第1話
さわやかな秋晴れの日。僕は森の中にいた。そこは、家から電車で幾駅。少し遠出と言っていいだろう。だが、それは僕の一人旅のようなものであり、隣には誰もいない。こんな空が高い、秋の連休というのに、友達や彼女どころか、人っ子一人いない。趣味で山を登っているわけでもない。
連休を利用していつもより少し遠くの山林を歩いている僕の手には、かろうじて電波が届いているスマートフォン。お世話になっているマップアプリを開き、道なき道を進む。僕の腰ほどまで伸びた草をかき分けて、まっすぐに目的地を目指す。 駅を出て、そこから徒歩約15分。何とか山に入りやすそうな道を見つけ、人目を盗んで山中に入る。これが不法侵入に当たるということはなんとなくわかっている。だが、僕には目的がある。
「バレなければいい」
いつか言っていた、彼女の言葉が脳内にこだまする。
もうそんな言い訳ができない年になってしまった。そんなこともわかっている。僕はもう、なんでも叱られて許される子どもではなくなってしまった。僕だけが、大人になっていく。
そんなことを考えながら、歩いていく。背負ったリュックには迷子防止用のテープを僕のたどった道に残しながら。
天気のいい秋の日差しは、想像以上に暑く、着ているシャツの下にうっすらと汗をかいている。昼間はいいが、陽が落ちると途端に寒くなる季節だ。さっさと、目的の物を見つけてしまいたい。
手元を見ると、マップがさしている近くまでは来ているようだが、伸び放題の草木で視界が悪く遠くを見通せない。あたりをぐるぐるとさ迷っているとそれは突然目の前に現れた。
伸び放題の雑草に隠されるように、建っているそれは、今にも崩れ落ちそうな様子で存在していた。生い茂った草に巻かれ、ところどころに白い壁を残したその建物は、2階建てで半分ほど落ちた青い屋根をのせている。窓があったであろう場所には、何も残っておらず入り放題である。とはいえ、その廃屋に近づくと見えてくるのは、荒れ放題の建物の中だ。そして、壁には中も外も関係なく落書きがされている。わざわざ落書きをするためにここに来たのか。
「暇人だな」
誰に言うでもなく、僕はぽつりとこぼす。まぁ、休みのたびにこうやって廃屋を探し歩いている僕も同じくらい馬鹿で暇人なのだろう。
廃墟オタクでも山オタクでもない。趣味ですらない。しいて言うなら、「義務」のようなものだ。小学生の頃から続けている義務。僕がやらなければならないこと。僕が彼女を見つけなければならない。
今にも抜けそうな床に負荷をかけないように歩き、中に入っていく。中は薄暗く、たまった土埃が陰気な匂いを醸し出している。周りには何もないこの場所に住んでいたのはどんな人なのだろうか。日の光が入らず、日中でも薄暗いのは、前からなのだろうか。それとも、人が住まなくなって、自然の力が勝っていったからなのだろうか。床には腐って落ちた床や天井だけでなく、明らかに誰かが置いていったゴミらしきものも一緒に散乱している。
有名な心霊スポットならば人が来た痕跡が残っているのはよくあるが、こんな無名でアクセスの悪い場所にも来る物好きもいるのかと感心する。 残された木枠は腐っており、手をつけば屋根ごと崩れ落ちてきそうだ。何とか足を置ける場所を探し家の中を探索していく。ぐるりと一瞥するも特に変わった部分もなく、何か得体の知れないものが救っているわけでもなさそうだ。 僕に霊感はないので、幽霊やそれに値するものが存在していたからといって、見えるわけでも気が付けるわけでもないのだけれど……。 見えたらいいな、なんて思いながら、1階の部屋を回り切った。そんなに大きな家でもなく、部屋数も風呂場などを合わせて5つ程度。壁がすでになくなってしまっているので、元は別々だった部屋が繋がってしまっている場所もあるだろう。特に異変などなく、廊下だった場所にある階段に足をかける。ミシリと音を立ててゆがんだ。体重をかけるといつ落ちるかわからないほどに傷んでいる。僕は恐々と階段を登って行った。 二階は一階よりも狭く、部屋は3部屋ほどしかない。そのどれもが、扉は外れ壁もなく、なんとか残っていた枠組みから部屋を識別することができる。机やタンスなど家具が残っている部屋もあり、この場所にも住民がいたんだと主張しているようだ。床にはいつのものかもわからない、雑誌や新聞も散乱している。日付を確認すると、50年以上も前のものだった。
僕はカメラを取り出し、一部屋ずつ写真を撮っていく。カメラを様々な方に向け、家の中全体が映るように何枚も撮る。細かいところの確認は家に帰ってから行うが、撮ったばかりの写真を適当に確認する。特に変なものが映っている様子はない。画面の中にあるのは、今僕の目で見ている風景と違わないものだ。
2階の探索を済ませた僕は、恐いくらい軋む階段を踏み抜かないように静かに下りる。最後の1段に差し掛かった時、ギシリとなった板はそのまま抜け落ちた。
「いっっった」
存在していたはずの足場が消え、僕は階段を滑りこける。低い場所だったのと、背中に背負っていたリュックが幸いして、痛みよりも驚きの方が大きかった。これ以上床を破壊しないように、僕はゆっくりと起き上がる。自分ではわからないが、結構大きい音だっただろう。ここが山奥の誰も近づかないような場所で良かった。
一息つき落ち着いてから、1階も2階と同様、家の中全体を取り残しが無いようにカメラを構える。一枚一枚を確認することは出来ないので、とりあえずシャッタ―を切っていく。
その後も違和感はなく、僕は家の外に出た。外からも4面写真を撮り、下山の準備をする。
「ここも外れか」
確かに、ネットで調べた際にも、この場所にはあまり噂がなかった。幽霊を見た、という噂が。それでも、もしかしたらと淡い期待を抱いていたが、やはり何も起こらなかった。
また、見つけれなかった
また、会えなかった。
そう、僕は幽霊を探している。
決して、心霊写真が撮りたいわけではない。心霊スポットが好きなわけでもない。どちらかというと、ホラーの類は苦手なジャンルになる。だけど、それでも、幽霊でもいいから会いたい人がいる。
そのために、僕は今までこそこそと山の中の廃屋を訪ねてきたのだ。
彼女に、
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