第11話 下心ですか? 打算ですか?
「おおー!! 今日アジフライかぁ! すげえな千晴! 料理のレパートリーが増えていくじゃん!」
プロの祓い屋であり事務所の主である
千晴は小皿に柚子入りの白菜漬けを盛り付け、アジフライと根菜の味噌汁の近くへ配置した。
「料理の本ってなかなかに多いんですね。大学の図書館で読んでいたら夢中になってしまいまして。ノートを三冊作ってしまいました」
諸々の支度を済ませ上着を脱いでから食事の前に座った綾香は、千晴に向かって苦笑している。
「アンタ……本当に勉強好きなんだね……」
「勉強が好きと言うよりは気になる事が人より少し多いという感じだと思いますけどね」
果たして自分の性分は『勉強が好き』という括りに入れてもいいのだろうかと疑問に思った千晴は、軽く訂正を挟みつつ向かいに座った。
普段ならば来客へ茶を出すのに使っているテーブルにはクロスがかけられ食卓へ変貌している。料理を配膳している間に綾香が淹れた茶を受け取った千晴は、少しばかり嬉しくなるのを感じつつもなるべく顔には出さないようにして茶を一口含んだ。
千晴の出勤事情と綾香の仕事日程の兼ね合いから、彼女と食卓を囲むのは久しぶりの事だった。仕事の話を聞く事が出来るのも楽しみではあるが、話したいと思えることもたくさんある。このまま気を緩ませたらどんな表情になってしまうのか千晴には自信がなかった。
「料理は知識の後に実地があるのが良いです。試してみないとどうなるか解らないというのはこんな俺でも捉えられる程に楽しいですよ」
「趣味になりつつあるね」
千晴の料理への所感を聞いた綾香は楽しそうにけらけらと笑っている。
綾香の表情と箸の進み具合から夕飯の味も悪くないらしい事を確認した千晴は、まずは今日あった事から話してみる事にした。
「そういえば綾香さん、今日芦原さんが……」
◇
今日あった事の顛末を話し終える頃には二人共夕飯を平らげてしまい、千晴はデザートとして冷やしてあったイチゴを綾香と自分の前に配膳した。このイチゴは一階で喫茶店を営む夫婦が「親戚から送られてきたから」と分けてくれたものだ。あらかじめヘタを取り、個々の皿に盛り付けた後で冷蔵庫に入れておいたのだ。
話を聞いた綾香はイチゴをつまみながら、その力強い眼差しを千晴に向けた。
「へえー。そんな事がねえ……。私の所感としては、もし東とかいう霊媒師がそのアパートに行ってたら相談者の女の一人勝ちかなって思うけど」
「ほう……!? どうしてそう思われますか?」
芦原に相談した女性・
「だってさ、自分は代表者だからって大義名分で目当ての男と多く話せるし、何より罪悪感ゼロだ。だって完璧な被害者だもん。他の心霊現象を騙っちゃった
「なるほど。もし万が一心霊現象の詐称が明るみに出たとしても自分だけは”入居者を思って行動した善意の人物”になれるわけですね。流石です綾香さん。俺は嘘を吐いても罪悪感を感じないのでその考えには至れませんでした」
「はあ~千晴こそ流石じゃん~。超ロクでもねえ」
綾香のツッコミを笑顔で受け流した千晴は、会話の合間に自分もイチゴをつまんだ。口の中に甘みと豊かな香りが広がる。確かにこれは味にうるさい綾香が満足するだけはある。口に少しだけのこる酸味の心地よさを感じながら、千晴は興味津々で綾香の所感を聞き続けた。
「地味な嫌がらせと馬鹿な入居者に付き合えば自分はボロアパートの購入費をカンパさせながら悠々自適に家賃生活だ。軌道に乗るまでは大変だろうけどね。そんな風にしてたら一生に一度あるかないかのビックチャンス到来だぜ? 代表者ってだけで勝ってるのに周りの入居者が馬鹿なおかげでどんどん話がデカくなる。自分は被害者の顔をして蜘蛛のように獲物を待って、『推し』とやらに慰めて貰えばいいんだよ。勝ってるだろ?」
「確かにそういう考え方もできますね……」
唸る千晴の目と綾香の強い眼が合う。イチゴをつまんだままの綾香はニヤリと笑った。
「それにさ千晴。ひょっとしてその相談者、そもそも一番の目的は『推し活』じゃないかもしれないよな?」
「…………ある程度コントロールしやすい入居者と満室状況、ですか?」
「そう、それ。やっぱりアンタもそう思うよね? さては女好きの芦原に気を遣って言い出さなかったな? らしくねえけど、良いと思うよ私は」
「……ええ」
芦原の話を聞いた時から思ってはいた。
『同好の士と気楽な生活を始めよう』という触れ込みでネット募集し、すぐに満室になったアパート。入居者全員同じ物を好いているという小さな結束は、家賃管理や入居者の生活態度に対する注意、隣室トラブルなどアパート大家の抱える悩みをかなり軽減させてくれるのではないかと。
しかし千晴は実際に彼女を見た訳では無い。どんな人物あるかも情報不足な上に、そもそも芦原から相談を受けていた『心霊案件の可否』には何の関係も無い事だ。どうやら相談者を心配しているらしい芦原にわざわざその推測を伝えるのも憚られたので、千晴は珍しく気を遣ってその邪推を頭の片隅へ追いやり、相談者をふくめた入居者たちの不仲説を匂わせる程度に留めた。
もしかすると、岡本由香里が本当に求めていたのは推しの霊媒師でも同好の士との楽しい生活でもなく、巨額を投じて始めた家賃収入生活をすぐに軌道に乗せてくれる”仲間”だったのかもしれない。
千晴が考え込む向かいで綾香は最後のイチゴを口に放り込むと不敵な笑顔のまま千晴の目を覗き込んできた。
「そういうのはさ、下心ってんじゃなくて、打算的っていうの。アンタと一緒ね」
いきなり名指しされた千晴はつい、肩をビクリと揺らした。
強さを灯した綾香の綺麗な眼差しから逃げられなくなった千晴は彼女と目を逸らせなくなっていた。
「打算は自分の行動によってどんな結果がもたらされるか周囲を含めて勘定してから行動する。感情と欲望に突き動かされるだけの下心では打算に勝てないんだよ」
打算と下心。千晴からすれば言葉こそ知っていても、深く考えた事は無い事柄だった。綾香の言う、自分が打算的であるらしいというのは確かに当てはまっている気がする。考えたこともなかった自分の事を再発見できるのは自分の感情を捉えにくい千晴にとって深く考える必要もないほどに楽しいことだった。
「ほう……。やはり綾香さんとお話するのが一番楽しいですね」
千晴が微笑みかけると、それを見た綾香も千晴に向かって笑顔を向けた。
「私もアンタと話すのが一番楽しいよ」
予想外に心を突く言葉と共に、綾香の整った綺麗な笑顔と真っ直ぐに向かい合う。思わず言葉を失った千晴は思考ごと固まってしまっていた。
よく見ると綾香は千晴の皿に乗った最後のイチゴに手を伸ばしている。彼女の狙いも感情も上手く見定められない千晴の脳内は混乱を極めた。
「そ、それは下心ですか? 打算ですか?」
――イチゴですか? 俺ですか?
千晴はそんな意味不明な言葉を強くのみ込んだ。自分でもなぜそう言いそうになってしまうのかの整理がつかない。そのとき千晴は綾香の感情はおろか、自分の感情すら拾いに行けなくなっていた。
そして綾香が自分にその言葉を投げかけた理由について、建前なのか本音なのかを聞きたかったのだと整理がついた頃には彼女によって先手を打たれてしまっていた。
「拾ってみな。千晴の中で整理がついて確信が持てたら、そのとき答え合わせをしよう」
綾香は相変わらず見惚れるような綺麗な笑顔でくすくすと笑う。そして千晴が手を付けられないままになってしまったイチゴをつまんで嬉しそうに口へ放り込んでしまった。
最後のイチゴを食べられてしまったというのに千晴は文句も言えないまま、下心と打算、本音と建前の答えを探し悩み続けていた。
次回
『Stage3 VS スピリチュアル占い師』
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