東京ダンジョンタワー特別編~魔術師と子守り~

モンチ02

魔術師と子守り

 



 やぁみんな、久しぶりだね。

 もう忘れているかもしれないから軽く自己紹介をしておこうか。


 ボクはメムメム。

 凶悪なる魔王(今はいけ好かない人間)を滅ぼした勇者マルクスの仲間であり、大魔導師アルバスの一番弟子であり、異世界のエルフであり、登録者数1000万人越えの動画配信者ユーチューバーだ。


 ボクは元々地球とは異なる世界に居たんだけど、なんの因果か知らないが東京タワーにあるダンジョンの宝物として出てきてしまった。

 そこでシローやアカリ、カエデやシマダと出会い、なんやかんやあって行動を共にする事になったのさ。


 シローとアカリの家に居候になり、冒険者になって仲間とダンジョンを冒険したり、異世界の神エスパスが地球を滅ぼそうとしてきた“異世界の神事件アザーゴット”から、もう三年もの時が経過している。


 人間にとって三年という月日は長くて濃いように感じられると思うが、長命種であるエルフのボクにとってはあっという間であり何があったか忘れてしまうぐらい些細な日々だった。


 そうだね、覚えている出来事といえば自分でやっているYouTubeのチャンネル登録者数が1000万人を超えたことかな。1000万人を超えた時は流石に嬉しかったよ。自分でもまさかこれほどの人気ユーチューバーになるなんて思ってもみなかったね。


 え? そもそも何故ユーチューバーになったのかだって?

 きっかけは、どうせゲームするならお金も欲しいと思ったからかな。

 ボクは日本のアニメ・マンガ・ゲームといったエンタメが大好きなんだけど、いざゲームに手を出そうとした時、どうせやるならお金も稼げる動画配信者をやろうと思いついたんだ。ゲーム実況についてはボクもYouTubeで見て知っていたからね。


 そんなノリで『メムメムちゃんねる』を開設し、いざゲーム実況を始めたんだけどま~これがバズりにバズってしまってさ。


 ほんの数日で登録者数100万人突破。スパチャや広告料でお金はガッポガッポ入ってくるわけだ。ただゲームしたりアニメを鑑賞しているだけなのにこんな大金が手に入るなんて、人間とはなんてちょろい生き物なんだろうかと心配したぐらいだよ。


 まぁ、指示廚とかネタバレ廚とか腹の立つ人間の相手をするのはちょっと疲れるけどね……あいつ等ホントうるさいんだよ。


 シローやアカリも、流石にボクをニートとは呼ばなくなったね。それでも部屋を掃除しろだとか部屋に引き籠ってないで外に出ろだとか未だにうるさく言ってくるけどさ。


 全くボクを誰だと思っているんだい。

 登録者数1000万人越えの超大物ユーチューバー様だぜ。


 といった具合にこの三年で覚えている出来事はユーチューバーの件なんだけど、実はもう一つ大きく変わったことがあるんだ。


 さて、それは何かというと――。



「あ~う~」


「おいこら、耳を掴むんじゃない。エルフの耳は安易に触っちゃいけないと教えただろう」


「あ~!」


「だから引っ張るなって」


 ボクの長い耳を無遠慮に掴み引っ張っているのは、まだ言葉も話せない小さな赤ん坊だった。


 この赤ん坊の名前は許斐未来このみみらい

 そう、シローとアカリの間にできた一歳近い女の子だ。この三年の間の出来事の中でもう一つ大きなことといえば、ボク達に新しい家族が増えたことだった。


 初めに言っておくと、ボクは赤ん坊が苦手だ。いや、苦手というより嫌いなのかもしれない。

 理由は単純に、赤ん坊は我儘で自分の思い通りにならないからだ。


 理性より感情で動くため、どれだけ注意しても伝わらない。今だって耳を触るなと言っているのに全く聞かず引っ張っているしね。

 理性がない生き物の相手をするのは大変だし疲れてしまうんだ。我儘や癇癪をきくのも面倒だしね。


 そんな赤ん坊嫌いなボクなのに、今日はミライの子守りを任されていた。冗談じゃない、ボクは子守りなんかよりゲームがしたいと断固として断ったんだけど、結局こうなってしまっている。


 それもこれも、全部こいつのせいだ。


「きゃ~可愛い~! ミライちゃ~ん、夕菜お姉ちゃんでちゅよ~こっちにおいで~」


「お姉ちゃんじゃなくて叔母さんだろ」


「お姉ちゃんでいいの! 私まだおばさんって言われる歳じゃないもん」


 ボクに引っ付いていたミライを甘ったるい声を発しながら抱っこした彼女にそう言うと、現実を受け入れたくないといった風に否定してくる。

 どう思おうが勝手だけど、君にとってミライは姪であり、ミライにとって君は叔母さんなんだよ。いい加減諦めて認めろよな。


「ね~ミライちゃ~ん、私はおばさんじゃないもんね~」


「あ~」


「おばさんだってさ」


「お・ね・え・ちゃ・ん」


 と、恐い顔で物申してくる彼女は許斐夕菜このみゆうな

 シローとは従妹で、アカリとは中学生の頃からの親友で、ミライにとっては叔母にあたる人だ。


 因みにユウナは、こよみ的には21歳だけど、肉体や精神年齢はまだ18歳の女の子である。

 何故そんな複雑なのかといえば、ユウナはダンジョンの中に三年もの間囚われていたからなんだ。


 東京タワーがダンジョンに変貌した15歳から、シローとボクたちの手によって救出された18歳までのおよそ三年間、元々東京タワーの中にいた彼女はずっとダンジョンの中に囚われていた。


 その三年の間は肉体と精神の成長も止まっているため、開放された時も15歳の姿のまま。だからシローやアカリと比べて三年の差がついてしまった。


 そんなユウナは今、高卒資格を得るために通信制の高校に通いながら冒険者をしていた。高卒資格を得て大学にいきたいらしい。

 まぁ、15歳から18歳までの花の女子高生をダンジョンによって奪われた彼女からすれば、せめて大学に行って青春したいという気持ちは分からなくもないだろう。

 何で私だけこんな目に……! と塞ぎ込まなかっただけ心が強いと思うよ。


 解せないのは、何故ユウナが冒険者になったかだろう。

 大事な三年間を奪われて憎んでおり、本来ダンジョンには近づきたくないはずの彼女がどうして冒険者になったかのかといえば、それを上回る特別なことがあったからなんだ。


 その特別なことというのは、“許斐士郎失踪事件”。

 ダンジョンで消息不明になったシローを、今度は自分が助ける番だと言ってユウナは冒険者になったんだ。

 勿論ボクやアカリ、カエデやシマダもシローの行方を必死に追ったけど、シローに辿り着いたのはユウナとその仲間達だった。


 血は争えないというか、彼女の奮闘っぷりは凄まじいものだったよ。冒険者としてのポテンシャルはアカリと比肩するほど優れているしね。

 まぁその話というか、彼女の物語は彼女自身から聞くといいさ。


 話が脱線してしまったね。

 なんの話だったかな。あ~そうだ、ボクがミライの子守りをしているのはユウナのせいだという話だったね。

 そう、全てはユウナが放った言葉に巻き込まれてしまったんだ。


「全く困ったものだよ。君が二人に「ミライのことは私とメムメムに任せて遊んできて」なんて余計なことを言うから子守りする羽目になったんだぞ」


「いいじゃない一日ぐらい。今日はお兄ちゃんと灯里の結婚記念日なんだよ。親である前に新婚の夫婦でもあるんだから、記念日ぐらい二人だけで楽しませてあげたかったの」


「そんな気を遣わなくてもあの二人なら家の中でも年中ラブラブだっての。こっちが砂糖を吐きたくなるぐらいにね。あの二人より、ただユウナがミライに会いたかっただけなんじゃないのかい」


「そそ、そんなことある訳ないじゃない!」


 やはり図星だったか……。

 姪のことが余程可愛いのか、この叔母さんはことあるごとにミライに会いに来ているからね。神奈川に住んでいるから東京ここまでの距離も近いし、週一の頻度で来ている。

 最早シローとアカリの時間を邪魔しているのは君自身だということにいい加減気付けって感じだよ。


 今日だって結婚記念日だからミライのことは任せてと二人を出かけさせたはいいけど、シローとアカリだってボク達に娘を任せるのは内心心配だろう。

 というより、何でボクまで巻き込まれなくちゃならないんだよ。


「あ~可愛いわ~。見てよメムメム、この可愛いさ半端なくない? もう天使って感じ」


「さぁ、ボクにはわからないね」


 パシャパシャとスマホでミライを連写するユウナ。こいつの待ち受けはミライだし、写真フォルダもミライで埋まっている。どんだけ姪が好きなんだよ、ちょっと恐いよ。


 大体、こんな三頭身のずんぐりむっくりのどこが可愛いのか全然わからない。人間の赤ん坊なんて猿とそんなに変わらないじゃないか。


「はぁ、メムメムにはこの可愛いさがわからないのね。このぷにぷにすべすべのお肌、小さいお手て、純粋無垢な笑顔。あ~もう全部可愛い!」


「勝手にやってくれ」


「あ~う~!」


「ど、どうちたのミライちゃん?」


 突然ミライがぐずり出して慌てるユウナ。

 あたふたしているだけで何もしないので、仕方なく助言する。


「そのぐずり方はおねしょだよ。おむつを替えてあげればいい」


「へ~そうなんだ。あれ、上手くいかない」


「あ~もう退け。ボクがやる」


 おむつを取れたのはいいものの履かせるのに手間取っているユウナを見てヤキモキしたボクは、彼女からおむつをぶん取ってミライに履かせる。


「こうやってこうやってこう」


「お~! 中々手際が良いわね、見直したわ」


「こんなの見てれば誰だってできるよ」


「どうでちゅかミライちゃん、スッキリしましたか~」


「聞いてねぇし」


 もう本当にこの叔母さんどうにかしてくんないかな。


「う、う、あ~~~!!」


「あらあら、今度はどうしたんでちゅか」


「そのぐずり方はお腹が空いたんだろう。ミルクを作って飲ませればいい」


「なるほど。で、ミルクってどうやって作るの?」


「……ボクが作るから待ってろ」


 よっこらせと立ち上がり、台所に立って粉ミルクを作る。

 哺乳瓶に粉ミルクを入れ、沸騰させた70℃以上のお湯を半分くらいまで入れると、哺乳瓶を振ってミルクを溶かす。できあがり量まで残りのお湯を足して、哺乳瓶を水に浸して体温くらいまで冷まして完成だ。


「ほら、飲ませてみろ。乳首を口の中にしっかり含ませるんだぞ」


「了解。お~、凄い勢いで飲んでる。可愛い~」


 余程お腹が減っていたのか、ミライはあっという間にミルクを飲み干してしまった。ユウナにやり方を教え、ミライにゲップさせる。するとユウナが感心するように言ってきた。


「メムメムって子守り上手なんだね。ちょっと意外」


「これくらいどうってことないさ。逆に何もできないのに子守りを任せてと言える君がおかしいんだよ」


「てへ」


 てへじゃないよてへじゃ。

 うっかりなところは同い年のアカリと比べると三年の差を感じるね。いや……そもそもアカリは超がつくしっかり者だったな。どちらかというとシローに似ているだけか。


「んあああああああああ!!」


「今度はどうちたの~? あっ痛、痛い。ねぇメムメム~助けて~」


「残念だけどそのぐずり方はボクにもわからないね」


 再びぐずり出したミライが暴れて戸惑うユウナが、再びボクに応援を求めてくる。赤ん坊って意外と力強いんだよね。パンチやキックとか普通に痛いし、髪を引っ張る力も中々ある。できれば余り近付きたくないものだよ。


 それに加え、何を考えているのか分からない。

 今のミライもそうだけど、赤ん坊というのは理由もなく泣き喚く。赤ん坊は泣くのが仕事だという言葉もあるけれど、こっちからしたらたまったもんじゃないよ。対処のしようがないんだからね。


「ほ~らほ~ら、いい子いい子~」


「あう、あう、んあああああああ!!」


「メムメム~」


「しょうがないな、よこせ」


 いつまでも泣き止まないミライをユウナから預かり、適当にあやす。するとミライはピッタリと泣き止み、泣いていたのが嘘のようにきゃっきゃと笑顔を振りまいた。


「前から思ってたけどメムメムってミライに好かれてるよね。お兄ちゃんや私が抱っこしたらすぐにぐずっちゃうけど、灯里やメムメムだと全然平気だし」


「人は関係ないさ。赤ん坊はまだ個人の識別なんてできないだろ」


「ううん、ちゃんと誰かってわかってるよ。ね~ミライちゃ~ん」


「あうあう」


「ほら~」


 君の理屈で言うと君はミライに嫌われているんだが、君はそれでもいいのだろうか。まぁ、彼女のためにも敢えて突っ込まないでいてあげよう。ボクは優しいからね。


「あう~」


「ん、なんだい?」


 ミライが小さな手でボクの指を掴んでくるのでどうしたのか尋ねると、彼女は信じられない言葉を口にした。


「め~む」


「っ……」


「ねぇ、今メムメムのこと名前で呼ばなかった!?」


「ふっ、気のせいだろ」


「め~む、め~む」


「ほらぁ、やっぱり言ったよ! 凄いよメムメム、お兄ちゃんと灯里もまだパパママって呼んでもらってないのに!」


 ふむ、確かにボクの顔を見て名前を呼んだようだね。

 でもそれはボクの名前が覚えやすく、かつ多くの者が沢山呼んでいるからだろう。別に大したことではないさ。


 だけど――。



「ミライちゃ~ん、お姉ちゃんも名前で呼んで欲しいな~。ユ・ウ・ナ。わかるかな、ユ・ウ・ナ」


「め~む」


「ダメかー。メムメムだけいいな~」



 ボクは赤ん坊が苦手だ。いや、苦手というより嫌いかもしれない。

 何を考えているのかわからないし、すぐ泣くし、面倒を見るのは大変だ。正直言うと自分の時間が奪われるため邪魔な存在でもある。


 だけどまぁ、なんでだろうね。

 こんなずんぐりむっくりな三頭身の生き物を愛しいと感じてしまうのは。



「め~む」


「こら、エルフの耳は引っ張るなと言っているだろう」



 仕方ない。

 少々面倒ではあるが、これからも未来きみの未来に付き合ってあげようじゃないか。



◇◆◇



お読みいただきありがとうございました!


いかがでしたか?

久しぶりに書いたので面白く書けたか自信はありませんが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


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よろしかったらお手に取っていただけると嬉しいです!


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