ナイト・エンジン〜よくある中世ヨーロッパファンタジー世界でのロボット騎士道生活〜
トランジスタラジ男
序章 成人と転生
豪奢な灯りが天井に煌めき、光が絢爛な装飾品に反射して食堂全体を照らしている。大きな窓の外には広大な庭園が広がり、夕暮れ時の橙色の光が芝生や花壇を黄金色に染めている。
俺はその食堂の中央、長いテーブルの一番端に座っていた。目の前には白いクロスの上にきれいに並べられた色とりどりの料理と銀食器の並ぶ豪華なテーブル。そしてその周囲には貴族らしい格式ばった衣装を纏った家族が集まり、俺の成人を祝っていた。
「とうとう成人か。おめでとう、ディル」
父の低く威厳のある声が食堂に響く。その言葉に応えるように、母は柔らかな微笑みを浮かべている。
「ありがとうございます、父さん」
礼儀正しく返事をしながらも、俺の視線は手元の食器に反射する自分の姿に向けられて
いた。
(……これが成人の祝いか)
自身の姿はまだ少年と言っても差し支えない。この世界では12歳で成人として扱われる。成人、すなわち成すべき事をする年齢として。
とはいえなんともむず痒い。きらびやかな祝宴の場だが、この空間に自分が完全に馴染んでいるとは言なかった。
「お兄、おめでとう!」
妹のエミリアが勢いよく声を上げる。年端もいかない彼女は、家族の中で唯一この格式張った空間を気楽に楽しんでいるようだった。
「こら、こんな時くらいちゃんと礼儀正しくしなさい。この子は本当に……」
隣に座る怜悧な美人が呆れたように少女をたしなめる。その口調には厳しさよりも優しさが滲んでいる。
「まあ、仕方ないわね。おめでとう、ディル」
「ありがとう、姉さん」
俺の姉、フィオナはこの家で最も知識が豊富で、家門の歴史や王国の情勢にも通じている。物腰柔らかで冷静だが、厳しい一面も持つ頼れる存在だ。
そんな家族の祝福を受けながらも、俺の心はどこか別のところにあった。
(……俺は本当にこの世界で成人を迎えたんだな)
そう――俺は異世界から転生してきた存在だ。今はディル……ディルムッド・オーディンという名で生きている。
この事実を最初に認識した時、正直どこか他人事のように感じていた。前世では名前も生活も平凡そのもの。事故で亡くなったことは覚えているが、それだって珍しいもんじゃない。
そんな俺が、騎士の名家として知られるレイブンシュラウド家の次男として生まれるなんて、冗談かと思ったものだ。だがまあ異世界に現代日本で暮らした知識を持ったまま生まれ直す、なんてそれこそ悪い冗談だ。
だが俺にとっては現実であり、周りも全力でそうだ。
封建制が支配するこの世界で、この家は一際強い影響力を持つ家門だった。いわゆる貴族階級であり、このあたりの領主であり、そして騎士と言われる役割を努めている。もっとも、昔の栄光は薄れつつあるらしい。
それでも、幼い頃から家門の誇りに恥じない
よう、厳しい教育を受けてきた。
そんな俺が成人の儀式を迎える。この瞬間が意味するものの大きさに、自然と背筋が伸びる思いだった。
楽しい宴の席はあっという間に過ぎ去り、そして最後に食堂から出るまえ、父が俺を呼び止めた。
「さて、ディル。改めてこれをお前に渡そう」
父が厳かな表情で差し出したのは、一冊の古びた鍵と、それが収められた銀色の箱だった。
「これは?」
戸惑いながら尋ねる俺に、父は穏やかに微笑む。
「私の祖父、お前にとっては曾祖父が使っていたものだ。かつて、この家門を支えた…
…【騎士】としての象徴となったものだよ」
鍵を手に取った瞬間、胸の奥が不思議な熱を帯びる。その熱に導かれるように、俺は父に促され、普段は家族ですら立ち入らない屋敷の奥、地下室へと続く階段を下りていった。
そうして薄暗く、自信の暗い地下室の奥には、巨大な鉄扉が静かに佇んでいた。
「開けてみろ」
父の言葉に従い、古びた鍵を鉄扉の鍵穴に差し込む。重い音を立てて扉が開かれると、
その先にあったのは暗闇に鈍く輝く巨体だった。
「……これが……」
言葉が自然と漏れる。目の前にあるのは漆黒の装甲に包まれた巨大な機体――駆動騎士
(ナイト・エンジン)だった。
その圧倒的な存在感に息を呑む。漆黒の外装には細かな紋章が刻まれ、四肢のフォルム
はどこまでも整然としている。
「これが駆動騎士(ナイト・エンジン)……」
「そうだ」
父が背後から静かに言葉を続ける。
「お前がこれから戦うべき相手、そして守るべきもののために、この機体はお前の力となる。……最も、実際に乗ってどうするか、となるとまだ先にはなりそうだがな」
父の言葉が重く響く。目の前の機体を見つめるうちに、胸の奥に新たな感情が芽生え始めた。
そう。ここはよくある中世ファンタジー世界……とは少し違う。
この世界は一見、中世的な封建社会だが、その裏にはこのようなSFファンタジー的な技術が存在している。騎士とは、剣と盾を持って戦うだけではない。こうした巨大な機械――駆動騎士を操り、戦場を駆け抜ける存在なのだ。
俺もまた、その一員となる。そして、この漆黒の鎧をまとっていくのだ。
「父さん……ありがとう。この駆動騎士と、俺はこの家の誇りを守っていきます」
父は満足げに頷き、俺の肩に手を置いた。
この日、俺――ディルムッド・オーディンの物語が動き始めたのだ。
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