この世界はカードゲームで暴力ができちまうんだ!

下垣

第1話 カードゲーム至上主義世界

「ねえ。お母さん。あの海の向こうの遠くに見える煙ってなに?」


「あれはね。この世界の終わりを示しているの」


「世界の終わり? それじゃあ、あの煙の向こうには何もないの?」


「そうよ。あの煙の中に入ったら最後。もう帰って来れないって言われているの」


「そうなんだ。じゃあ、帰って来れない人はどこに行くの?」


「それはわからないわ。でも、きっと地獄へ行ったんでしょうね」


「地獄? どうして? その人たちって悪いことをしたの?」


「ええ。そうね。与えられた運命の外から抜け出そうとした罰。それはなによりも重いことなの……」


「ふーん。そうなんだ。僕にはよくわからないや」


 単なる母親と息子の会話。だが、この会話が全ての始まりだった。


 少年はやがてこの世界の運命の外へと抜け出し、その手に運命を変えるさかずきを手にすることになる。



 とある酒場にて少年と青年が向かい合っている。その両者の目の前には台座が置いてあって、そこにはカードが並べられたり積まれたりしている。


 2人はこのカードを使って真剣勝負をしている最中であった。


「よし! 行くぞ! 赤サソリを召喚! こいつが俺の切り札だ!」


 深紅の髪と瞳の少年はカードを高く掲げてからそれを目の前の台の上に置いた。すると赤い甲殻を持つサソリが少年の目の前に現れた。


「赤サソリで沼地の主に攻撃だ!」


 赤いサソリがドロドロとした形状のスライムのような異形の生命態、沼地の主に攻撃を仕掛ける。サソリの尻尾の針が沼地の主に突き刺さる。


 これにて沼地の主は破壊されてしまった。だが、沼地の主を操っていたドレッドヘアーの青年は不敵に笑っていた。


「ここで沼地の主の効果発動だ。沼地の主が破壊された時、相手のデッキを4枚削る!」


 青年が宣言をすると少年のテーブルに置いてあった山札が4枚削られて0枚になった。


「んな!」


「これにて勝負は終了だ。俺の勝ちだな」


 青年はゲラゲラと笑っている。その青年の取り巻きも盛り上がっている。


「おいおい! またアレスのやつ負けたのか?」


「これで100連敗。歴史的記録だろ。これ」


「逆に真面目にやって100連敗する方が難しいじゃねえのか? ひゃはは」


 取り巻きたちに煽られてアレスと呼ばれた少年は悔しそうに唇を噛んだ。


「く、くそ! 今に見ていろ! 俺だっていつかお前たちをぶっ倒せるくらい強くなってみせるんだ!」


「ひゃはは。アレス。お前、口だけは達者だな。でも、約束は約束だ。今日はお前のおごりだな」


「ああ、わかったよ! ったく……」


 アレスはサイフの取り出して仕方なく金をテーブルの上に置いた。


「これに懲りたらもう俺たちに勝負しかけてくんなよ。あんまり9歳のガキからカツアゲしたらかわいそうだからな。ひゃはは」


「10歳だ! 2日前に誕生日迎えてんだよこっちは!」


「そうかそうか。それはおめでとう。ぎゃはは」


 カードによる勝負。通称、エンゲージ。それはこの世界において暴力よりも絶対とされていることだった。


 エンゲージに賭けたものは絶対。金を賭ければ必ず金は回収されるし、命を賭ければ命をも失いかねない。


 そういう重い契約の元、エンゲージは執り行われるのである。


 人はみな生まれながらにしてカードを生成する能力を持っている。貧富、身分の差に関わらず、誰であろうと平等にエンゲージの場に立つことはできる。


 しかし、その生成するカードは個々人によって異なる。


 強いカードを生成できる者もいれば、弱いカードしか生成できない者もいる。


 たしかに勝負は公平に執り行われる。しかし、生まれながらにして、人は平等ではなかった。


 強いカードを生成できる者が富み、弱いカードしか出せない者は一生地を這う生活を送る。


 それがこの世界の絶対的ルールなのだ。


 アレスはその洗礼を噛みしめながら酒場から出て数歩歩き、頭をかきむしった。


「あー、負けた負けた! クソ! なんで勝てねえんだ」


 アレスが嘆いていると、すぐ傍にアレスと同年代くらいの栗色の髪の少年がやってきた。


 少年は少女と見間違うくらいの容姿である。


「アレス。また負けたの? もうやめなよ。あいつらに勝てるわけないよ」


「オーキッド! お前なあ。男には意地とプライドってもんがあるだろうが! 負けっぱなしは悔しいだろ!」


 オーキッドと呼ばれた少年はカードの束である【デッキ】を構えてアレスに突き出す。


「エンゲージなら僕がいくらでも付き合うからさ。これ以上あいつらに構うのはやめなよ」


「んー。でも、オーキッドには勝ったことあるしな」


「10回に1回くらいの割合でね」


 アレスはオーキッドにも負け越している。これはオーキッドが強いというわけではない。


 オーキッドもどちらかと言うと弱い。しかし、アレスはそれ以上に弱かったのだ。


「うーん。もうちょっとで勝てそうな気がするんだけどな。見ろよこの赤サソリってカード。強そうだろ? 今朝、生成に成功したんだ!」


 オーキッドはアレスのカードである赤サソリを受けとった。


 そして、そこに書かれている内容を確認する。


赤サソリ/カテゴリー:節足動物、毒性/種族:怪虫種/性別:女性

レベル:4(コスト:2)/パワー:10000

効果1(分類:起動/発動場所:手札/発動コスト:2):このカードを手札から墓地に捨てることで発動。デッキからカードを2枚ドローする。

効果2(分類:任意誘発/発動場所:墓地/発動コスト:0):このカードが戦闘で破壊された時、戦闘相手のパワーを6000下げる。


「どうだ? これが俺のデッキの中で最もパワーが高いモンスターだ! 俺はこれを切り札にしてがんばるぞ!」


「はあ……アレス。残念だけどこれは切り札と呼べるものじゃないよ」


 オーキッドはため息をつきながら赤サソリのカードをアレスへと返した。


「な、なんだと!」


 アレスは手にした赤サソリを見つめている。


「まず、パワーが低すぎる。切り札を名乗るんだったら25000ラインは欲しいところかな」


「そんなパワーライン。高レベルモンスターしか出せないだろ。こいつはレベル4にしては中々だろ?」


 エンゲージに使用するモンスターは1~9までの範囲で設定されている。4は大体その中間あたりであるから決して低いわけではない。


「それに効果も弱くはないけど、やられること前提の効果でしょ? 切り札を名乗るんだったら相手を破壊した時の効果や、もしくは盤面を有利にする効果が欲しいかな」


「くそ! そんなに言うならオーキッド。俺と勝負しろ! この赤サソリの強さをお前に思い知らせてやる」


「うん。まあいいけど」


 こうしてアレスとオーキッドは勝負することになった。


 それぞれが一定の距離を保ち向かい合うと、2人の目の前に台座が現れた。その台座にアレスとオーキッドは60枚のカードが積み重なった【デッキ】を置いた。


 そのデッキは自動的にシャッフルされて不確定に混ざり合った。


 アレスとオーキッドはそのデッキの上から10枚を引く。


 アレスとオーキッドはその中から5枚のカードを裏返してデッキとは別の場所へと重ねておいた。


 この場所はスモークゾーンと呼ばれるところで、このゾーンに配置されたカードは【コスト】として使用することができる。


 そして、残りの5枚を【手札】として扱う。


 これでお互いの準備が整った。


「アレス。今更確認するまでもないと思うけど、勝負はどちらかのデッキが尽きるまで行われて、その時点でよりダメージを受けていた方が敗北となる」


「ああ。バカにすんなよ。オーキッド。俺だってルールくらいは知っている」


「良かった。あまりにも負けすぎて実はルールを理解していないかと思っていたよ」


「くそ、煽りやがって。後悔させてやる!」


 お互いが息を飲む。そして、戦いの火ぶたが切られる。


「「エンゲージ開始!」」

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