HTN 100年の物語

@daizo0711

第1話

夕暮れ時、茨城県内陸の小さな町は、静かな呼吸をしているかのようだった。古い商店街

の通りには、昭和期に賑わった面影が淡く残り、傾いた軒先や剥がれかけた看板が風化した

写真のような風情を漂わせている。近年、この町は人口減少や高齢化に苛まれ、空き家が増

え、周囲の農地は手入れされずに荒れ果てていた。

町外れの一角に「高橋電気工事」と手書きの木看板が掛かる店がある。雨や日差しに晒さ

れ、その筆文字は薄れ、木肌には長年の汚れと傷跡が刻まれている。ここで営みを続ける高

橋孝三郎(こうさぶろう)は、50 歳を前にした職人肌の男だ。実家はもともと米屋だった

が、戦後から高度経済成長の波を受け、商売は次第に縮小し、孝三郎は若い頃から電気工事

に転じて家族を養ってきた。気難しいほどではないが、口数が少なく、半纏を着てラジオを

聴きながら工具の手入れをする姿がこの町の日常風景となっている。

孝三郎の妻、雪江(ゆきえ)は農家の出身だった。幼い頃、彼女は祖父母や両親と共に田

畑を歩き回り、泥だらけの長靴で畝を踏みしめながら、種を蒔き、苗を育て、収穫の歓びを

知っていた。しかし、結婚後は農地は放置され、日々の暮らしに追われるなか、その土地は

見る間に雑草と固い土に覆われていった。時代の流れや人手不足で、あの頃の豊かな畑は遠

い記憶になりつつあった。

この夫婦に一人娘がいる。名はカオリ、20 歳手前の快活な女性だ。幼い頃から彼女は父

の工具箱を覗き込み、色とりどりの電線やスイッチ、配電盤の図面に不思議な魅力を感じて

いた。一方、母から「昔はこの辺一帯に畑が広がっていて、夏には甘いトマトやキュウリが

採れたのよ」と聞くたびに、その失われた風景を想像し、胸を高鳴らせた。カオリにとって、

この町はただの衰退する郊外ではなく、眠ったままの可能性を秘めた大地だった。

大学で環境工学を学んだカオリは、再生可能エネルギーやスマート農業の概念にも触れ、

地方再生に興味を抱くようになる。都会へ出て就職する道もあったが、彼女は実家へ戻って

きた。そこには、父が営む電気工事店があり、母方が残した放棄農地がある。地方の過疎や

気候変動、国際化で揺れる農業の現状を前に、カオリは考えた。「電気と農業を結びつけた

ら、新しい価値を創れるのではないか」と。

ある冬の夕刻、薄暗い居間で、カオリは両親に打ち明ける。「お父さん、お母さん、私、

あの放置された農地をもう一度耕してみたいの。ソーラーシェアリングを導入して、電気と

農業を両立させる試みをしたい。そして、AI を活用して人手不足や知識不足を補えないか

なって思ってる」

孝三郎は老眼鏡の奥の瞳を細め、「農業か……カオリ、お前は電気工事は手伝ってくれて

るが、農業は素人だぞ」と呟く。

雪江は少し笑い、苦みも帯びた表情で答える。「農業は簡単じゃないわよ。朝から晩まで

土と向き合っても、天候一つで全部おじゃんになることもある。でも、あなたが本気なら、

お母さんも手伝うわ。昔の勘が少しは残っているはずだから」

カオリは嬉しそうに微笑む。「ありがとう。確かに難しいと思う。でもこの土地、もとも

とお母さんの実家が耕してた場所でしょ?新しい技術を使えば、もう一度、命を育む場にで

きるんじゃないかと思うの。それにAI があれば、農業知識やブランド戦略、物流計画まで

サポートしてくれるかもしれないわ」

AI――と聞いて孝三郎は怪訝そうな顔をした。「AI なんて、俺にはさっぱりわからんが、

パソコンの中で何か助言してくれるってことか?」

カオリは頷く。「そう、仮想的なスタッフを作りたいの。農業経験豊富なアドバイザー、

接客上手な営業担当、テクノロジー開発に長けた研究者……そんな六人のAI スタッフを仮

想空間で育て、彼らと対話しながら農業を進められたら面白いと思わない?」

雪江は少し驚いた様子で、「まあ、時代は変わったわね。そんなこと、本当にできるの?」

と問い、カオリは「試してみる価値はある」と力を込める。

翌日からカオリは農地に足を踏み入れる。固い土、伸び放題の雑草。スコップを入れれば

石がゴリゴリと響き、彼女の手にはすぐにマメができた。通りかかった近所の農家は、「若

い娘が何を今さら……」と苦笑する。だがカオリは諦めない。父が休日に手伝い、母が昔の

知識を口にする。「この土、まだ生きてるわ。堆肥と微生物を使えば甦るはずよ」と雪江が

言う。孝三郎は電柱を見上げ、「電力ラインを整えればパネル設置も簡単になる」とつぶや

く。

夜、カオリはパソコンに向かう。生成AI ツールでキャラクターを作成する。リーダーの

ティカ、農地管理のフル、ホスピタリティ担当のテン、物流戦略のワキメ、テクノロジー開

発のシタバ、クリエイティブ担当のソラ。それぞれに役割や性格のイメージを設定し、音声

合成で声を与える。

「おはよう、ティカ」と呼びかけると、「おはようございます、カオリさん。今日の課題

は何でしょう?」と返ってくる。その声は淡々としているが、まるでそこに知性が宿ってい

るようだ。

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