方程式で魔法少女はじめました!数学オタクの私が、異世界でモテ期!?

ソコニ

第1話  プロローグ



教室の窓から差し込む夕陽が、数式の並ぶノートを赤く染めていた。


「この公式、もう少し簡単にならないかな…」


放課後の数学室。私、綾瀬まりかは微分方程式を睨みつけていた。数学部の部室として使わせてもらっているこの教室には、私一人しかいない。部長である私以外の部員は、とうに帰宅していた。


数式を見つめる目の奥で、何かが引っかかる。この問題には、もっとエレガントな解き方があるはずだ。そう直感で分かるのに、それが見えてこない。


「あと少しなのに…」


ペンを握る指に力が入る。私の『癖』だ。行き詰まると、無意識に力が入ってしまう。気づいて力を抜こうとした瞬間、不思議な感覚が全身を包み込んだ。


まるで体が宙に浮いているような、そんな感覚。目の前の景色が歪み始める。


「え…?」



声を上げる暇もなく、私の意識は闇の中へと沈んでいった。




「お嬢さん、大丈夫ですか?」


耳元で聞こえた声に、私はゆっくりと目を開けた。


見知らぬ石畳の上に横たわっている自分に気づき、慌てて上体を起こす。目の前には、中世ヨーロッパの貴族のような服装をした老人が心配そうな表情で立っていた。


「ここは…?」


周囲を見回して、私は息を飲んだ。白亜の巨大な塔がそびえ立ち、空には複数の月が浮かんでいる。どこか童話に出てきそうな街並み。制服姿の若者たちが行き交う様子は学園のようでもあるが、街灯の代わりに浮かぶ光球や、空を飛ぶ箒の影は、明らかに現実とは違う世界のものだった。


「ロイヤル魔法学園の前庭ですよ」老人は穏やかに答えた。「転移魔法の残り香がしますが…もしや、あなたは『向こう側』からいらしたのですか?」


「転移…魔法?」


言葉を反芻する間も、私の論理的な頭脳は状況を整理し始めていた。このファンタジックな光景、知らない場所への突然の移動、そして複数の月―――。


答えは一つしかない。


「異世界…ですか」


呟いた言葉に、老人は小さく頷いた。


「鋭いご判断ですね。ええ、ここは異世界です。そして私は、この学園の教授を務めるマーウィン・サージです」


混乱する頭で、私は状況を理解しようとする。昔から空想していた異世界。でも、まさか本当に来ることになるなんて。


「綾瀬まりかです。日本の、その…高校生です」


自己紹介する私の周りで、不思議な光が揺らめいた。サージ教授の目が見開かれる。


「この魔力の波形…前代未聞です。お嬢さん、あなた、魔法の才能がありますよ」


「え?魔法、ですか?」


その瞬間、私の頭の中で何かが『つながった』。まるで難しい数式の解法が突然閃くときのように。




その時、中庭に人影が現れた。


「珍しい魔力ですね」


振り返ると、シルバーがかった髪を風に揺らす少年が立っていた。深い青の瞳が、まるで何かを見抜くように私を見つめている。学園の制服姿だが、襟元の金の刺繍が他の生徒とは違う。


「ルーク・ヴァレンタイン。魔法研究科の学生です」


少年―――ルークは、サージ教授に軽く会釈した後、私に向き直った。


「綾瀬さんの魔力、通常の波形とは全く異なる。まるで…数式のような規則性を持っています」


「数式?」


その言葉に、私の中で何かが共鳴した。確かに、この不思議な感覚は数学を解いているときと似ている。頭の中で複数のパターンが組み合わさり、一つの答えへと導かれていく―――。


私は手を伸ばし、目の前の空気を掴むように動かした。すると、淡い光の軌跡が指先をなぞるように現れる。


「これが…魔法?」


「驚きました」ルークの表情が変わった。「初めて魔力を扱うのに、もう具現化できているなんて」


私には分かっていた。この光の軌跡が描く曲線は、まさに私が数学室で考えていた微分方程式の解そのものだということを。


「面白い」ルークが一歩近づいてきた。「あなたの魔法、研究させてもらえませんか?」


その瞳に宿る真摯な光に、私は思わず目を奪われた。


「その前に」サージ教授が咳払いをする。「まずは入学手続きをしましょう。綾瀬さん、あなたのような転移者には特別枠が用意されています」


「え?あ、はい」


「私も同行します」

ルークの言葉に、教授は目を細めた。


「珍しいですね、ルーク君が自ら買って出るとは」


「彼女の魔法は従来の理論では説明できない。これは、魔法研究の大きな転換点になるかもしれません」


その言葉の裏に、何か重要な意味が隠されているような気がした。でも今の私には、目の前の状況を理解するのが精一杯だ。


ロイヤル魔法学園。この異世界で最高峰の魔法教育機関と呼ばれる場所で、私の新しい生活が始まろうとしていた。


数学が得意なだけの普通の女子高生だった私が、どんな冒険に巻き込まれていくのか。その時はまだ、誰も想像すらできていなかった。

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