第25話 楽園ヴァルハラ

 ヴァルハラは円形の浮遊島だ。

 外周から順に居住区、研究区、探索区、行政区といった四つの区画から構成されている。

 転移装置があるのは行政区に聳え立つ。その地下だ。


 王城とは一般的に国の中核を担う場所である。ヴァルハラも例に漏れず、行政を司るのが王城だ。


 そんな場所の地下に転移装置は設置されている。

 当然、万が一の事態が起きた時は王の身に危険が及ぶ。

 およそ正気の沙汰ではない。ホタルに大丈夫なのかと聞いたところ、なんでも有事の際は即座に王が指揮を取れるようにする為らしい。

 自分の命よりも事態の収束を優先する。

 ヴァルハラを統べる王はなんとも豪胆な人物みたいだ。


 現在は、地上に出て王城の階段を登っている最中。

 念のため、騒ぎにならないよう左眼は閉じている。

 

「まず、ヨゾラには王に会っていただきます」

 

 俺としては願ったり叶ったりだ。

 ホタルの言っていた通り、本当に利害が一致しているのならば、その後の交渉がスムーズに行える。

 

「わかった。けど、いきなり王に会って良いのか?」


 しかし王からすれば俺は正体不明の人物だ。

 俺が王を害するため、ホタルに取り入って侵入した敵対者の可能性は決してゼロではない。

 だからこそあまりにも不用心だと感じた。

 王なのだから慎重に慎重を期すべきだと俺は思う。


 するとホタルは苦笑を浮かべた。


「私が信じるに値すると判断したなら大丈夫だと言っていました」

「……信用されているんだな」

「どうですかね? 碑石を持ち帰った功績もあると思います」


 あるいは特級探索者であるホタルが居れば何とかなると思っているか。

 その可能性も十分にあり得る。


「ここが謁見の間です」


 階段を登ること数分。ホタルに案内され、荘厳な雰囲気の漂う扉の前に到着した。


「さっきぶりだねぇ。ヨゾラくん」


 するとそこには先ほど別れた金髪の女性、リリーが立っていた。小さく手を振っている。

 どうやら先に来ていたらしい。


 ホタルがため息を吐く。


「リリー。先に来ているなら連絡してください。アイザックに探しに行かせちゃったではないですか」


 今この場にアイザックはいない。

 ホタルの言葉通り、転移してからリリーの姿が見えなかったのでアイザックが探しに行ったのだ。


「ごめんねホタルちゃん。忘れてたぁ」

「しっかりしてください」


 文句を言いつつホタルは通信機を使い、アイザックを呼び戻す。

 そうして待つこと数分、息を切らせたアイザックが戻ってきた。


「リリー。テメェ……」

「ごめんごめん」


 大袈裟に手を合わせるリリーにアイザックはため息を吐いた。


「どうしてこう帰ってくるとポンコツになるんだか……」

「気が抜けちゃうのかなぁ〜? どう思う? ヨゾラくん?」


 話を振られたが、そんなこと先ほど会ったばかりの俺が知るわけがない。


「知らん」

「ツレないなぁ〜」

「はいはい。これから謁見なんだからしっかりしてください」

「はぁ〜い」


 気の抜けた返事をしながらもリリーが背筋を伸ばした。切り替えはちゃんと出来るようだ。

 

 ホタルがノックをしてから名乗りを上げる。


「螢火隊隊長、特級探索者、如月螢ホタル・キサラギです。ヨゾラを連れて参りました」

「入っていいよ」


 すると中から穏やかな声が聞こえた。声の感じからして、かなり若そうだ。


「失礼します」


 ホタルが扉を開けて中に入る。俺やアイザック、リリーもそれに続いた。



 

 謁見の間は一切の飾り気がなかった。

 華美な装飾も高そうな調度品も全くない。

 あるのは灰色の玉座。それだけだ。


 玉座に座る人物は銀の長髪を持った青年だった。

 年は二十代半ばだろうか。想像していたよりもずっと若い。

 そして特徴的だったのは、横長の耳だ。

 まるで伝説上の幻想種、エルフのような男だった。

 

 ホタルたちは玉座の前に進み出て膝を突く。

 俺も同様に膝を突こうとしたが、玉座に座っていた人物に止められた。


「そんな事しないでいいよ。堅苦しいのは嫌いなんだ」

「わかりました」


 俺が立ったままでいると、男はニコリと笑った。


「ほら。ホタルたちも立って。居心地が悪いんだよ」

「はい」


 螢火隊の面々も立ち上がると、男は満足げに頷いた。


「初めまして異郷の民よ。私はオルデュクス=ヴァルハラ。この楽園エデンを統べる王だ。よろしくね」

「俺はヨゾラと言います。かつてはK5895と呼ばれていた元エリュシオン所属の隷属兵です」


 挨拶を返したもののやはり耳が気になる。

 エルフと言えば長命なことで有名だ。一体何年生きているのだろうか。

 ともすれば終末以前の時代も知っているかもしれない。


 ……それとも遺物の力か?


 ホタルは遺物によって吸血鬼の身体を得たと言っていた。

 エルフは吸血鬼と同じ幻想種。似たような遺物があってもおかしくない。

 

 すると俺の視線に気付いたのか、オルデュクス王がその耳に触れた。


「これが気になるかい? まあ、つけ耳なんだけどね」


 すると、なんて事のないように取り外した。

 どうやら偽物だったらしい。しかしそうなると疑問も湧く。

 なぜそのような無駄なことをしているのか。


「理解できないと言った顔だね?」


 オルデュクス王がつけ耳を戻しつつ、俺の心中を言い当てる。

 別に嘘をつく必要はないので俺は首肯した。


「歳を取らないというのは色々と都合が悪いんだ。だからエルフだってことにしている。それだけさ」


 オルデュクス王はあっさりとそう言った。

 

「………………は?」


 俺は自分の耳を疑った。


 ……今、コイツはなんて言った?

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