第2話: インターネット革命の夜明け
1990年、寒さが頬を刺すトロントの朝。イーロンは大学への通学路を歩いていた。南アフリカとは全く異なる景色が彼の目に映っていた。高層ビルが並び立つ街の中心部。人々は忙しそうに行き交い、車のエンジン音が絶え間なく響いていた。鼻を突くのは、車の排気ガスと街角のコーヒースタンドから漂う焦げた豆の香り。それでも、彼の中に広がる興奮は寒さをも凌駕していた。
「これが、新しい世界の始まりだ。」
大学では、経済学と物理学を同時に学んでいた。講義室は歴史を感じさせる古びた木の机が並び、窓から差し込む冷たい光が彼のノートを照らしていた。講師の声はややこもりがちで、机にペンを走らせる音だけが響く。だが、イーロンのノートには授業の内容よりも、自分自身のアイデアがびっしりと書き込まれていた。
初めての挑戦: Zip2
大学卒業後、イーロンはパロアルトに移住した。カリフォルニアの空気は湿気を帯びた南アフリカや冷たいトロントとは違い、暖かさと乾燥のバランスが絶妙だった。道端のオレンジの木から漂う甘酸っぱい香りが、彼の新しい挑戦を祝福しているかのようだった。
彼が目をつけたのは、インターネットだった。まだ黎明期にあり、ほとんどの人が「その必要性」を理解していなかった時代だ。イーロンは弟のキンバルとともに、オンライン都市ガイドを作る「Zip2」という会社を立ち上げた。
彼らが最初に借りたオフィスは、狭いワンルームのビルの一角にあった。床にはカーペットの剥がれた部分があり、窓からは向かいのビルの壁が見えるだけだった。空気は湿気を帯び、古いコンクリートの匂いが鼻を突く。しかし、イーロンはそんなことを気にしていなかった。
「これが革命の始まりだ。」
狭い机の上に置かれたコンピュータが、彼らのすべてだった。彼はコーヒーを片手にコードを書き続けた。画面から放たれる青白い光が彼の顔を照らし、キーボードを叩く音が部屋に響いていた。食事は簡単なサンドイッチで済ませ、眠るのは数時間。彼の頭の中には常に、世界を変えるアイデアが渦巻いていた。
「地図をただ見るだけじゃない。人々が行きたい場所をすぐに見つけられる。そんな仕組みを作るんだ。」
顧客を獲得するため、イーロンは自分で営業にも出かけた。スーツを着た彼は、ビジネス街の高層ビルを訪れ、企業のオフィスを一軒一軒回った。高層ビルのエレベーター内では、金属が軋む音とともに軽い緊張感が漂い、ビジネスマンたちの香水の匂いが混ざり合っていた。
「こんにちは、イーロン・マスクです。私たちは、あなたのビジネスをオンラインで紹介する新しい方法を提案しています。」
その若々しい声には確かな自信があった。
しかし、最初の反応は冷ややかだった。
「インターネット?そんなものが本当に必要なのか?」
企業の幹部たちは懐疑的だったが、イーロンは諦めなかった。
成功の兆しと次なる一歩
数か月後、Zip2は徐々に注目を集め始めた。朝焼けの光がオフィスの窓から差し込み、床に乱雑に置かれた書類やコーヒーカップがその光で照らされる中、イーロンは椅子に腰掛け、画面に映る数字をじっと見つめていた。トラフィック数が確実に伸びていたのだ。
「これはいける。」
彼は小さな拳を握りしめた。
やがて、大手企業が彼らのプラットフォームに興味を示し始めた。初めての大口契約が決まった夜、イーロンとキンバルはオフィス近くの小さなバーに足を運んだ。薄暗い照明の中で、彼らはグラスを手に微笑み合った。ビールの苦味とカラマリの香ばしい匂いが、彼らの興奮をさらに引き立てた。
「これで、僕たちは次のステージに行ける。」
その夜の空は星が輝き、遠いプレトリアの丘で見た星空とどこか似ていた。
次回予告: 第三話「PayPalと決済革命」
インターネットの波に乗り、Zip2を売却したイーロンは、次なる挑戦として「決済の未来」に目を向ける。PayPalの誕生と、彼を待ち受ける苦難と成功が描かれる。
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