呪いの代行【かける側】

からし

呪いの代行【かける側】


薄暗い部屋の中に、一人の少女が座っていた。

彼女の名は「アヤ」。

黒い髪が肩のあたりで乱れ、蒼白い肌が薄明かりに照らされている。

彼女の周りには、古びたキャンドルが三本、ゆらゆらと揺れながらその光を放っていた。壁には、無数の人々の恨みや痛みが書き殴られた紙が貼り付けられている。

まるで、彼女が受け取った依頼の数々が、しっかりとその場に息づいているかのようだ。


この部屋は、町外れの古いアパートの一室。

周囲は静まり返り、夜の闇がその存在を包み込んでいる。

アヤは、その闇の中で生きていた。

彼女は、依頼を受けることで人々の恨みを代行し、その呪いをかける契約を結んでいた。彼女の心の奥底には、そんな自分自身への疑念と不安が渦巻いていた。


「お願い、あの人に呪いをかけて」と、ある晩、彼女のもとを訪れたのは、若い女性だった。彼女の目は、憎しみと悲しみで揺れていた。

アヤは、その女性の話を聞きながら、自分が本当にこの仕事を続ける理由を考えていた。彼女は、他人の恨みを引き受けることで、自分自身の心の傷を癒すことができるのだろうか。


「その人は、私の全てを奪ったの。だから、どうしても呪いたいの」と女性は涙を流した。アヤは、彼女の心情を理解しながらも、心の奥で葛藤していた。

彼女自身も、かつて大切な人を失った経験があるからだ。

その痛みは、彼女にとって生々しい記憶として残っている。


「呪いをかけるには、あなたの強い思いが必要よ」とアヤは言った。

女性は頷き、彼女の心の中にある憎しみを言葉にした。

それはまるで、彼女が心の奥底に封じ込めていた魔物を解き放つかのようだった。

アヤは、その言葉を受け止めながら、呪文を唱え始めた。


その瞬間、部屋の空気が変わった。

冷たい風が吹き抜け、キャンドルの炎が一瞬消えかける。

アヤは、彼女の心に潜む負のエネルギーを感じ取った。

まるで、彼女自身の内にある痛みが具現化したかのように、部屋の中が暗くなっていく。


「お願い、どうか私の恨みが届きますように」と女性は声を絞り出した。

その言葉は、アヤの心に深い傷を残した。

彼女は、依頼を受けるたびに、その背負うべき感情が重くのしかかることを理解していた。


呪文が終わると、アヤはふと顔を上げた。

女性は、呪いをかけた相手の姿が目の前に浮かんでくるのを感じていた。

しかし、アヤの心には不安が広がっていた。

自分が人の恨みを代行することで、果たして本当に救いを与えられるのか。


その夜、アヤは眠れなかった。

彼女の心の中には、呪いを受けた相手の姿がちらついていた。

「彼女の痛みは、果たして報われるのか?」と。

彼女は、自分が助けた相手が、今度はどのように他者を傷つけるのかを想像してしまった。自分の行動が連鎖を生むことを恐れた。


日が明け、アヤはその女性のもとを尋ねることにした。

彼女がどのように変わったのか、呪いの効力がどのように現れたのかを確かめるためだ。アヤは、町を歩きながら自分が行った行為の重さを感じていた。

彼女の心の中で、呪いがもたらす悪影響に対する恐れが膨れ上がっていた。


女性の住む家に着くと、アヤは思わず立ち尽くす。

ドアの前には、花束が無造作に捨てられ、地面には彼女の涙の跡のようなものが散らばっていた。

アヤは、何かが起こったことを直感した。

ドアを叩く勇気が出ず、ただ立ち尽くす。



数分後、ドアがゆっくりと開かれ、女性は顔色を失ったまま立っていた。

アヤは戸惑いながらも、彼女に声をかけた。


「呪いは、成功したの?」


女性はアヤを見つめ、やがて力なく首を横に振った。

「彼に何も起こらなかった。だけど、私の心は壊れてしまった。呪いをかけたことで、私自身も彼と同じように苦しむことになった」と。


その言葉を聞いた瞬間、アヤは自分の行いがもたらした結果を理解した。

彼女は人の恨みを代行することで、一時的な満足感を得ることができるかもしれない。しかし、その背後には、さらなる苦しみが待っているという現実があった。


「私は、誰かを傷つけることで、自分を救うことはできないから」とアヤは言った。女性の目に映る彼女の姿は、まるで自分自身を見つめているようだった。

アヤは、依頼を受けることでしか生きられない自分を再確認した。


その晩、アヤは部屋の隅で静かに揺れるキャンドルを消した。

彼女の心に宿った闇は、次第に薄れていく。

「不快だ」

しかし、彼女は決して忘れないだろう。

恨みや痛みを他者に押し付けることが、どれほどの苦しみと負の快楽を生むのかを。


彼女の周りは深く深く暗闇に溶け込む。


彼女がほほ笑む。


「次の呪いはどんな気分だろう」


彼女は、新しいキャンドルに火をつける。

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