忘れられないあの景色

相変わらず雪が降り続いて寒いので、近くの喫茶店に2人で入った。5年前と比べて純は少し痩せたようにも見える。

「何を言っても、許してもらえないかもしれないけど‥‥本当にごめんなさい‥‥」

「そんなに謝られても困るんだけど‥‥何かあったの?」

「僕が母子家庭なのは知っていると思うんだけど、5年前に母が病気になってしまって」

「え‥‥」

「その治療費が必要だったんだ‥‥どうにか自分の給料で賄えたんだけど、思った以上に入院が長引いてしまって」


「それは大変だったね‥‥」

「お金に困っていた時に‥‥ちょうど杏奈(あんな)が声をかけてくれたんだ」

杏奈は凛と純の同級生で、父親が医者で院長でもある。

「僕が母の病室に行くところをちょうど見られてしまった。事情を話さざるを得なくなって‥‥そしたら、治療費を援助すると言ってくれて」

「杏奈が‥‥?」

学生時代から付き合っていた凛と純。杏奈が純に片想いしていることは、噂では聞いていたが、まさかそんなことになっていたとは。


「だけどその代わりに‥‥自分と結婚を前提とした付き合いをするように言われてしまって‥‥迷った。僕には凛がいるのにどうしたらいいんだろうって。だけど‥‥日に日に弱っていく母を見放すことなんてできなくて‥‥僕は母親を選んだ。杏奈と付き合うことにしたんだ」

「それは仕方ないよ。たった1人のお母さんだもの‥‥」

「そして、母はどうにか回復出来た。でも僕は‥‥杏奈と結婚することとなった」

「まぁ、約束だものね」

「だけど僕が一番好きなのは‥‥凛なんだよ‥‥」

「純‥‥」

私も純が一番好きだった。でもあなたはそういう選択をしたのなら‥‥もうそれはどうにもならない‥‥


「僕は‥‥少しずつ杏奈に治療費を返済することにしたんだ。杏奈は家計は一緒だから関係ないと言っていたけれど‥‥僕には彼女と結婚生活を続けることなんてできなくて。凛のことが‥‥凛のことが忘れられなかった。だからスマホの連絡先データを消されても、毎年あの神社には行こうと思ってて」

「私も‥‥毎年行ってたよ。情けないよね。もう純は結婚していたのにね」


外の雪の降り方が少し落ち着いてきたようである。

2人とも毎年あの神社に行っていたなんて‥‥お互い相手への気持ちは変わっていなかったんだ。だけど‥‥

「それで‥‥純は私と会ってどうしたいの?」

「もう一度‥‥僕とやり直して欲しいんだ‥‥」

「杏奈がいるのに?」

「僕は結局、凛のことも杏奈のことも傷つけた。駄目な人間だって分かっている‥‥凛はきっとこんな僕に失望するだろうなって思ってた」

「‥‥」


「それでも僕はあの時に君と見た‥‥白い木々が並んでいて、どこまでも真っ直ぐに続くあの景色を‥‥もう一度見たかった。今まで出かけた中で一番綺麗だったから‥‥もう一度、凛と一緒に行くことが出来るのなら‥‥叶わないとしても‥‥少しでもあの時のことを思い出せるのなら‥‥僕はそれで‥‥十分だった‥‥」

純も私と同じように、あの雪の降る道が忘れられなかったんだ‥‥


「私もそう‥‥毎年何やってんだって思ってたけど‥‥雪が降る中歩くあの参道は忘れられないよね。木が真っ白で綺麗で‥‥純のこと思い出してた」

「凛‥‥」

「それに‥‥純のお母さんのこと、もっと早く言って欲しかったよ‥‥私にだって何か力になれたのに‥‥迷惑かけるとでも思ってたんでしょう? そんなことないんだから‥‥後から言われる方が辛いんだからね?」

「ごめん‥‥凛‥‥」

「だけど‥‥純に会えて良かった‥‥ずっと会いたかったんだから‥‥!」


その日、純と凛は夜景の綺麗なホテルに宿泊した。

雪は降り続いていたが、凛にとってはこの5年間で初めて‥‥雪の一粒一粒が美しく見えた瞬間であった。母がそう言っていたように‥‥

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