イーロン・マスク物語

ルーメン

第1話: 星を追いかける少年話

1970年代、南アフリカのプレトリア。乾いた風が土埃を巻き上げる郊外の町で、イーロンは母メイと弟妹と暮らしていた。赤茶けた大地にぽつんと建つ家は、まるでこの世界から切り離されたように静かだった。


夜、家の裏手にある丘に上ると、冷たい風が顔を撫でた。草のざらついた匂いが風に乗り、遠くからはカエルの低い鳴き声が響く。月明かりが薄く地面を照らし、イーロンは裸足で歩きながら、石ころを蹴り飛ばした。その小石は乾いた音を立てて転がる。


彼は背中にブランケットを掛け、丘のてっぺんにたどり着くと、大の字になって寝転んだ。目の前には、無限の闇に広がる星々。オリオン座の三つ星が揃って光り、天の川はまるで乳白色の川のように夜空を横切っていた。幼いイーロンにとって、この景色は日常の退屈な世界から脱出できる唯一の窓だった。


「人間は、この星空のどこかに行けるのかな?」

彼はつぶやきながら、小さな手で星を掴もうとした。しかし、その手に触れるのは冷たい空気だけだった。


翌朝、プレトリアの気温は上がり始め、乾燥した空気が肌を引き締めるようだった。学校への通学路は砂埃に覆われ、通り沿いの木々は黄ばんだ葉を揺らしていた。古びた教室では、黒板に書かれた数式が太陽の光でぼやけて見えた。教師の声は単調で、イーロンの耳にはほとんど届かなかった。


彼の目は、窓の外に広がる遠くの山々に向けられていた。その山の向こうには何があるのだろう?もっと広い世界が、もっと自由な未来があるのではないか。彼の心は既に教室の外を飛び越え、地平線の彼方をさまよっていた。


「マスク君!」

突然、教師の怒鳴り声が響く。イーロンは現実に引き戻され、周囲の生徒たちのクスクス笑いを耳にした。だが、彼は気にしなかった。教師の言葉や級友の嘲笑よりも、自分の中に広がる世界の方がずっと重要だった。


放課後、家に帰ると、彼は古びたコンピュータを起動した。Commodore VIC-20、その音は低く唸り、画面はぼんやりとした緑色に輝いていた。部屋には微かな機械油の匂いと、焦げたダストの臭いが漂っていた。彼は小さな手でキーボードを叩き、プログラムコードを入力した。


「僕が宇宙に行けないなら、ゲームで宇宙を作る。」

そう言いながら、彼は自分だけの宇宙を描いていった。


画面に映し出されたのは、シンプルな宇宙船が無限の星空を漂うゲーム。「Blastar」と名付けられたこのゲームでは、敵の宇宙船を撃墜しながら進んでいく。まだ幼い彼の頭の中には、すでに広大な宇宙のビジョンが広がっていた。


プログラムが完成すると、彼はコンピュータを前に座り続け、ひたすら宇宙船を操縦した。キーボードを打つ音がリズムを刻み、画面の光が彼の瞳を輝かせた。


「もっとリアルに、もっと広い宇宙にしたい。」

イーロンの心は、このゲームの中だけでは収まりきらなかった。


その夜、再び丘に登る。昼間の暖かさが残る土が彼の足を柔らかく包み、夜風が熱を冷ました。ブランケットを肩に掛けながら、彼は再び星を見上げた。


「僕は、いつかここを超えていく。」

彼の声は、星空の下で消えていった。しかし、その決意は、彼の心に深く刻み込まれていた。


彼にとって星空は、逃避ではなく挑戦の象徴だった。この広大な宇宙を自分の手で探求する。その夢は、幼い少年の心を燃やし続けていた。


次回予告: 第二話「インターネット革命の夜明け」

プレトリアを離れ、北米へと渡ったイーロン。彼の挑戦はインターネット革命の先端で始まる。まだ見ぬ未来に向かう彼の旅は、ここから本格的に動き出す。

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