婚約破棄? じゃあ遠慮なく田舎で幸せになっちゃいますね!

昼から山猫

第01話:婚約破棄の朝

 私の名前はエステル・アルトフェルド、伯爵家の令嬢だ。


 広々とした王宮の庭園、その一角で私は今日、婚約者である王子ラインハルト殿下との対面に臨んでいた。


 誰もが羨む立場であるはずなのに、なぜか胸に嫌な予感が渦巻く。


 薄い雲が朝日を遮り、風が冷たく頬を撫でていく。


 私の髪は柔らかな金色で、まとめた後れ毛が揺れるたび、控えめなパールの髪飾りが揺らめく。


 ラインハルト殿下は高身長で細身、金の瞳と銀髪が特徴の美貌の人だ。


 完璧な佇まい、王子として申し分のない気品を放つその人が、今、少し目を逸らしている。


 そんな彼の横には、最近噂の新たな才女が控えていた。


「エステル、実は話がある」


「はい」


 殿下は深いため息をつき、私を見た。


「お前との婚約、破棄する。理由は……彼女だ。私にはもっとふさわしい才が必要だ」


「そうですか」


 胸がズキリと痛んだが、不思議と涙は出ない。


「悪く思うな。王国のためだ」


「分かりました。お気遣いなく」


 正直、驚きはしたけど、絶望より先に「これで自由になれる」という感覚が湧いてくる。


「お前はこの後、どうする?」


「そうですね、いっそ田舎に引っ込みます。王都での立場もありませんし」


「お前には罪悪感もあるが……すまない」


「いいえ、殿下、どうぞお幸せに」


「……」


 王子は困惑しているようだが、私はもうここに未練はない。


「私には地味な魔力しかないと言われ続けました。でも、きっとどこかで役立つはず」


 私は一礼して、その場を去る。


 重苦しい庭園を抜け、伯爵家へ戻ると、すぐに支度を始めた。


「お嬢様、まことに残念ですわ」


「気にしないでちょうだい、ルイーザ」


「ですが、王子との婚約破棄など……」


「私、大丈夫。むしろ気分が軽いの。田舎での暮らし、前から興味があったし」


「そう…ですわね。エステルお嬢様は新鮮な野菜がお好きですもの」


「そうなの、すごく楽しみ」


「にしても、殿下は何を考えているのでしょう?」


「さあ……あの才女とやらが素晴らしいのでしょう。私は用済みってこと」


「でもお嬢様の魔法はとても優しい。実際に治癒や浄化ができるなんて滅多にないのに」


「王都では派手な大魔術が好まれるの。私の力はささやかなものってバカにされてた」


「それが田舎でどう生きるか、楽しみですわ」


「ええ、本当にね」


 ルイーザは私の侍女で、茶色い巻き毛が愛らしく、献身的だ。


 彼女には感謝しかない。


「じゃあ、ルイーザ、出発しましょう。私たち、田舎で新しい生活を始めるの」


「はい、お嬢様」


 馬車で郊外へと進む道、王都を背に、私は窓の外を眺める。


「エステルお嬢様、心配はないですか?」


「不安はあるけど、それ以上に解放感。王宮では『婚約者』としての私しか見られていなかった」


「確かに、皆がお嬢様を『王子の付属品』みたいな目で見ていましたわね」


「そう、だからもう気にしなくていいわ。今度は私の力で私自身を生かしてみせる」


「素敵です」


 道中は穏やかな田舎の風景が広がっていく。


 野原が広がり、小さな牧場、揺れる草花が目に優しい。


「もうすぐ村に着くわね」


「ええ、アルトフェルド家が昔から所有する農村領地でしたね。正式な名前はラレン村です」


「ラレン村……聞いたことはあったけど、来るのは初めて」


「人口は多くないですが、水不足や病が多いと報告がありました」


「ちょうどいいわ、私の浄化魔法や治癒魔法が少しでも役立つかも」


「ええ、そのためにあえてこの村をお選びになったのですね」


「そう、都では意味がないと思われた力でも、ここでは役立つかもしれない」


「お嬢様、ラレン村が見えました」


 窓から見えるのは質素な木造家屋、土の道、そして困り顔の村人らしき人々の姿。


 皆、疲れた顔をしている気がする。


「着いたわね。よし、まずは挨拶しなくちゃ」


「はい」


 馬車から降り、私は軽く裾を整えてから歩を進める。


「あ、あの、あなたは?」


「今日からこちらで暮らします。エステル・アルトフェルドと申します。この村は我が家が領する土地なので、少しでもお役に立てればと思って参りました」


「そ、そうですか。失礼ながら、お嬢様のお力で何ができるので?」


「例えば、井戸の水を少しだけ浄化できるかもしれません」


「本当ですか!?」


「ええ、お試しさせてください」


 村人達は半信半疑だが、私は微笑んで応える。


「微力ですが、努力しますね」


「ありがとうございます!」


 私の言葉に、ほんの少しだけ村人たちの目が光った気がする。


 ここから始まる新しい生活、心は軽い。


 王子との華やかな日々はもう過去だ。


 次はここで、小さくても確かな、私らしい幸せを見つけるんだ。


 そう決意し、私は村の中央へと足を運んだ。

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