第12話 剣姫


「貴様が貴族殺しだな。貴族令嬢を攫うためだけに、いくつもの貴族家を滅ぼした男」

「貴族殺し? ははっ、そんな異名が付けられていたとは初耳だ」

「貴様のせいでどれほどの被害が出たと思っている……!!」

「知らん。興味も無い」


 男の目に感情の揺らぎは無い。本当にどうでもいいと思っているのだろう。


「――貴様がこの城に来た目的はなんだ……?」

「もうとっくに気づいてるんだろ? お前の娘に用があって来たのさ」

「ふざけるな!! 私の目が黒いうちは娘には指一本触れさせんぞ!!」

「やれやれ。どいつもこいつも父親というものは総じて死にたがりが多いらしいな。

 だが、今の俺は機嫌がいい。死に急ぐお前に素晴らしい提案をしよう」

「――提案だと……?」

「この国は今、帝国軍によって窮地に立たされているそうだな。それもかなり状況が悪いとみた。朝っぱらから避難命令を出してるのがその証拠だ。まったくいい迷惑だったぜ」

「……それがどうしたというのだ。貴様には関係あるまい」

「今現在この王都に向かって来ている帝国軍を俺が皆殺しにしてやろう」

「――戯言を……そんな事がただの人間にできる筈があるまい。帝国兵の数は二十万を超えているのだぞ? 貴様がどれだけ強かろうと、それをたった一人で殲滅するなど不可能だ」

「確かに二十万もの兵隊を殺すのは、ちと面倒だ。だから、当然それに見合った見返りを要求する。

 まず一つ、この俺をこの国の王にする事、二つ、お前の娘である王女アイリスとの結婚を認める事、三つ、俺が王になった後、お前は俺の下でこれまで通りこの国を運営する事、この三つの要求を飲むだけでお前の命とこの国の未来を救ってやろう」


 この男は正気なのか。帝国軍を皆殺しにするなどという絵空事を言ったかと思えば、今度は王女である我が娘、アイリスとの結婚を認め、この国の王にしろだと? 

 最早怒りを通り越して呆れる。そこら辺の賊でももう少しまともな交渉をするだろう。


「――言った筈だ……娘には手は出させんと……!」

「強情な王だな。理解できん。何がそんなに気に入らない? お前が俺の要求を飲むだけで全てが救われるんだぞ?」

「救われるだと? 笑わせるな。この国も我が娘も、貴様のような私利私欲に塗れた薄汚い人間に任せることなどできる筈がなかろう!! 貴様の提示した要求を受けて得られるものは救済ではない! 破滅への転落だ!!」


 百歩譲って帝国軍を退けられるだけの力がこの男にあったとしても、娘が不幸になる様な真似をできる筈が無い。

 そしてそんな馬鹿な真似をしたとしても、この男が玉座に座っている限りこの国に明るい未来など来ない。


「どのみち結果は変わらんというのが分からんのか。もういい。お前のような頭の悪い愚王は俺の配下にはいらん。死ね」


 男の腕が私の顔へと伸ばされる。先ほどの兵士同様、頭を卵の様に吹き飛ばすのだろう。


「――お父様から離れなさい!!」


 万事休すか、そう思った時、私の視界に剣を携えた愛娘が飛び込んできた。


 眩い煌めきと共に放たれるアイリスの剣閃が男に直撃する。しかし、それは男の体に直撃すると同時に跳ね返された。

 反動で床を転がるアイリス。


「アイリス!!」

「――ほう。俺に触れて剣が折れないとは、やるじゃないか王女様。剣姫けんきの名は伊達じゃなさそうだな。

 美貌も噂以上だ。この国一の美女と謳われるだけはある」

「アイリス!!」

「お父様早く逃げて!! 私がこの化け物を止めている間に!!」

「……家族愛か……くだらないな。

 交渉は決裂したんだ。そこの愚王には潔くこの世から退場してもらおう」


 男が再び私に向かって腕を伸ばしてくる。


「させない!!」


 アイリスは凄まじい剣速で男の立つ床を切ると、男は足の踏み場を失い下階へと落下する。


「――はっ! これは予想外!」

「お父様! こっちへ!」

「――あ、ああ……!」


 落下する男を無視し、アイリスは私の手を引いて逃げ出す。





 私はアイリスに連れられ、城の最上階の一室に身を隠す。


「……ここに隠れていればしばらくの間は見つからないと思います」

「――アイリス……奴は、奴の強さはお前以上なのか……?」

「少なくとも今の私にはあの男を倒す術がありません……私の魔眼で見た限りのあの男の力は、自身に触れたありとあらゆる物質を反射できるということです」

「審判の魔眼か。確か、見た相手の力を解析する事ができるのだったな」

「はい。ですが詳細に分かるわけではありません。あの男の力もただ反射をするだけではないでしょう。

 最初に剣が触れた時にとてつもない力で跳ね返されましたから。ただの反射ならこうはなりません。

 危うく国宝であるこの聖剣を折られてしまうところでした」

「アダマンタイトでできた聖剣が折れるほどの力とは……その力が全身を守っているのならまさに無敵だな」

「はい……おそらくあの男は超越者なのでしょう。馬鹿げた力です」


 超越者、稀に現れる生まれながらにして超常的な力を扱える者たちの総称。

 こことは別の世界からやって来たとされている彼らは、良くも悪くも大きく歴史に名を刻む。

 あの男も例外ではないだろう。

 既に貴族を大勢殺し、王である私にすらも手を掛けようとしているのだから。


「最早この国の命運も尽きたか。アイリスお前だけならこの城から逃げられる筈だ。私を置いていきなさい」

「――何を言っているのですかお父様! そんなこと……できる筈がありません!!」

「このままここにいても死ぬだけだ。ならばお前だけでも逃げるのが賢い選択というものだ」

「――そんな……お父様も……アレクもいない世界で、私だけ独りで生きていくなんて……そんなの絶対に嫌です……!!」


 泣きながら私の胸に飛び込んでくるアイリス。

 どれだけ強くなっても泣き虫は直らないようだ。


「お前は独りにはならないさ。俺の妻となるのだからな」

「――な……!?」


 直後、部屋の扉が大きく吹き飛び、貴族殺しが再びこの場に現れた。


「かくれんぼは終わりだ」





「――アイリス……!! 何を……!?」


 私は剣を握りしめ、自分の首筋にピタリと当てる。すると薄らと皮膚が切れたのか、血が剣を伝って滴り落ちる。

 私はそれを気にせず男を睨みつける。


「お父様、この男の狙いは私です。それはつまり私に死なれたら困るということ」

「……どうやら本気の様だな。確かに俺はお前に死なれたら困る。死体を妻にする様な歪んだ性癖は、生憎と持ち合わせていないのでな。

 何が望みだ?」

「父を見逃しなさい」

「……まあ、それぐらいならいいだろう。お前を縛るにもそいつは生かしておいた方が都合がよさそうだしな。

 だが、もし逃げ出そうとすればお前もそこの王も殺す」

「それでいい。私は絶対に逃げない」

「待て、待つのだ、アイリス……!! それは、それだけは駄目だ!!」

「――ごめんなさいお父様。でも、もうこれしかありません」


 私は自分の命を懸けてでもお父様だけは守り抜く。親不孝だと思われても、それだけは譲れない。

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