来年度の入学生はいないので敦子が卒業する年度末をもって分校の廃校が決定している。
そんな状態だったので敦子の「バンドをやらない?」の誘いに二つ返事でOKしてくれた拓斗には感謝しかない。
「楽器をどうしよう? 二人きりだからドラムとかはムリだよねー」
そもそも過疎地の分校にドラムセットなどないのだが、あーだこーだと話し合った末キーボードとエレキギターをチョイスした。
その後の結果は……さっきの通りだ。気持ちはあっても思い付きだけで始めたクラブ活動、中身が伴う訳でもなく演奏したら見事にボロボロ。見かねた沙和がヒーローソングのコピーを勧め、1ヵ月ガンバってどうにか〝聴けるレベル〟にまで成長したのではないだろうか。
とはいえ……
「この曲を文化祭で弾くのはイヤだー」
嫌な未来を想像して、敦子は頭を抱える。
軽音部の目標は、本校と合同の文化祭でのライブ演奏。
体育館のステージで本校の生徒たちを前にパフォーマンスと云うか演奏して唄うのだが、レパートリーが昭和時代の特撮ソングなのは中学3年には恥ずかしすぎる。
「沙和ちゃん。もっとカッコいい曲を教えてよー」
涙目で訴えると「しかたないわねー」と違う楽譜を持ってきてくれたが、楽譜に書かれた題名が『元気・勇気・ビクトリー5』とやっぱりヒーロー感が超満載。
「昭和が古いっていうから、平成時代のヒーローソングよ」
「違ーう。そうじゃない!」
何でヒーローソング縛りなの? ふつうのJ‐POPはないの?
心の中で敦子が叫んでいると、沙和から「止めたほうがいいわよ」と残酷な返答。
「どうして?」
頭ごなしに言われても納得なんかできないと迫ったら「それはね」と沙和がその理由を説明する。
「ウチの軽音部はキーボードとギターのセッションでしょう? ある程度はキーボードで代用できるとしてもリズム隊がいないからね、オリジナルと比較されると見劣りは否めない。ハッキリ言うと〝実際の実力よりも低く〟みられちゃうのよ」
「でも、それは、ヒーローソングでも同じでは?」
楽器の数が少ないハンディは同じ。そう思って訊いてみたら、沙和が「チチチ」と指を横に振る。
「そこが特撮ソングやアニソンの優れているところでね。極端な話ピアノソロでも生ギター1本でも「スゴイ」と聴いてくれるのよ」
スマホでそんな様子の動画配信を「ホラね」と見せる。沙和の言う通り映像内は大盛況だし、動画再生もかなりの回数、看板にウソ偽りはなかった。
ならば自分たちもアニソン……って、それはないない。
「やっぱりイヤ。これは恥ずかしい」
「そう? 先生は楽しそうで良いと思うけどな?」
そう言いながらもそこは顧問で教師。しょうがないなーとスマホをポツポツ操作して「だったら、これなんてどう?」と沙和がアイデアを出してくれた。
「うん! これだったら」
*
なに、このど田舎。遊ぶ場所がぜんぜんないじゃん。
ゲーセンどころかゲームショップすらない。ついでに言うと本屋の類もないし、ファストフードやファミレスはおろかコンビニもない。
イヤ、ハッキリ言おう。
お店そのものがないのだ。かろうじて自販機、それと農家さんが出す無人の野菜販売所があるだけという山の中。
引っ越して最初に思ったのは〝どど田舎〟のまさにひと言、拓斗の抱いた感想は正にそれだった。
仕事がリモートになったから田舎に引っ越す? 家賃がタダだから貯金ができる?
親の都合を子供に押し付けるなよと言いたいが、扶養されている身では如何ともし難い。渋々付いて行ったら、転校した先は他に生徒が女子1名しかいないときた、これで放課後どう過ごせと?
敦子から「バンドをやらない?」と誘われて二つ返事で了承したのは、他にやることがなかったから。ネットやゲームもするけど、それは夜になってからで良い。なにしろここはコンビニすらない過疎地なんだから。
もっとも楽器なんか音楽の授業でしか触れたことのないずぶの素人、実力の〝じ〟の字もなかったが、分校唯一の常駐教師の沙和が音楽担当だったのが幸いした。
彼女の指導の甲斐あって、たった1ヶ月で聴けるレベルにまで上達が叶うという急成長。
さすがは音楽教師の面目躍如。
代償はロックバンドを目指していたのに、アニソンバンドになっちゃったこと。
いや、個人というか部活内ならそれでも良い。
問題なのは……
「この曲を文化祭で弾くのはちょっと……」
勘弁してほしい。
軽音部の集大成は文化祭でのステージ。沙和の腹積もりは文化祭で『特捜戦士ジャスティオン』ともう1曲ヒーローソングを唄わせるつもりだったという。
もう一度言う、勘弁してほしい。
「オレはイヤだよ。佐々木は?」
「藤村はまだマシよ。アタシなんてそのうえ唄うのよ、正直「カンベンして」って思うわ」
拓斗もゴメン被りたいが、ボーカルを兼ねるだけに敦子の拒否はそれ以上。
二人して愚痴ったら「困ったわね」と言いながら沙和が提示したのは自動採譜アプリの利用。
「ヒーローソングはイヤ、J‐POPも難しくて演奏できないのなら、自分たちで作詞・作曲するしかないでしょう?」
なんでも鼻歌でハミングしたら、アプリが楽譜を作ってくれるのだとか。
なるほど。その手があったかと、拓斗はポンと手を叩く。
確かに〝オリジナル〟なら「闘え」とか「地球を守れ」なんて歌詞を入れないで済む。作詞に当たって自分たちのセンスは問われるが、無難な歌詞を落とし込めばそこは何とかなるだろう。
問題はメロディーだけど、楽譜を〝作って〟くれるのだから、演奏して難しければ直せばよい。そもそもオリジナルなんだから、巧い下手なんて他人には分からない。
「沙和ちゃんの提案、オレは悪くないと思う」
敦子も異論はなく、さっそくアプリをダウンロード。その日から軽音部の部活内容に楽曲作りも加わった。
楽器を持たずに鼻歌を奏でながら「あーでもない」「こーでもない」と意見を交わすクラブ活動もやってみるとなかなか楽しい。演奏している時はいかにもクラブ活動だったが、曲や歌詞作りはどちらかというとお茶会のノリ。実際部費で紅茶を飲みながらなので、正真正銘お茶会と言っても過言ではない。
時には教頭先生が「やってますね」とお茶菓子の差し入れをしてくれたり、沙和が「参考になるかな?」と有料配信のミュージックビデオを見せてれたりもする。
そんなこんなで夏休みが終わった頃、拓斗たちは思いがけない出来事に見舞われた。
*
「分校最後の記録を……ですか?」
町職員からの頼まれごとに沙和は驚く。
「此処に学校があった記録を、町としてもアーカイブに残しておきたいと考えてね」
学校が無くなってしまえば、いずれ皆の記憶も風化する。町として記録を残しておこうという意図は分かるし、実際に此処で教鞭をとる身として賛同もする。
しかし……
「それを私に頼みますか? プロじゃないのですけど」
ふつうはプロのカメラマンに撮影を依頼するのではないか?
それに対する職員の返事は単純明快。
「ウチの町にプロの写真家を呼ぶ金がないです」
身も蓋もなくぶっちゃけると、まあそうだろうなと沙和も思う。
「素人の私に頼むくらいですものね」
なにせ京南町は過疎の町。
人口3千人少々しかいない自治体の税収などたかが知れている。国からの交付金でどうにかやりくりしているが、余分なことに回す金などどこにもない。
そして過疎化はなおも進行する。
ここ四半世紀で人口は半減したし、中学の奥清水分校廃校もなるべくしてであり、数年後には小学校の奥清水分校も同じ道をたどるだろう。
そんな状況にもかかわらず、廃校となる分校のアーカイブを作ろうと思ったのは大英断。記録を残しておかないと、記憶はいずれ風化してしまうのだから。
「スマホの写真で良いから、撮っておいてくれないかな?」
どうせ〝卒アル用の写真〟は獲らないといけないのだ。アーカイブ用の写真はそのついでみたいなものだ。
形式的には以来だが、実質的には業務命令。そこまで言われたら、引き受けるほかないだろう。
誤算というか予想外だったのは、写真を撮っているうちに興が乗ってしまい、いつの間にか動画まで撮るようになったことだろうか。
今日も今日とてスマホ片手に撮影を始めると、早速とばかりに敦子がからかってくる。
「沙和ちゃん。また撮るの?」
「ん。写真だけじゃなくて、動画も撮るわよ」
「モノ好きだなー」
毎度同じやり取りに、沙和の「卒アルを作るのって大変なんだから」とボヤくまでがワンセット。部活中だから許される緩さだろうか。
「それで、今日の部活は何をするの?」
せっかくだから動画も撮っておこうと思って尋ねたら、拓斗が「オリジナル曲が出来たから、実際に演奏してみようかと」とのこと。
「この間教えた自動採譜アプリを使って作ったの?」
訊きなおすと敦子が「そうよー」と嬉しそうに首を縦に振る。
「イイ感じに曲が出来たし、歌詞のほうも書きあがったから。実際に沙和ちゃんに聴いてもらって、感想を聞きたいなー」
「アレンジも頑張ったしな」
「だよねー」
成果を披露したくてうずうずしているのだろう、沙和の返事を聴く前から二人が機材のセッティングを始めている。
「妙にうずうずしているけど、MVを撮る訳じゃないわよ」
そもそも中学生がクラブ活動で作った曲だ。思い出の1曲にはなるだろうから、ちゃんとした形で残してあげようとは思うけど、それ以上深くは考えていない。
音楽室で録音してCD‐Rにでも焼けばいいか? 美術の先生と話をして、ジャケットを二人に作らせて卒業式の記念品に贈呈。
うん、悪くないわね。
そんなことを考えていたら二人の準備が出来たのか「それじゃ始めるね」と拓斗がキーボードを弾き始める。
キーボードのリズムに合わせるように敦子がギターを鳴らし、できたばかりだという歌詞を唄い出す。
クラブ活動で作ったにしたら結構良いじゃない。
想像以上に良い出来に沙和は感心すると同時に、悪戯心というか茶目っ気が芽生えてくる。
MVを作るでもないと言ったけど、前言撤回して本当にMV作ってみようかしら? 文化祭のステージで演奏するときにバックで流したら面白そうだし。
弾き終わっって「どう?」と訊く二人に親指を突き出すと、感想を言う代わりに提案してみる。
「せっかくだから、音源もキチッと録ろうか?」
そうして集めた素材を元に編集し始めると、どんどん凝りだして出来上がったMVは結構なマジもの。プロと比較するのは烏滸がましいが、アマレベルとしては良いものが出来たのじゃないかと沙和は自画自賛。
「CDじゃなくてビデオも入れたDVDで渡すにしても、それだけで終わりがちょっともったいないわね」
もちろん文化祭で流すのが本命なんだけど、披露するのが1回こっきりっていうのもなんだかなー。
「というか町役場の職員も言っていたわよね、分校最後の記録を残そうって。だったらより多くの人に知ってもらわないと」
その時お酒を飲んでいたからかも知れない、とにもかくにも気持ちがハイになっていた沙和は悪戯心を発揮してしまったのである。
*
それから数年後。
「それがお二人のデビューしたきっかけですか?」
とある雑誌の編集者が、拓斗と敦子に質問する。
「担任の先生が悪乗りしちゃって、作ったMVを動画投稿サイトにアップしちゃったんですよ」
苦笑いしながら語る拓斗に記者が「ああ、アレですよね」と思い出したように首を縦に振る。
「まったく、教師にあるまじき悪いヒトですよね。個人情報とかプライバシーを、なんだと思っているんでしょうね?」
ニコニコしながら敦子が毒を吐くと、拓斗が「こらこら」と窘める。
「その辺の配慮が出来なかったから、教師を続けられなかったんだろう」
いや苦言を呈す形をとりながら、敦子以上の毒を吐く。
「けっこう公私混同していたし」
「お酒飲むと人間が変わっちゃうしね」
「せっかくの美人なのに」
「うん。台無しだね」
次々と黒いセリフが出てくる。
結局二人とも腹は真っ黒、記者が引きつりながら「でもその動画がバズってレーベルからオファーがあったのですね」とフォローする。
「まあ、そうですね」
「ノスタルジックな田舎の分校や授業の様子なんかも映っていて、視聴者さんから「曲が刺さる」とか言ってくれたので」
「次の曲も楽しみですね」
そう言って記者が話しを締めると「誰が黒いって?」と、後ろで控えていた沙和がこめかみを引き攣らせながら問いかける。
「や、やだなー。沙和ちゃんは恩人だよ」
「そうそう。メジャーデビューしたオレたちのマネージャー兼プロデューサーなんだから」
「まあ成り行きよ成り行き」
変に煽てられるのが嫌なのか、沙和が明後日のほうを向きながら「勝手に動画を流したのを教育委員会から詰られたしね」と呟く。
結果、沙和が教師を辞めて今の形に落ち着いたのだから、人生なにがあるのか分からない。
「そんなことよりも次のライブのセトリ。オーラスにまた『特捜戦士ジャスティオン』の主題歌を持って来るの?」
二人が出したセトリ案を見ながら「ガキっぽくない?」と懸念を示す。
だが拓斗も敦子も声を揃えてキッパリと言う。
「それがオレ(アタシ)の原点だから!」
「恥ずかしいって言っていたのは、どこの誰よ」
僕らがバンドを始めた理由 井戸口治重 @idoguti
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