漫画の登場人物にガチ恋してた私が現実で彼氏を作るまで。

ぐうたら者

1話 それは突然

 高校二年生の文化祭を終えた10月某日。

「ねえ、今日駅前でアイス食べよー」

「いいね」

「今日部活の応援行ってもいい?」

「うん」

 文化祭効果で誕生したカップルたちが教室内でイチャイチャしている姿を、私こと「波」とその友人である「南」は教室の隅で観察していた。

「いやーお熱いですな。10月だけど、まだブレザーはいらなかったかもなー」

 南はそう言いながら、手をぱたぱたして暑そうな振りをした。

「まったく、いつになったら退くのやら」

 穏やかな南に対し、私は悪態をつきながら、私の席に座るカップルたちを睨みつけていた。

「あれは、本鈴ギリギリまでいるね」

 南は顎に手を当てて予想した。それに私は深いため息をついた。

 以前もこんな状況になったことがある。私は席を移ってほしいと言う勇気が出ず、本鈴が鳴るまでに自席に座ることができなかった。そこで、授業前着席を重んじる先生に遅刻扱いされた苦い思い出があるのだ。

「イチャつくなら、自分の席でやってくれよぉ」

 私はそう言って南の机に突っ伏した。

「ドンマイ、ドンマイ」

 南はそう言って私の肩を叩いた。

「恋愛すると周りが見えなくなるものでしょ」

「私、現実世界で恋愛したことナッシングよ」

 南は呆れた顔で言った。

「今時、珍しいよね。高校2年生なら恋バナのひとつやふたつ、いやそれ以上あってもいいでしょ」

「いいの、いいの。私は見る側で十分」

 そう言って、私は「ときめきドリーム!」のページをめくった。たちまち目に飛び込んでくるキラキラした世界観に思わずうっとりしてしまう。

 説明しよう!『ときめきドリーム!』略して「ときドリ」とは、学生向けの少女漫画である。しかし、考察しがいのある物語、そして魅力的な登場人物の多さから幅広い世代から支持を得ている人気漫画である。二次創作まで展開、そして、最近はアニメ化もされ、噂によると実写化も近いらしい。

 ラストシーンまでページをめくると、そこには私の推しキャラ「神崎」がヒロインの「夢」に胸キュンなセリフを言っていた。尊すぎるよ。

「やっぱ、神崎しか勝たんのよ!」

 私はそう言って該当ページを南にどーん!と見せつけた。南はそれを避けて、漫画を私から取り上げた。

「ちょっと!」

 私は急いで南から漫画を取り返した。これ限定版なんだから大切に扱え!

「あんたはそろそろ現実見な。三次元に戻ってこい!」

 南は私の両肩を掴んで訴えかけた。

「神崎より完璧な人はこの世にはいない!」

 そう断言すると、南は私の両肩から手を離し、頭を抱えた。

「私はあんたが心配だよ。その漫画が連載終了したら一体どうすんだ」

「大丈夫!作者様はこの漫画を一生描き続けるって宣言してくれたもの!」

「どうかな」

「いいや。一生楽しむ準備は出来てるぞ」

 私はそう言って、漫画を抱きしめた。愛おしい。

「あの、浸ってるところ悪いけど、もうすぐ本鈴ですよ。波さん」

「なんですと!」

 時計を見ると、長い針があと10秒で本鈴が鳴ることを示していた。自席にはもう誰もいない。いつの間に!!私はすぐさまダッシュを決め込もうとしたが、その瞬間先生が入ってきた。おっと、先生と目があってしまった。

「Nami!またですか!」

 結局、私は2度目の遅刻を回避できなかった。


 2度目の遅刻をかました私は、反省の色が見えないと指摘され、放課後英語科教員の「湯山先生」に呼び出しを喰らっていた。南はとっとと先に帰ってしまった。普通そこは終わるまで待ってくれて、愚痴を聞いてくれるまでがセットでは?

 仕方なしに職員室に向かっていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「なみちゃんー!」

 振り返ると、「真央ちゃん」が小走りでこちらに向かってきていた。走っていることで、髪とスカートがふわふわ動いていて、可愛らしかった。女の子の中の女の子だなーとぼんやりと真央ちゃんがこちらに向かってくる様子を見ながら思った。真央ちゃんは現在私の隣の席であり、1年時から同じクラスのため比較的中の良いクラスメイトである。そして、ちなみに私の席に許可もなく、本鈴ギリギリまで座っていた男は真央ちゃんの彼氏、通称「もっくん」である。

「これから職員室に行くんだよね」

「うん」

「ごめんね、私たちのせいだよね。席に座れなくて遅刻なっちゃったの」

 真央ちゃんは眉尻を下げ、とても申し訳なさそうにしていた。うわ可愛い。もっくんはこれが刺さったのだな。さっきまでもっくんにイラついてたけど、真央ちゃんに免じて許そうと思う。感謝しろよ、もっくん。

「あ、ぜ、全然。気にしないで。多分、呼ばれた原因うちの英語の成績が悪いからだと思うし!」

「そうなの?英語苦手だったけ?」

「うん。何を言ってるかさっぱりだよ」

 実際、英語の成績は他の教科に比べて、すこぶる悪かった。これもおそらく先生に突っ込まれるに違いない。なんせクラスの下から2番目だからな。ちなみに最下位はもっくんである。

「英語わかんないよね。私も苦手」

 真央ちゃんはそう言って、私に共感していた。でも、真央ちゃん。私は知っているぞ。あなたの英語の小テストがほぼ満点なことを。真央ちゃんと私の苦手意識には差があるのだよ。あと、真央ちゃんがもっくんに勉強を教えてたらと日々気が気じゃない。もし教えてたら、今度の期末テストは私が最下位に違いない。私も対策を練らねば。

「まあ、とにかく真央ちゃんが気にすることは何もないよ。気にしないでね」

「そっか。わかった」

「うん」

「じゃあ、ごめん、もっくん待ってるからそろそろ行くね!また明日学校でね」

「うん、バイバイ」

 真央ちゃんはまた小走りで去っていた。もっくんと幸せにな!


 職員室には、片手で数えるほどしか行ったことがない。そんな中で怒られるために行くのはこれが初めてである。日頃、おとなしく暮らしてる私にとって、これはよろしくない事態である。

 意を決して中に入るの、湯山先生はまだ来ていなかった。近くにいた先生に呼ばれた旨を伝えると、湯山先生のデスク前に座っていなさいという指示が出たため、私はデスクに置いてある物を物色しながら来るのを待っていた。湯山先生のデスクはお世辞にも整頓されているとは言えなかった。英文だらけの書類や教科書が乱雑に置かれていた。ちなみに何が書いてあるかはさっぱり理解不能である。あと、写真立てが置かれていて、女の人と一緒に写っており、おそらく奥さんか彼女だろうと予想していた。

「あれー、波さん。どうしたの?」

「山野先生」

 山野先生は私のクラスの副担任である。そして、『ときめきドリーム!』の愛読者であり、私の推しである神崎の友達、「浜辺」が推しである。そういうこともあり、私の中では一番気軽に話せる先生である。ちなみに言うと、山野先生は既婚者である。本人曰く、浮気ではないと必死に否定していた。そんなに否定されたら、逆に怪しいですよ、先生。

「これから怒られます」

「なになに、どうした?反抗期?」

「違いますよ」

「まあ、頑張れ頑張れ」

「先生、湯山先生がヒートアップしたら仲裁してくれませんか」

「嫌よ。教師ってめっちゃ忙しいんだから。構ってられないわ」

「そう言ってますけど、吹奏楽部の顧問、音楽の先生に任せきって、ほぼほぼサボってますよね」

「ち、違うわ。生徒の自主性を重んじてるの」

「言い訳は聞いてないですよ」

「やっぱり反抗期ね!」

「違うと言ってるでしょうが!」

 職員室は私と山野先生のリングとなっていた。しかし、試合は湯山先生の登場によってお預けとなった。


 話はあっけなく終わった。英語の成績があまりよろしくないから、せめて、授業態度は改めてもらえないかと頼まれたのだ。怒られると思っていたが、まさか頼み事をされるとは思ってませんでしたよ。

 職員室を出て、スマホを開くと、グループチャットに南からのメッセージ通知が来ていた。

『南:どうだった?』

 事の内容を話すと猫のキャラクターがグッドポーズをしたスタンプが送られてきた。自分もスタンプで返そうとしたとき、「米屋」から「明日は来れそうかも」というメッセージが来た。米屋は、クラスの中で唯一仲が良い男子である。本人は姉がいた影響からか、女子とつるむ方が居心地がいいらしい。約1週間前から胃腸炎で悩まされており、学校を休んでいたが明日からどうやら復活するようである。

『波:よかったね』

『米屋:おう』

『南:ノートとか明日見せるよ』

『米屋:あざす』

 グループチャットが盛り上がっているところ、南が私をメンションしたメッセージが送られた。

『南:今すぐSNS見な!』

『波:急に何?』

『南:いいから早く!!!!!』

『米屋:うわこれやばいわ』

 何だか嫌な予感がした。私は恐る恐るSNSアプリを開いた。すると、とある文章が目に入った。

『「ときめきドリーム!」で話題沸騰の人気漫画家、活動休止を発表「復帰日は未定です」』

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