新たなる鳥羽の命令 ~another side~

~another side 七尾茉莉~ 


 ある日の放課後の教室。茉莉はクラスの陽キャグループで集まって談笑していた。


 その面子は…まず陽キャグループの中心的存在にしてクラスの王・鳥羽隼人。教卓の上に我が物顔で座っている。


 その隣にいるのが隼人の彼女でグループのNo2的存在・松坂由奈。


 そこから少し離れ、窓際の壁にもたれ掛かっているのが、あの自尊心の強い隼人が一目置いている存在・上田正彦うえだまさひこ。長身で筋肉質の寡黙な男だ。

 

 机の上に胡坐をかいて座っているのがグループの賑やかし役的存在・平戸庄司ひらどしょうじ。髪を金髪に染めており、顔にはニキビとそばかすが沢山ある。


 庄司の横に座っているのが隼人の腰巾着的存在・沼田寛太ぬまたかんた。黒髪短髪の背の低い男で、猿のような顔をしている。


 そして茉莉。


 他にもまだ何名かいるが、この6人が鳥羽グループの主な中核メンバーである。メンバーの序列も大体名前を上げた順番通りだ。茉莉はグループの中でも下っ端の方だった。


「でさぁ! その時寛太がサァ!」


「ちょっと隼人君! それは内緒にしといてって言ったじゃん!」


「ギャハハハ! 隼人君サイコー!」「キャハハハハ! 寛太、アンタバカでしょ?」


「………」


「あ、あはは…」


 品のない笑い声が教室内に響く。すでに他の生徒は帰るか部活動に参加するかしており、教室内には鳥羽グループしかいなかった。


 茉莉は隼人の話を聞いて愛想笑いをした。


 彼の話を特に面白いとも思わなかったが、こうしないと彼は機嫌を損ねるのだ。「王」の機嫌を損ねては自分の立場が危うい。


 このグループの話題と言えば、9割方が他人の悪口だ。


 たいてい隼人が他人を馬鹿にするような暴言を吐き、それを賑やかし役である庄司が大げさな笑い声で「隼人君の話めっちゃウケる!」とご機嫌を取る。他のメンバーもそれにつられて笑う…と言った感じである。


 寛太はどちらかというとグループ内での序列が低く、茉莉と同様にイジられ役が多かった。今も涙目になりながら隼人にイジられている。


 正彦についてはよく分からない。寡黙な男でどうして鳥羽グループにいるのかすらも分からないのだ。


 茉莉は正直うんざりしていた。このグループは表向きは仲の良い陽キャ集団になっているが、その内情は酷く歪だ。


 仲が良い…というよりは自分のクラスカーストを維持するために、クラスの王である隼人のご機嫌取りを行っている集団と言った方がいいかもしれない。


 「友達」と言えるかどうかすら怪しい。


 ここでこんな話をしているよりかは和久と話していた方が何倍も楽しいと茉莉は感じていた。


 しかしグループから離れると隼人から迫害され、イジメを受ける可能性がある。それが恐ろしくて茉莉は中々グループを離れられないでいた。


「そういえば茉莉よぉ。お前上手い事あの陰キャチー牛と仲の良いフリができてるじゃねぇか」


 一通り寛太を馬鹿にし終えた後、隼人が茉莉にそう切り出した。和久への嘘告計画の事を言っているのだろう。


「う、うん…」


 茉莉は内心複雑だった。


 彼女は当初和久に対して何の感情も抱いていなかった。


 しいて言うなら嘘告する事への申し訳なさぐらいだったのだが、彼と接するうちにだんだん親愛の感情を覚えるようになったのだ。


 もはや和久は茉莉にとって仲の良い友達。それこそ、このグループの誰よりも気の合う存在に変わっていた。


 彼を傷つけるような真似はしたくない。


 しかし、隼人の命令に従わなければ自分がイジメを受けてしまう。


 茉莉はどうすればいいのか悩んでいた。


「隼人君どうする? もう嘘告行っちゃう? カメラの準備はバッチリよ! チギュアアア!!!」


 賑やかし役の庄司が隼人に媚びるようにそのような提案する。彼は隼人のイエスマンだ。彼の機嫌を取るためなら何でも賛同する。


「いや、まだ早い。嘘告を仕掛けるのはもっとあの陰キャを茉莉にホレさせてからだ。その方が陰キャの絶望が深くなるだろ?」


「流石隼人君、天才!」


「ねぇ、やっぱりやらないとダメ?」


 茉莉はかすかな希望を込めて隼人に懇願した。しかし、その彼女の願いは秒で打ち砕かれる。


「あぁ!? 今更何言ってんだお前? ふざけてんのか?」


 隼人は茉莉の言葉に対し、明らかに不機嫌になった。


 隣にいた庄司が肘で茉莉をつつく。その意味は「隼人君の機嫌をそこねんじゃねぇよ!」だ。


「あはは…だよね。でも嘘告するなら早い方がいいんじゃないかな?」


 どうせやらなければならないのなら、傷の浅いうちが良い。自分にとっても彼にとっても。そう思って提案した。


 だがその小さな希望すら、叶わなかった。


 隼人は茉莉をギロリと睨みつけて言葉を放つ。


「茉莉、俺はよぉ…あの陰キャチー牛が惨めに苦しみ悶える姿が見たいのよ。だからわざわざこんな手の込んだ事してんの。分かるか? あぁ!?」


 再び庄司の肘が茉莉をつつく。先ほどよりも強い。「これ以上隼人君の機嫌をそこねるな」という意味だ。


 茉莉は2人の圧力に無言で頷かざるを得なかった。


「分かればいいんだよ。分かれば。ったく…」


 なんとか隼人を爆発させずに済んだようだ。周りの人間が「ふぅ」と小さくため息を吐く音が聞こえた。


 重苦しい空気が教室内を包んでいた。


「…悪いが、俺はもう帰らせてもらう」


「正彦、おい!」


 そんな中、正彦がマイペースにも鞄を持ち、帰宅の準備を始めた。彼だけは相変わらず何を考えているのかよく分からない。隼人の制止も無視して教室をスタスタと出て行く。


 正彦の帰宅により、隼人の機嫌は更に悪くなってしまった。その最悪の空気をなんとかしようと由奈が口を開いた。


「そ、そうだ! いい事思いついたわ! 茉莉、アンタ無駄に乳デカいんだから、あの陰キャを惚れさせるために乳を押し付けるぐらいしなさいよ! そうすればあの陰キャはアンタにすぐ惚れるわよ」


「えっ…」


 一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。和久を騙すためにそこまでしろというのか。


 由奈の提案に隼人が邪悪な笑みを浮かべながら、食いつく。


「それいいな! 確かに陰キャチー牛なんて女に耐性が無さ過ぎて、乳押し付けときゃすぐにち〇ぽ勃起させながら発情するだろうな。茉莉、やれ!」


「えっ、でも…それは」


 茉莉はなんとか拒否しようとした…が、すぐに庄司に横腹をつかれる。「これ以上隼人君を怒らす前に命令に従え」という意味だ。


 茉莉は頷かざるを得なかった。


「…ん? どうした寛太?」


 後ろを見ると、珍しく隼人の腰巾着である寛太がなんとも微妙そうな表情をしていた。彼も庄司と同じく基本的には隼人のイエスマンであるにもかかわらずだ。


「い、いや。何でもないよ」


 しかしすぐに笑顔を作り、取り繕った。彼も隼人には逆らえないのだ。


 結局、茉莉は隼人の命令に抗えなかった。彼女はあまりの情けなさに心の中で涙した。



◇◇◇

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