君を探して
青柳和美
プロローグ
上から蝉の声が降り注ぎ、耳をさす。
足元は、土を踏み潰してできた獣道が続く。左右から伸びてくる、草や枝をかき分けて、山の中を進んでいく。
小学五年生の夏休み。僕たちは二人で「立入禁止」と書かれた看板が掲げられた柵を乗り越え、町から少し外れた場所にある山の中にいた。
山の名前なんて知らない。あるのかもわからない。とにかく危険だからと先生にも、親にも耳にタコができるほど近づいてはいけないと言われている場所だ。毎年のように夏休み前には、「町外れの山には行かないように」と注意喚起を受ける。
高学年にもなると、ダメと言われるとやりたくなるのが人の性といい、毎年のように侵入者が出る。夏休み明けには校長先生や、生徒たちに恐れられている先生が全体に向かって説教をする。
聞くところによると、特に五・六年生のやんちゃな男子が複数人で入ることが多いようで、僕たちのように二人というのは珍しいだろう。しかも、僕ともう一人は、女子である。
大人に怒られるのでないかと怯える僕に対して彼女は、「バレなければいいんだよ!」なんて言いながらズンズンと進んでいく。
山に入るとは思っていなかったため、半袖短パンの僕は、伸びてくる草によって切り傷だらけになっていた。足元は虫に刺されたのか、赤く腫れかゆみを帯びている。
「サンダルじゃなくてよかった」そっと呟く僕。
頭の上にあった太陽が少し傾いてきた頃、ポツンと一軒の建物を見つけた。
それは、外と中の仕切りがわからないほどボロボロで、窓も扉も意味をなしていない。それほど大きいものでもなく、家というよりは小屋と言えるものだ。今にも崩れ落ちそうな、小屋の中を彼女は覗き込んだ。
「危ないよ」
そう僕は声をかけるが、彼女は聞く耳を持たない。
「中入れそうだよ。探索しよう」
そう彼女は笑顔で振り向きながら、僕を誘う。
僕が迷っているうちに、彼女はすでに小屋の中に足を踏み入れていた。彼女の姿が見えなくなる前に、僕は慌てて後を追う。
足元は意外としっかりしており、少し探索するくらいなら問題無さそうだ。
中は思った以上に小さくて、探索するような場所はほぼない。一歩中に入ってしまえば、ぐるりと周りを見回せてしまう。中には何もなく、外から吹き込んできたであろう枯れ葉が、散乱しているだけである。
「中、涼しいね。少し休んでいこうか」
振り返る彼女の頬は少し赤くなっている。彼女の頭では、夏を象徴する帽子が大きな影をつくっている。最初からここに来るつもりだったのだろう、上下ジャージという動きやすく、肌も守れる格好だ。肩にかかるほどの、長すぎない髪を一つに括り運動する気満々の格好であることに、さっき気がついたところだ。
それなら、教えておいてくれ。とは思うが、先に知っていたら確実に止めていただろう。
「飲み物も持ってくればよかったね」
失敗したなーなんて呑気に言いながら、彼女は日陰に座る。
「もう戻ろうよ」
「ダメだよ。まだ何も見つけてないじゃない」
「何を見つけるのさ」
「大人があんなに入るなっていうからには、この山には何かを隠してるんだよ。二人で秘密を暴こうよ」
彼女は心底楽しそうな表情で、僕の前に立つ。
本当に何かを隠してるとして、隠してるものはなんなのか。この広大な山の中でわからないものを見つけるのが、どれだけ大変なことか。そんな呆れた僕の態度が表に出ていたのだろう。 彼女は僕の横に腰を下ろし、膨れっ面を向けてくる。
「呆れているでしょ」
僕は、拗ねる彼女に首を振りながら答える。
「今日中に見つけるのは無理だろうなって思って」
「うん。だから期限は夏休み終わりまで!ここを基地としよう!」
彼女は、満面の笑みを向けてそう言った。その言葉に、時が止まる僕。正反対に彼女は、指を折ながら準備するものや、この後の計画を立てている。
こうなってしまっては、もう止まらないだろう。
今日一緒に山に入ってしまったから、僕も同罪だ。今頃大人に伝えたところで、僕も一緒にお説教コースだ。
僕は彼女を止めるすべもなく、明日からの山籠りに頭を抱える。そんな僕の手を引きながら、彼女は「今日はあっちほうに行こう」と立ち上がった。
ただ彼女に引かれるまま僕は山の中に入って行った。
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