第3話 もしかして
「お~はよっ、北村くん!」
「お、おはよう……」
翌朝。昨日まで全く関わりのなかった前島が俺の席へやってきて挨拶をした。このことに俺も驚いたし、周りにいた人も驚いていた。
声をかけられたことが嫌とかではないのだが、周りの視線が痛い。何で陰のお前が話しかけられてるんだよという視線をこちらに向けないでくれ。聞きたいのはこちらだから。
「昨日、イベやった?」
「イベ……あぁ、イベントのことか。やったよ」
「えっ、どこまでどこまで?」
前島は俺の前の人の椅子を借りるとそこへ向かい合わせになるよう移動させて座った。
「一応ボスのところまで」
昨夜はリンさんとの協力戦により新イベントダンジョンを1日で攻略することができた。攻略できたのが深夜2時。そのため今、凄い眠い。
「わっ、じゃあ、仲間だね」
「前島ももう攻略したのか?」
まだ前島がリンさんだとは確定していないのでリンさん以外のプレイヤーだと思って尋ねる。
「したよ。だから今日の授業寝そうなんだよね」
どうやら前島も俺と同じく夜までやりこんでいたようで眠そうだ。
「そういやさ、試験近いけど北村くんは勉強もう始めてる?」
前島はそう言ってグイッと顔を近づけてくる。試験が近いというよりお顔が近いです、前島さん。
「いや、俺あんまり試験前だからってガッツリしたことないからなぁ……日々の授業と後は課題やったらまあまあの点は取れるし」
「さらっと天才発言。凄いね、授業でもう覚えてるんだ。私は勉強苦手だから試験前になると結構必死になるタイプでさ」
彼女は気付いていないかもしれないが、周りにいるクラスメイトの何人かがこちらに注目している。
注目が凄い。まぁ、誰とでも話せて、スタイル抜群、クラスの人気者である前島とクラスで名前も覚えられてるかどうかわからないぐらい影の薄い俺が一緒にいるのだから気になるよな。
男子から殺意を向けられ、園川は俺のことをじっーと見ていた。
あれかな、友達が変なやつと話してるから心配してるやつだろうか。
周りをチラッと見て目の前にいる前島の方へ視線を戻すと机に誰かの手が置かれた。ゆっくりと顔を上げるとそこには浜崎の姿があった。
「北村、少し話したいことがあるから来てくれないか?」
「……俺に?」
爽やかな笑みを浮かべているが浜崎からは怒りのようなものを感じた。前島は何で来たのと言いたげな表情で彼を見ている。
「大和。北村くんと話してるとこなんだけど?」
「それはわかってるよ。けど、今すぐに話したいことなんだ。だから少しだけ北村を借りてもいいか?」
「………私は何も言わない。北村くん、どうする?」
前島は優しい笑みで俺にそう問いかける。浜崎の言う話が何かは大体察しているが、もしかしたら違うかもしれないので聞くだけ聞こう。
椅子からゆっくりと立ち上がると俺は口を開いた。
「わかった」
そう答えると浜崎は何も言わず教室を出ていくので、俺はついてこいという意味で捉え、後をついていった。
廊下に出ると少し教室から離れ、空き教室の前へ移動する。
浜崎が立ち止まると俺も立ち止まり、お互い向き合う。
「で、話って?」
「彩葉と仲いいのか?」
「いろ……あぁ、前島のことか。仲がいいわけではないよ。ただのクラスメイトだ」
そう、話したのは昨日が始めてだ。友達でもないし、親しい仲ではない。
「そ、そうか、それならいいんだ……」
ホッとした様子で浜崎はそう呟く。何がいいかは俺にはさっぱりわからないのだが。
前島と仲がいいのか、悪いのか。それを確認するためだけに俺は呼び出されたのだろうかと思っていると浜崎が肩に手を置いてきた。
「優しさで言っておくが、北村。彩葉を狙って近づいても相手にされず悲しいだけだから話しかけるのはやめておいた方がいい」
「はぁ……」
浜崎は、俺が前島を狙っているように見えたのだろうか。話しかけてきたのは彼女の方なんだが、どうやら彼は俺が話しかけたと思っているようだ。
というか浮気して、もう前島の彼氏でもないのになぜ彼女を独占するような発言をするのだろうか。さっきの言葉を前島が聞いたらおそらく「何言ってんのコイツ」とか言うんだろうな。
「俺は別に前島を狙ってなんかない。そろそろ授業始まるから戻ってもいいか?」
「あ、あぁ、そう、か……も、戻っていいよ」
俺の言葉に何か思ったことでもあったのか言葉が途切れ途切れになる。
教室に入り、自分の席へ戻るとまだ前島はそこにいて、俺が来ると小声で話しかけてきた。
「ねね、大和に変なこと聞かれたんじゃない? 俺の女に手を出すな的なこと」
「エスパーか」
「おっ、やっぱり? 昨日、別れたのに彼氏ぶってくる発言ばっかりしてきたからもしかしたらって思ったけど」
実際、俺の女に手を出すなとは言われていないが、そういう感じのことは言っていた。
「もう、ほんと意味わからない男……あっ、授業始まっちゃう」
前島はそう言ってバッと椅子から立ち上がり、借りていた人にお礼を言うと自分の席へと向かうのだった。
***
お昼休み。購買でパンを買ってどこで食べようかと悩んでいるとこちらへ向かって歩いてくる園川に気付いた。
前島といないことに疑問を感じていると園川は俺の目の前で立ち止まり、腕組をした。
(えっ、怖っ……俺何かしたっけ?)
「北村」
「は、はい……」
名前だけ呼ばれ、俺はこの後、怒られるか、パシられるだろうと予想する。
しかし、その予想は外れ、園川は優しい笑みを浮かべた。
「ありがと、彩葉と話してくれて」
「…………えっ?」
予想と全く違い、俺は驚く。ありがとうなんて園川から言われるとは思っていなかった。
「浜崎の浮気のことは彩葉から聞いた。落ち込んでいた彩葉のこと、元気付けてくれたらしいじゃん」
「元気づけた……?」
そんな覚えはないのだが……。俺は前島の愚痴を聞いたぐらいで元気づけるようなことは何も。
「私、友達失格だな。親友の彩葉のこと元気づけることができないなんて……」
そう言って暗い顔をし下を向く園川。そんな彼女を見て俺は口を開いた。
「それはどうかわからないと思う」
「?」
「園川は昨日、前島の隣にいただろ? 前島は多分、それだけで気分を落ち着かせることができたと思う」
変に元気づけるより、隣にいて話を聞いてあげる方が前島にとっては良かったはずだ。
「前島が昨日の俺のことをどう言ったのかは知らないが俺は彼女の愚痴を聞いただけだ。何もしてない」
「……それは嘘よ。彩葉、昨日遊びに行ったとき、あなたのことばかり話してたもの。その時、思ったの。朝、テンションが低かった彩葉が元気になったのは北村のおかげだって」
(俺のことって何を話してたんだろうか……)
昨日はゲームの話をしたぐらいで話すようなことはない気もするが。
「ほんとありがと。北村」
「…………」
怖いと思っていた彼女だが、ふんわりとした笑みを浮かべて、俺はフリーズしてしまった。怖いというのは訂正しないとな……。
「彩葉に近づく変な男とか思ってたけど、北村っていい奴だね」
「変な男って……」
「あとあと、北村って話さない人と思ってたから彩葉と話してるの見たとき驚いた」
「話さないというか話す友達がいないからな」
「えっ、あっ、なんかごめん」
(謝られると悲しくなってくる……)
「そういや、北村には聞きたいことがあったんだった」
「聞きたいこと?」
「うん。まだ彩葉には言ってないんだけど、もしかしてあなたって……」
彼女はそこで言葉を止め、その言葉の続きは小声だった。
「ノースなの?」
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