第27話 買い物

 王城一階で記録係と呼ばれる事務員に遺品を渡してから俺たちは王城を後にした。後ほど、記録をとってからオルデュクス王とアイザックに手渡されるらしい。


「では各自休暇と言うことで、今日は解散にしましょう」

「わかった。生きててよかったぜ隊長。またな」

「それじゃあ私も帰るね! シャワーも浴びたいし! 何かあったら呼んでね! ホタルちゃん!」

「はい。お二人ともありがとうございました」

「それはこっちのセリフだぜ?」

「ほんとにねぇ〜!」


 去っていく二人をホタルは手を振って見送った。そして俺に振り返る。

 

「さて! まずは服を買いましょうか!」

「服?」

「はい。そんな格好じゃ出歩けませんし」


 俺は自身の身体を見渡した。

 確かに服はボロボロ。上半身は申し訳程度に上着を羽織っているだけだ。

 

 地上は人がいなかった為、気にしなかった。だけどヴァルハラにはヴァルハラで暮らす人々がいる。

 いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。

 しかし一つだけ大きな問題がある。

 

「それはいいが、ヴァルハラはどんな通貨制度になってるんだ?」


 つまり、金がないと言うことだ。

 というより俺は通貨という物を持ったことがない。

 なにせエリュシオンには通貨制度がなかった。

 もしかしたら冠を被った豚Crown Hogどもの間ではあるのかもしれない。しかし少なくとも、俺たち隷属兵の間にはなかった。

 

 なにせ隷属兵には生命維持に必要な物質を最低限支給されるだけだ。よって、金なんて物は必要ない。

 

 俺が知識を持っているのは偶然だ。

 たまたま探索している時に見つけた資料を読んだからに過ぎない。

 

「独自の通貨制度です。この端末で管理しています」


 ホタルが液晶のついた端末を取り出した。

 全てデータで管理しているということだろう。


「俺にはその端末がない」

「そんなもの私が出しますよ。なにせヨゾラには命を救われていますからね。それにこう見えて特級探索者はお金持ちなんです」


 ホタルが得意げに胸を張る。

 しかしそういう問題ではない。

 

「いや、タダで貰うのは悪い」

「別にいい……と言っても無駄なんでしょうね……」


 短い付き合いだが、俺の性格を理解してきたようだ。

 ホタルは小さくため息を吐くと、少しだけ考え込む仕草を見せた。


「ではこうしましょうか。後ほどヨゾラにも端末が支給されると思います。きっと碑石を持ち帰った功績で結構な金額が入っていると思うのでその時に返してください」


 あまり借りたくはないが、文句を言っていても服は買えない。ここが妥協点だろう。

 

「わかった。じゃあその言葉に甘えるよ」

「そうしてください。ではまずは探索区から行きましょう。こっちです」


 


 ホタルに連れられてきたのは五階建ての建物だった。見るからに高級そうな店構えをしている。

 店名はルドワージュだろうか。意味は知らない。


「いらっしゃいませホタル様」


 入店すると、スーツを着こなした老紳士がいち早く気付き、出迎えてくれた。

 ホタルはにこやかな笑みを返す。


「お久しぶりです。今日は彼の服を見にきました。訳あって個室を使いたいのですが、構いませんか?」

「承知いたしました。ご案内いたします」


 老紳士に連れられ、やってきたのは最上階である五階だ。ここは各部屋が個室になっており、お得意様VIP専用のフロアらしい。


「こちらでしばしお待ちください」

「はい。ありがとうございます」


 個室は質素ながらも洗練されたデザインをしていた。

 きちんと更衣室も完備してある。

 

 ホタルがソファに座ったので、俺はその対面に腰を下ろす。すると、ものの数分で店員と思しき女性が現れ、ティーセットを置いていった。


「至れり尽くせりだな」

「常連ですからね」


 ホタルは優雅な所作でティーカップに口をつける。

 俺も長時間、水分をとっていなかったことに気付き、同じように喉を潤した。


「これはなんだ?」


 初めて飲む味だった。

 というよりそもそも味のついた飲み物を飲むこと自体が初めてだ。エリュシオンでは生きていく上で必要最低限の水しか出されなかった。


「紅茶です。お口に合いましたか?」

「ああ。こんな飲み物もあるんだな」


 なんといっても香りがいい。

 俺はしみじみと呟いて、カップに再び口をつける。

 するとあっという間にカップの中身は空になってしまった。


「おかわりはいりますか?」


 ホタルがポットを傾けつつ聞いてきた。

 もちろん答えは決まっている。

 

「ああ。頼む」


 そうしてお茶を飲みながら待つこと数分、老紳士がハンガーラックを押した女性店員を二人連れて戻ってきた。

 ハンガーラックには服が山ほど掛かっており、種類も多種多様。よりどりみどりだ。

 

 これだけあればいくら偏屈な客だろうとお気に入りが見つからないと言うことはないだらう。

 流石は高級店。抜かりない。


「お連れ様、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ヨゾラだ。よろしく頼む」

「ヨゾラ様ですね。承知いたしました。よろしくお願いいたします」


 老紳士が胸に手を当てて、会釈をする。

 洗練された所作だ。お得意様VIPの相手を任されているだけはあるということなのだろう。


「ヨゾラ様はどう言ったお召し物が好みでしょうか? 特に無ければ私共で見繕わせていただきます。ホタル様。よろしいですか?」

「私は構いません。全てヨゾラに任せます」

「俺も特に好みはない。任せるよ。……あぁただ、動きやすい服装で頼む」


 ゆったりとした服は好みではない。

 エリュシオンでは室内用の服は別に用意されていたが、俺は敢えて探索用の服を纏っていた。いついかなる事態が起きた時でも対応できるよう、食事の時も睡眠の時も常にだ。

 

 そんな俺を大袈裟だと笑った隷属兵もいた。しかし皆、早々に命を落としていった。

 だからこれでいい。俺の考えは間違っていない。

 

「畏まりました。では、こちらはいかがでしょうか?」


 老紳士が手に取ったのは黒を基調とした服の上下セットだった。


「特殊な化学繊維を使用している為、動きやすさは保証いたします」

「着てみてもいいか?」

「もちろんでございます。こちらへどうぞ」


 更衣室に案内され、手早く着替えを行う。

 

 しかしそこで問題が起きた。

 老紳士が選んでくれた服は動きやすいよう肌にフィットする材質で作られていたのだ。それ自体はいい。俺が頼んだことだ。

 しかし現在、俺の右腕を隠す為に布を巻いている。この状態だと袖が通らないのだ。


 ……どうしたものか。


 考えた結果、俺は更衣室から顔だけを出した。


「悪い。手袋ってあるか?」


 老紳士に聞いたのだが、答えたのはホタルだった。

 

「ヨゾラ。ここなら気にしなくて大丈夫です」

「そうか? なら……」


 俺は試しに、ずっと閉じていた左眼を開けた。

 すると老紳士や女性店員たちは大きく目を見開いたものの、特に騒ぐ様子は無かった。

 よく教育されているようだ。


「なるほど。そのような事情でしたか。では眼帯と……手袋は両手必要でしょうか?」

「いや、右手だけ隠せればいい」

「かしこまりました。すぐにご用意させていただきます」

「悪いな。助かる」


 老紳士が女性店員の一人に指示を出す。するとすぐに部屋を出ていった。

 

 俺は更衣室に顔を引っ込めると、腕を覆っていた布を取り外して着替えを行った。

 肩や腕を回したり、屈伸をしたりして調子を確かめる。


 ……動きやすいなこれ。


 まるで身体と一体化しているような感覚だった。

 エリュシオンで支給されていた服より遥かに高品質だ。


「これにするよ。動きやすくていい」


 更衣室から出て言うと、老紳士は柔らかく微笑んだ。

 

「お気に召したようで何よりでございます」


 するとそこでノックが響き、女性店員が戻ってきた。

 大きなカートを押しており、その上には様々な種類の眼帯と手袋が置かれている。


「一番機能性が高い商品はこちらとこちらになります」


 老紳士が眼帯と手袋を渡してきたので俺は受け取って着ける。

 

 眼帯は黒色で、眼のみならず顔の左側大部分を覆うようなデザインをしていた。

 耳にかけるタイプではなく、頭の後ろで留めるタイプだ。その為、大きく動いても特に問題はなさそうに感じた。

 加えて通気性もなかなか良い。

 

 手袋も同様に黒だ。

 流石に生身の手のようにはいかないが、非常に動かしやすい。


「気に入った。これで頼む」

「畏まりました。他はどういたしますか?」

「他? とりあえずはこれだけで……」

「ヨゾラ。三着ぐらい持っておいた方がいいですよ?」


 俺の言葉を遮ってホタルが言った。

 確かに予備を持っていた方がいいだろう。あまり荷物を持ちたくはないが仕方ない。

 

「まあそうか。分かった。じゃあこれと同じ物を……」

「ヨゾラ……。それだと毎日同じ服を着ている人になりますよ?」

「……? それの何がいけないんだ?」


 ホタルがハッとしたような表情を見せた。

 

「……ごめんなさい。ヴァルハラでは毎日服を変えるのが普通なんです。毎日同じデザインの服を着ていると変えていないと思われます」


 ホタルの言う感覚はよくわからなかった。

 しかしホタルが言うのだからそうなのだろう。嘘をつくメリットもない。

 

「そうなのか。わかった。なら似たような動きやすい服を取り繕ってもらえるか?」

「かしこまりました。お任せください」


 そして俺は何度が試着をした。

 中には合わない物もあったが、老紳士が選んだ服はどれも高品質で全て決めるのにそれほど時間は掛からなかった。

 

 結果的に三着の上下セットのみならず下着を数点、眼帯、手袋の予備も購入した。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 老紳士に見送られ、俺とホタルは服屋を後にした。


「ありがとなホタル。後でしっかり金は返す」

「別に返さなくてもいいんですけどね……。まあそれはともかく、似合っていますよ」

「そうか? 自分ではよくわからないな」


 なにせ身なりなんて今まで気にしていなかった。動きやすいかどうかだけだ。


「でもそう言われて悪い気はしない。ありがとな」

「いえいえ。そういえばそれ、捨てなくてよかったんですか?」


 俺の手には先ほどまで着ていたボロボロの服が紙袋に入っている。老紳士から廃棄するかどうかを聞かれたが、敢えて取っておいた。今捨てるのは違う気がしたのだ。

 

 これは俺たちが隷属兵である証だ。憎悪の象徴と言い換えても良い。死んでいった同志たちの願いがこの服には宿っている。

 だから捨てるのはエリュシオンが堕ちる日だ。

 その日が来れば俺はその時初めて隷属兵ではなくなる。


「いいんだ。が来たら焼き払う」

「そうですか……。なら私はが来ことを願っています」


 そう言ってホタルは祈るように目を伏せた。

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