埼玉のペア
3
『北武蔵学院』の頑丈そうな門扉を抜けて、立派な校舎へと優雅な足取りで向かう二人の女子の姿があった。一人は黒髪ロングヘアーでやや長身、もう一人は明るい茶髪で、長い髪を後ろでひとつに結んだ、平均的身長である。
「ごきげんよう、なぎささん」
「ごきげんよう」
なぎさと呼ばれた黒髪ロングヘアーの女子が微笑む。
「ごきげんよう、かおるさん」
「ごきげんよう」
かおると呼ばれた茶髪の女子が微笑む。『ごきげんよう』という挨拶からも分かるように、この北武蔵学院はいわゆる『お嬢様学校』である。そんな中でもひと際目立つ、なぎさとかおるの登校の様子を眺めていた生徒がため息交じりに呟く。
「はあ~ただ歩いているだけでも絵になるわね、『なぎさとかおる』の二人は……」
「ちょっと!」
「な、なに?」
「『なぎさ様とかおる様』でしょう⁉」
「い、いやあ、同級生を様づけするのも……」
「こういうのは敬意の問題よ……!」
「い、いや、二人から、呼び捨てで構わないと言われましたし……」
「はあ⁉ 貴女、あの二人といつの間に……」
「い、一年生の時に同じクラスでしたから……」
「きぃ~羨ましい~!」
周囲の生徒たちの騒ぎをよそになぎさとかおるは校舎に入る。
「ねえ、なぎさ……」
「なにかしら、かおる?」
「この学院は素晴らしいわ。けれど……今一つ……退屈ね」
「た、退屈……?」
「ええ、なにか事件のひとつでも起きて欲しいところ……刺激が欲しいのですわ」
「平穏が一番だと思いますけれど……」
「つまらないことを言うのね」
「ごめんあそばせ……」
唇をぷいっと尖らせるかおるに対し、なぎさは微笑む。
「た、大変ですわ~」
ある生徒が廊下を走ってくる。
「あら、事件の香り……」
「嫌な予感……」
ニヤリと笑うかおるに対し、なぎさは眉をひそめる。かおるは自分より背の高いなぎさの顔を覗き込む。
「……良いことを考えましたわ、なぎさ」
「却下」
「ま、まだ何も言っていませんわ!」
「どうせろくでもないことでしょう」
「聞いてもいない内にその判断は早計ですわ」
「……一応聞いて差し上げます」
「わたくしたちでこの事件を解決しましょう!」
「却下」
「却下返し」
「えっ⁉」
「それじゃあ、早速参りましょう!」
「ああ、ちょっと待って……!」
かおるがなぎさの腕を強引に引っ張って歩き出す。
「……話によると、誰もいないはずの音楽室からピアノが聴こえてきたと……」
「学院の七不思議? 令和の時代に……」
なぎさが首を傾げる。
「待って……!」
「なんですの?」
「シッ、お静かに……!」
かおるがなぎさの口元に人差し指を添える。
「あ、貴女の方が大きいですわよ……」
「聴いて……」
かおるが自らの右耳に右手を添える。
「! こ、これは……ピアノの音……」
なぎさが驚く。
「ふむ……」
「だ、誰もいないはずですのに……」
なぎさが音楽室のドアを見つめる。
「なぎさ、落ち着いて……」
「は、はい……」
「こういう時こそ、冷静さが求められます……」
「! そ、そうね……」
なぎさが頷く。
「様々な可能性を考慮してみましょう……」
「可能性が高いと思われるのは……」
「ポルターガイストですわよね」
「いや、それはないですわ」
なぎさが首を左右に振る。
「えっ⁉ な、何故?」
かおるが驚く。
「何故って……非科学的過ぎますわ」
「じゃあ、貴女の考えは?」
「……泥棒」
「ど、泥棒って……プークスクス!」
かおるが自らの口元を抑える。
「擬音を口で表現しないでくださいます⁉ 小馬鹿にされている感じが強いですわ!」
「だ、だって、あまりにも荒唐無稽なんですもの……」
「そ、それほどとは思いませんが……」
「泥棒が何故音楽室に?」
「高価な楽器が多く揃っていますもの。それを狙って……」
「ピアノの音は?」
「ちょ、調律を確かめているのかも……」
「わざわざ?」
「ひ、品質は確認しないといけないでしょう?」
「ふむ……」
かおるは自らの顎を右手で撫でる。
「す、少なくとも、ポルターガイストよりは現実的ですわ」
「まあ、一理ありますわね……」
「そうでしょう」
「では……」
「ええ、教職員の方を呼んできま……」
「突入!」
かおるが音楽室のドアをガラリと開ける。
「冷静とは⁉」
なぎさが愕然とする。
「……誰もいませんわね」
音楽室に入ったかおるが周囲を見回す。
「ちょ、ちょっと……!」
なぎさが恐る恐る音楽室に入ってくる。
「泥棒の線は消えましたわね」
「で、では、さきほどからたまに聴こえてくる、このピアノの音は一体なんですの……⁉」
「原因究明には、そのものを調べるのが手っ取り早いですわ」
かおるがピアノに近づく。
「あ、危ないですわよ……!」
「あ……!」
「えっ!?」
「な~んだ……」
「な、なんですの!?」
「原因はこの子ですわ……」
「こ、この子?」
「そう……」
かおるがピアノの中から、ある物体を取り出す。黒い子猫であった。
「ね、猫……?」
「母猫とはぐれてしまって、迷っている内にここで眠ってしまったのでしょう」
「そ、そういえば、黒猫が中庭を歩いているのを見かけましたわ」
「きっと母猫ですわ。届けてあげましょう」
果たして迷子の子猫の親は学園の中庭で暮らしている猫だった。猫は我が子の姿を見て、心の底から安心した様子を見せ、子を引き連れて中庭の木々の中に消えていった。
「迷子の子猫ちゃんを実際に目にするとは……」
「ふふっ、『事実は小説より奇なり』ですわね……わたくし、決めましたわ!」
「……何?」
「学園の謎やトラブルを解決する『探偵』になりますわ!」
「ええ……」
「……というわけで、よろしくお願いしますわね、ワトソン君」
かおるがなぎさにウインクする。
「! ワ、ワトソン君って、つまり……」
「貴女が助手ですわ」
「却下!」
「却下返し!」
「だからなんですの、その却下返しって!」
「やっぱり絵になりますわね、『なぎさとかおる』……」
「ええ、この『北武蔵学院』最高のペアですわ……」
「二人とも週三日しか登校しないのが惜しいですわね……」
「仕方ありません。色々と事情があるのでしょう……」
女子生徒たちがキャッキャッと騒ぐなぎさとかおるを眺めながら呟く。次の日……北武蔵学院の北東に隣接する『南下野学院』で……。
「渚! あんた、昨日また必要以上にベタベタしたでしょう!?」
薫が渚に対して声を上げる。
「し、知らねえよ! 転換しているときはあまり記憶が無いのはお互い分かっているだろうが⁉」
渚が言い返す。
「む……」
「それを言ったら薫! 一昨日、俺をボカスカ蹴らなかったか⁉ 体中痛いんだよ!」
「知らないわよ! 覚えてないんだから!」
「ったく、男女→男男→女女→男女(以下ループ)の順に性転換&人格変容までするとは……なんでこんなことに……」
渚は天を仰ぐ。
渚と薫の過密で緊密な秘密 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji
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