第24話 研究者
「うわ〜ん。生きてて良かったよぉ〜。ホタルちゃ〜〜〜ん」
大泣きして縋り付く女。
玄関から姿を現したホタルはされるがままとなり、苦笑を浮かべていた。
「事情は聞きました。ヨゾラ。すみません。二人がご迷惑をおかけしました。」
「別に気にしてないから大丈夫だ」
「そう言っていただけると助かります」
「……姫さん。生きてたのか……」
アイザックもホタルの姿を見て言葉を失っている。
「はい。彼、ヨゾラに助けて頂きました」
「本当……だったのか。しかしあの遺跡には誰も……」
「アイザック。彼に見覚えはありませんか?」
「見覚え……?」
男が俺の顔をまじまじと見る。すると何かに気付いたのかハッとした表情を浮かべた。
「まさか、あの
「えっ!? あの時の!?」
つられて女も驚いている。
「そうです。
「嘘だろ? でも、どうやって?」
「そこら辺はあとで報告の必要があるので、まとめてお話します」
「……そうか。ヨゾラといったか? 攻撃して申し訳なかった。そして隊長を救ってくれたこと、感謝する」
そう言って男は深く頭を下げた。
「いや気にしてない。当然の反応だ。さっきも名乗ったが俺はヨゾラだ。訳あってホタルに協力している」
「そう言ってもらえると助かる。オレはアイザック。アイザック・ルーラックだ」
男、改めアイザックが握手を求めてきたので、俺は応じた。
「私も撃っちゃってごめんねぇ〜。そしてホタルちゃんを助けてくれてありがと〜。私はリリー・リーラル。よろしくねぇ〜」
リリーも横から手を差し出してきたので握手を交わす。なんとも雰囲気の軽い女性だ。こちらまで気が抜けてくる。
「こちらこそよろしく頼む」
「それにしてもどうなってるのこれ? 感覚あるの? あのとき腕はなかったよねぇ?」
リリーが交わした右手をニギニギと握ってきた。
もちろん感覚はある。しかしリリーの言葉に不穏なワードがあった。
「……腕がなかった?」
「あれ、ホタルちゃんに聞いてないの?
「確かにオレも見たな」
ホタルに視線を向けると、頷いた。
「言い忘れてました。確かにそれは私も確認しています」
三人も同じ証言をしているのならば事実だろう。
しかし俺自身、なぜ
考えても答えは出ないだろう。神のみぞ知ると言うヤツだ。
「……まあ考えても仕方ないか。俺自身もよくわかってないし」
「さっきは遺物って言ってたよな?」
「あれは方便だ。似ているから便宜上はそう言ってるだけだな」
「なるほどな。なら後で研究者たちに診せたほうがいいか。何かわかるかもしれない」
「……研究者」
俺はつい眉を寄せてしまった。
研究者といえば、エリュシオンでは非道な人体実験ばかり行なっていた連中だ。ヤツらのせいで壊れてしまった隷属兵を何人も見てきた。
加えてその精神性も理解できない物だ。ヤツらは嬉々として研究結果を語り合うのだ。俺たち隷属兵の前で。
全くもって悍ましい。
するとそのとき、左手を暖かいものが包み込んだ。
視線を向けるとホタルが俺の手を握っていた。暖かい体温が伝わってくる。
「ヨゾラ。大丈夫です。ヴァルハラの研究者はまともですから」
どうやら俺の内心はお見通しらしい。
時折、ホタルは心が読めるのではないかと思う。
「ああ。……ありがとなホタル」
「いえいえ」
ニコリと笑みを浮かべるホタル。するとリリーはなにやらニヤニヤと口元を歪めていた。
「おやおやぁ〜? もしかしてぇ〜もしかするぅ〜?」
リリーの言葉にホタルがバッと手を離す。暖かい体温が離れ、少しだけ惜しい気持ちになった。
「んん? あれ? 本当に?」
「何がだ?」
俺が聞くとリリーは何やら納得した表情を浮かべた。
「あぁ。そういう……。ホタルちゃん。苦労するねぇ?」
「別にそういうのではありません!」
「そういうのってどういうのかなぁ〜?」
「リリー? 怒りますよ?」
「ジョウダンだよぉ〜」
リリーは逃げるようにして民家へと入っていった。先程まで大泣きしていた人物と同じ人間とは思えない。
「……それでホタル。どうなった?」
「はい。王に説明して、ヨゾラがヴァルハラに立ち入る許可を頂きました。ですので技術者と探索者が出てきたら入れ替わりで入りましょう。少しだけお待ちください」
「技術者? どういう事だ?」
アイザックが疑問を口にした。
「ヨゾラのおかげで禁忌録の碑石を持ち帰ることが出来たんです。裏にありますよ」
「なっ!? うそだろ!? どうやって!?」
「本当です。……っと来ましたね」
唖然とするアイザックを放置してホタルが扉へと視線を向ける。民家の中から人の気配がした。
左眼で見ると魔力反応が多数ある。
邪魔になるので俺たちは玄関前から移動した。
するとまず初めに、目の下にびっしりと隈のできた女性が出てきた。ボサボサの
その後、作業服を着た人や白衣を着た人が次々と出てくる。
「各自早急に作業を進めてくれたまえ。
不健康そうな女性がその見た目とは裏腹にテキパキと指示を出してから俺たちの方に歩いてきた。
ホタルが半眼を向ける。
「……マクスウェル博士。貴方が来たのですか」
「そう嫌そうな顔をするもんじゃないよホタル君。それに私が来るのは当然じゃないかな?」
「その通りですね。では私はこれで。あとは頼みますマクスウェル博士。ヨゾラ。行きましょう」
ホタルが早口で捲し立てた。どうやらホタルはこのマクスウェルという女性のことをよく思っていないらしい。
その為か、俺の手を掴んで強引に民家の中へ入ろうとする。
しかし今度はマクスウェルが俺の右腕を掴んだ。
「待ちたまえよ。私は彼に用があったんだ。それにしても凄い腕だね。どうなっているんだい?」
瞳を輝かせ、興味深そうな視線を俺の右腕に向けてきた。リリーと同じようにニギニギと握ってくる。
「俺にもわからない」
「ヨゾラ。相手をしていると日が暮れますよ。その人の話はすごく長いんです」
「失礼な。私は自身の知的好奇心に従っているだけさ。それで、ヨゾラ君と言ったかな? 私はマクスウェル。統括研究所の所長をしている人間だ。キミは自分の腕のことに興味はないかい?」
「……ないかと言えば嘘になるな」
「それは僥倖。キミさえ良ければ後ほど研究に力を貸してくれないかい?」
俺はマクスウェルの言葉に顔を顰めた。
この女性はどことなくエリュシオンにいた研究者に雰囲気が似ている。
そんな俺の様子を察してか、ホタルがため息を吐いた。
「ヨゾラ。彼女は性格にこそ難はありますが、貴方が心配来ているような人間ではありません。それは私が保証します」
「とても本人の目の前で言うことじゃないね?」
「自業自得というものでは?」
「おや。手痛いお言葉だね。それでヨゾラ君。どうする?」
「そうだな……」
正直、右腕や左眼のことは興味がある。
なにせ自分のことなのに何もわかっていないのだ。
だからこそ、マクスウェルの提案は渡りに船。ただ俺が嫌いな研究者たちに似ていると言うだけで拒否する選択肢はない。
俺は腹を括った。
「……わかった。俺も自分のことは気になる」
「聡明な判断に感謝するよ。それでホタル君、碑石はどこかな?」
「裏ですよ。さっき言ったじゃないですか」
ホタルが半眼を向けて突っ込む。
「そうだったそうだった。ではまた、ヨゾラ君」
マクスウェルは後ろ手に手を振りながら去っていった。
「ホタルはマクスウェルのことが嫌いなのか?」
「嫌いというと語弊がありますね。苦手というのが正しいです」
「アレはオレも苦手だぞ。根っからの研究者だからな。そもそも探索者とは相性が悪い」
「なるほど」
どうやらホタルだけが特殊なわけではなさそうだ。
「行きましょうか」
「だな」
俺たちは玄関扉を開け、民家の中へと進む。
「これは……想像していたのとはだいぶ違うな」
平家の中は実にシンプルな作りをしていた。
家具は無く、壁はコンクリートの打ちっぱなし。耐久性を重視していることは一目瞭然だ。
今にも崩れそうな外観から、この中身は想像もできないだろう。
「外はカモフラージュです。他の
「なるほどな」
納得しつつホタルに続いて、地下への階段を降りていく。するとエリュシオンの物とは全く異なる転移ポータルが現れた。
エリュシオンの転移ポータルはメカニカルな部分が目立つ。しかしヴァルハラの転移装置はシンプルで扉のような枠組みがあるだけだった。
しかし中の空間が歪んでいるのだけは同じだ。
これほど見た目が違うと言うのに、起こる現象は同じ。不思議で興味がそそられる。
「ヨゾラ。念のためこれで右腕を隠していただけますか? 無用な混乱は避けたいので」
ホタルが手渡してきたのは黒い布だった。左眼で見ても特に魔力反応がないことから、ただ視界を遮る為の布だろう。
「ああ。わかった」
混乱を避けたいのは俺も同じだ。
特に断る理由はないので、布を受け取って右腕に巻く。
「ありがとうございます。では行きましょうか」
ホタルが転移装置へと足を踏み入れる。
すると空間の歪みが一度大きく揺れ、ホタルの姿が消えた。ここらへんはエリュシオンの転移ポータルと同じである。
今まで何度も使ってきた装置なので、俺は躊躇わずに足を踏み入れた。
身体を一瞬の浮遊感が襲う。
そして次の瞬間、目の前の景色が切り替わった。
通称、転移酔いと呼ばれる軽い酩酊感のような物を感じつつ、俺は周囲を見渡す。
転移した場所は白を基調としたドーム状の空間だった。
壁際には多数の転移装置が設置してある。きっとここから各地へと転移できるようにしているのだろう。
エリュシオンの転移ポータルは一つずつ個室になっていたので、かなり違う。
広さもかなりの物で直径150Mから200Mぐらいはありそうだ。ホタルが言っていたように万が一、魔物が入ってきても戦闘できるようにだろう。
そして頭上を見れば天井に【終末の獣】対策の
今は起動していないが、あの光量ならこの空間全てを照らせそうだ。
「ようこそ。ヴァルハラへ」
先に入っていたホタルが振り返り、両手を広げる。
こうして俺は
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