第10話 愚策

 騒然とする王城の一室にて、ラオニダスは大貴族たちを前に静粛を促す。

 無理もない。ありとあらゆる策を講じても帝国軍は止まらず、最早その脅威は王都目前まで迫っている。加えて例の貴族殺しがグレンハート公爵を殺害し王都に潜伏中ときた。

 これ以上の最悪のシナリオはないだろう。


「グレンハート公爵の訃報は残念だが、我々に彼の死を悼む猶予は残されていない」

「ですが陛下!! 公爵の死はここ数ヶ月で起きた地方貴族の死とまったく同じですぞ!! つまり、例の貴族殺しが王都に侵入したと言う事!! 娘がいる私の屋敷もいつ狙われることか!! 陛下のご息女であるアイリス様だって例外ではありませんぞ!!」

「落ち着くのだ。貴族殺しの足取りは未だ掴めていない、そして貴族殺しのこれまでの暴挙を考えると、並の兵が数人いたところで返り討ちに遭うだけだ」

「――しかし……」

「なので、王都内の貴族家には王城へと避難してもらう。其方たちの屋敷を守る兵もここに呼ぶのだ」

「一箇所に集めて守りを堅めるというわけですか。確かに帝国軍の侵攻を考えても、それが一番安全だとは思いますが、それでは屋敷を守る者がいなくなり家財が……」


 呆れたものだ。娘の命と王国の存続の危機に自分の財産の心配とは。


「其方は娘の命よりも金を取るのか?」

「――それは……我が子の命に決まっております……」

「ならば問題あるまい。どのみち家財など王国が滅べば一緒に消える。まさかとは思うが敵前逃亡する気ではあるないな?」


 集まった貴族たちを見据えて私は釘を刺す。


「――お、王国に忠誠を誓った身でそんなことをする筈がございません! ここにいる者は皆そうでしょう?!」


 そう問われ、他の貴族たちも各々同意する様な言葉を紡ぐが、皆、歯切れが悪い。最早この戦に勝てる希望を持っていないのだろう。


 既に王国を脱出する算段を付けてる貴族がいるのは知っている。

 しかし、国を捨てようとする彼らを責めることはできない。私も娘のアイリスだけは他国に亡命できる様に既に手を打っている。まだ若い愛娘を国と共に心中させるなど一国の王である前に人の親である私にできる筈がないのだ。最早この国に未来は無いのだから。


「陛下、このままでは敗戦は確実です。ですので私からは帝国の属国になる事を提案します」


 この中で一番若い貴族である男が冷静な声色でそう進言してくる。


「――な、何を言っているんだ貴様!! 帝国の属国になるだと!? 王国の貴族としての誇りは無いのか!」

「誇りで国は守れませんよ」


 歪み合う二人の貴族に室内は険悪な雰囲気になる。


「……あの傲慢な皇帝が欲しているのは王国の広大な土地と聖竜の力だ。謀反の可能性を残してまで王国を属国にするとは思えん。 

 それに帝国の属国では人道的な扱いは望めない。待つのは死よりも恐ろしい支配のみだ」

「では、他に策はあるのですか陛下?」

「……聖竜に救済を求めようかと思う」

「ですが、それは……被害が大きすぎて結果的にこの国を滅びに招くと陛下が仰っていたことではありませんか!」

「そうだ。だが、それはこのまま何もしなくても同じ事だ。そうだろう? ならば聖竜に救いを乞い、王国の命運を天に祈ろうではないか」


 国の命運を竜の気まぐれに託す。一国の王としてあるまじき愚策だが、最早万策は尽きた。

 思えば今の皇帝に代替わりする前に帝国との関係性を良好に保てていれば、また違った結果になったかもしれない。

 いや、今代の皇帝は例え王国との関係が良好であったとしても、今回の戦争を引き起こしたであろう。あれは人間の皮を被った化け物だ。この世界は自分を中心に周り、自分に都合の良いようにできてると本気で思っている。望めば全てが手に入ると。


 それは傲慢で大きな思い違いだと聖竜に思い知らせてもらおうではないか。


「……陛下がそう仰るなら……承知しました。 被害を最小限に抑えるために、王城に匿われる貴族以外で、身分の高い者から順に各地方都市へと避難させます」

「王都内の倉庫に備蓄してある食料と武器も忘れるな」

「――武器もですか?」

「貴族殺しに領主を殺された地域は犯罪者が活発に動き出し、治安がかなり悪化していると報告にあった。兵を護衛に回せない以上、自衛の手段は必要であろう」

「ですが、王都でも必要となるのでは?」

「聖竜を呼び出す以上、もう武器は必要ない」


 ここからの戦いは戦争ではない。一方的な虐殺だ。武器などあっても意味はない。


「承知しました。明朝までに準備を整え、避難行動を開始します」

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