月下の祝言

汐海有真(白木犀)

 香山こうやま涙茉るまは優しい少女だった。

〈花〉の力を継ぐ由緒正しき家柄である香山家に双子として生まれ、やさしく育てられた。

 双子の姉である香山瑠陽るひはわがままで、だから大人たちは素直な涙茉の方を積極的に可愛がった。


 やがて瑠陽と涙茉は十五歳の誕生日を迎え、〈告げ師つげし〉により生まれ持った力を告げられることとなる。

 先に生まれたから、瑠陽が告げられるのが先だった。瑠陽の持つ力は〈百合の花〉。華やかな香りを操る、香山家に発現しやすい伝統的な力だった。だから大人たちは大層喜んだ。

 大人たちは涙茉に期待の目を向ける。姉と同じ百合の花? それとも名付けの由来になった茉莉花? それとも、もっと珍しくて、美しい花……?

 固唾を呑む涙茉と、彼女を取り囲む家族、親族の前で、〈告げ師〉は告げた。



 ――――〈はえ〉、と。



 大人たちはざわついた。蠅? 蠅? 蠅? 蠅というと、あの、不浄な虫……?

 涙茉は何も口にせずに、ただ目を見張っていた。


 先例がない訳ではなかった。香山家にはたまに、〈花〉の力ではなく〈虫〉の力を持つ者が生まれる。まるで花々の甘い香りに誘い出されているかのように。

 涙茉は知っていた。〈花〉の力を尊ぶ香山家にとっては〈虫〉の力は異端で、忌み嫌われていることを。涙茉は覚えていた。やさしい父親もやさしい母親も、〈虫〉の力を持つ先祖を「虫螻むしけら」とやさしく笑いながら評していたことを。


 涙茉の母親は立ち上がって、嘘ですよね? と震えた声で〈告げ師〉に問う。涙茉も嘘であってほしいと心の底から願っていた。

 けれど〈告げ師〉は、真実でございます、と綺麗な声で言った。

 ぽろりと、涙茉の黒い瞳から真珠のような涙が零れる。

 訪れた重い沈黙を破ったのは、涙茉の隣に座る瑠陽だった。


「皆様、ご心配には及びません」


 視線が一気に、瑠陽へと集中する。


「わたくしが、不出来な妹の分まで、香山家に精一杯尽くさせていただきます。ですから、どうか、妹を責めないでやってください」


 瑠陽はそう言うと、正座したまま深く頭を下げる。

 誰かが拍手をした。それを切っ掛けに、座敷は拍手の音に包まれる。

 頭を下げながら、瑠陽はちらりと涙茉の方を見た。

 瑠陽は心の底から嬉しそうに、口角を歪めるようにつり上げていて、



 …………涙茉は、これから自分が置かれるであろう境遇を悟った。

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