【14】ライトニング領でパーティ(2)

「きっと、クド....厄災の魔王さんも、ちゃんと話せば答えてくれるよ。」


ライラのヤツ、何を期待しているんだか。

ちゃんと話されても、答えられねぇモンは無理だ。


「ライラちゃんは厄災の魔王に会ったことがないから知らないと思うが、そもそも奴はまともな倫理観を持っていない。少しでも良心がある奴だったら、世界をこんな風にはしていない。」

「でも、それはきっと何か理由があったんじゃ.....」


ドンッ!


机を叩く音が、ライラの言い分を遮った。

叩いたのは、勇者サマだった。


「理由?理由だと?!

何百億人もの人を殺しても良い理由なんて、ある訳がないだろ!

どんな理由があろうが、この世界のほとんどを、生き物が暮らせない土地にしていい訳がないだろ!」


勇者サマは、俺への憎しみをライラにぶつけるかのように、ライラを怒鳴りつけた。


「ライラ、よく聞いて。私とお父さんの故郷はね、厄災の魔王のせいで滅んだの。お爺ちゃん達も、お友達も、ご近所さんも。厄災の魔王が滅ぼしたのは、私達の故郷だけじゃないわ。世界中の人から、大切な人や、故郷を、奪ったのよ。だからアイツを安易に擁護するのは、良くないわ。」


ライラ達の母親は、ライラの目を見ながら諭した。


「でも.......」

ライラは、何かを言いたそうにしたが、口を閉じた。

気まずい沈黙が、場を支配した。


「あの、すみません。」

その沈黙を打ち破るかのように、ホリーが声を上げた。


「何だい?」

「ひとつ、気になったことがあったのですが....」

「気になったこと?」

「はい。厄災の魔王が、この世界の大半を壊滅させたのは知っていたのですが、本当に厄災の魔王に、そんなことができたのでしょうか?」


「.....どういう意味だ。」

「あっ、すみません!厄災の魔王の肩を持つつもりではないのです。ただ、とても凶暴な魔物ですら、国一つは滅ぼしても、世界規模での被害をもたらす個体はいなかったと思います。なので、いくら魔王が強くても、たった一人で世界の大半を壊滅させるだけの力を持っていたとは考えにくくて....」


「あ〜、なるほどね!そーゆー事だったら、おじさんが簡潔に説明してあげるよ♩」

シヴァは場の空気に合わない、ふざけた口調で語り出した。


「この世界にはね、至るところに『龍脈』っていう強い魔力が吹き出す場所があるのよ。それで、龍脈から出る魔力は特別で、その魔力がないと全ての生き物は生きていけないワケ。


でも厄災の魔王ちゃんはね、特殊な魔道具を使って、世界中の龍脈を全部封印しちゃったの。おじさん達も急いで龍脈の封印を解こうとしたけど、3つが限界でさ。残りの龍脈は未だに封印されたままなのよ。だから、封印を解いた3つの龍脈付近の土地は、今でもこうして生活できるけど、それ以外の場所は立ち入ることすら出来ない『死の大地』になっちゃったワケ。」


「なるほど。それは、恐ろしい手口ですね。」

「そんな....だって.....」

ライラはなぜか、シヴァの話に納得していない様子だった。


「何かの間違い、ってことはないの?それとも誰かに脅されてたとか....」

この状況で俺のことを擁護するって、ライラは頭がお花畑なんじゃないか?


「ライラ、いい加減にしろ!!」

ライラの態度は勇者サマの気持ちを逆撫でしたようだ。


「あんな最低最悪の下衆野郎の味方をするな!反吐が出る!」

あまりの怒りに、勇者サマの顔は真っ赤になって、こめかみに血管が浮いていた。


「いくら何でも、そこまで言わなくていいじゃん!」

「お前にアイツの何が分かる!実際にアイツに会っても、そんなことが言えるのか?!」

「言えるよ!だって会ったことあるもん!」

その一言で、再び場は静まり返った。


「ライラ.....それは、どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ!お兄ちゃんも一緒に会ったこと、あるよ?ねっ!」

ライラはタクトの方を向いて同意を求める。

一方の、巻き添えを食らったタクトは、目を泳がせて明後日の方向を向いた。


「タクト、ライラ、どういうことだ!ちゃんと説明しろ!」

すると、タクトは冷や汗を流しながら、口を開いた。


「実は俺たち、ライトニング領の山で遊んでいる時に、その......厄災の魔王を名乗るヤツに、会ったんだ。」

「それでね、お兄ちゃんと私は、その人に何回か助けてもらったことがあるの!」

「あっ、お前っ....」

「『助けてもらった?』」

「うん!この前も、山にいた亜人の人達に襲われそうになったけど、その人に助けてもらったの」


「.....ロバートさん。アネッサさん。これは一体、どういうことですか?」

勇者サマは父さん達に背を向けたまま、静かに、キツい口調で父さん達に問いただす。


「知らない、知らない!」

「私達も、今、初めて聞いたわ!」

父さん達は慌て首を横に振った。

あの日のことは父さん達に誤魔化して伝えていたから、父さん達が知らないのも無理はない。


「二人とも、何で今まで言わなかった?」

「えっと、それは....お兄ちゃんが...」

「だって、言ったら怒られるし.....」

「当たり前だ!」

勇者サマは二人に思い切りげんこつをし、二人は半べそをかきながら頭を押さえた。


「二人とも、しばらく外出禁止だ!家で反省しなさい!」

「は〜い...。」

「ごめんなさい。」


「まぁ、何はともあれ、二人が無事でよかったね♪」

「それは結果論だ!二人がもし亜人達に襲われていたら、最悪、死んでいたかもしれないんだぞ?二人とも、分かっているのか!」

まぁ、一回死んではいるけどな。


「とりあえず、助けてくれた人には、感謝しないとな。」

「それじゃあ、クドージンさんのこと、許してくれるの?」

「クドージン?」

「厄災の魔王さんの名前だよ!」

「厄災の魔王の名前がクドージン?ハハハッ!」

勇者サマはさっきとは打って変わって、急に笑い出した。

気でも触れたか?


「ライラ、きっとお前を助けたのはアイツじゃないよ。アイツがそんなこと、絶対にするハズがない。きっと自称・魔王の変な人だったんだよ。」

「でも....」


「それにアイツを倒したのは、ライラが生まれる前のことだぞ?本物に会ったことのないお前達が、偽物と本物の区別がつくハズないじゃないか。第一、この広い世界のどこに転生したかも分からない奴が、たまたまライラの近くにいるなんて、偶然にしては出来過ぎだろ。」

「確かに.....そうだけど.....」


おいおい、待てよ。

せっかくあの日、タクト達の前で魔王の姿で現れて『魔王と勇者・因縁の初対面!』を演出してやったのに。

このままじゃ俺、『自称・魔王の変な人』って勘違いされちまうじゃねーか!

.....いや、よく考えりゃ、間違いじゃないのか。

勇者サマの『自称・魔王の変な人』という言葉の刃が、俺の心に深く突き刺さった。


「ライラが変な勘違いをしたせいで、無駄にイライラしてしまったな。ロバートさん、アネッサさん、空気を悪くしてすみません。ライラ、もう厄災の魔王アイツの話は終わりだ。」

「......はい。」

ライラは、しゅんとした顔で返事をした。


「そーそー♩せっかくのパーティなんだし、堅苦しい話より、もっと面白い話しようよ!たとえばドーワ侯国のこととかさ!」

「いいわね!私も聞きたいわ。なんせ、あの国の情報って、全然入って来ないもの。」

母さんもドーワ侯国の話題に興味深々だった。

確かに、同じ隣国でもキョウシュー帝国の話は入ってくるが、ドーワ侯国の話は一切入ってこないな。


「ドーワ王国がドーワ侯国に変わってから、すっかり国同士の交流がなくなってしまったからな。情報が入って来ないのも当然だ。」

「ドーワ侯国については、僕が何でもお答えしますよ!コトナカーレ侯爵家は、今じゃドーワ侯国の君主ですから。次期侯爵家当主として、そのくらい、任せてください!」

ホリーは意気揚々と言った。


「侯爵なのに君主?」

「えっと....ドーワ王国はコトナカーレ侯爵領以外、ほぼ死の大地と化しまして....。国王は勿論、ウチ以外の貴族は、お亡くなりに....。」

ホリーが気まずそうに話すと、また重い空気になってしまった。


「そんなことより!ドーワ侯国に関する質問は、何でも受け付けますよ!特に『オススメな特産品があれば教えて!』って話であれば、いくらでも聞きますよ!」

そんな場の空気を変えるように、ホリーは冗談半分にそう話した。


「はいはーい!それじゃあ、お言葉に甘えて、オススメな特産品を教えて♩」

「もちろんです!ドーワ侯国には、オススメの特産品が沢山ありますよ。例えばそうですね....飲むと口の中で泡がブクブクする飲み物って、面白そうだと思いませんか?」

「それって、もしかしてコーラのこと?」


「えっ!アネッサ様、コーラをご存知なのですか?」

「えぇ。レックス殿下のお誕生日パーティで出されていて、飲んだ記憶があるわ。」

あぁ。確かに出たな、コーラ。

しかも、毒入り。

次は普通のコーラを飲みたい。


「あぁ。確かにコーラは、今までに味わったことのない爽快感があって、美味しかったな。」

「えー!いいなぁ!」

「俺も飲みたい!」

未知の飲み物に、タクトとライラは目を輝かせる。


「タクトくんもライラさんも、きっと気にいると思いますよ!今度ドーワ侯国に来ることがあれば、一度飲んでみてください。」

「飲む飲む!絶対、飲む!」


「それとライラさんには和菓子もオススメです。」

「ワガシ?」

「はい。ドーワ侯国には、和菓子と呼ばれる、ケーキやワッフルとは違った特徴を持つお菓子が沢山あるのです。」

「それって、どんなお菓子なの?」

「和菓子には色んな種類がありますが、基本的に、もちもちとした食感で、甘さ控えめの優しい味わいが特徴的なお菓子ですよ。それに見た目も、丸くて可愛らしいですし。季節ごとに、その季節にあった和菓子があって、一年中色んな種類の和菓子が楽しめるんです。」

「へぇ。いいなぁ。」

ライラは見たことのないスイーツを想像し、ワクワクしていた。


...ってか、この世界、和菓子あんのかよ!



「コーラもワガシも、ダイフク商会の主力商品ですよね....」

「ダイフク商会?」

なに?その美味しそうな商会は。


「ドーワ侯国で最近、急成長を遂げている商会だ。今では国内だけじゃ飽き足らず、同盟国のキメイラ帝国にまで勢力を拡大させていて....厄介な男だよ。」

「まぁまぁ、リファルさん。ダイフクさんは大事なウチの国民ですよ。」


「ホリー卿!あんな素性の知れない男を看過するのはよろしくありません!」

リファルは、なぜかダイフクとやらを警戒しているようだった。

前の世界に存在していた食べ物。

大福ダイフクという名前。

.....まさかな。


「リファルくん、そんなカッカしなくてもいいじゃん♩」

「あぁ...すまなかった。ホリー卿、申し訳ありません。ですがあの男は一見、誠実そうに見えますが、信用してはいけない部類の人間です。」

「ブッ....!!失敬。」

またミラとかいう小娘が、本を読みながら吹き出した。

お前は本じゃなくて空気を読め。


「....とにかく。リファルさん、心配してくださって、ありがとうございます。では、この話はナシにしましょう。」

「だねー♩せーっかくのパーティなのに、さっきからみんなピリピリしすぎじゃない?大丈夫?」


「そうね。だったら今度は、ライトニング領ウチの特産物なんてどうかしら?ウチは果物と茶葉が特産物だから、美味しい紅茶がいつでも飲み放題、果物たっぷりのデザートもいつでも食べ放題なのよ♩」

「紅茶とデザート...!」


「ライラちゃんがウチの子と結婚すれば、いつでも食べ放題だよ〜?」

「いつでも....?」

ウチの子って、兄さんのことだよな?

俺は絶っっっっっっ対に、ソイツとは結婚しないから、きっとそうだ。



「コラコラ、勝手にライラを勧誘しない!ライラも、食べ物で釣られちゃダメよ。」

「はーい、お母さん。紅茶とデザート.....紅茶とデザート.....」

完全に釣られてんじゃねーか。


「コーラと和菓子もお忘れなく。」

「紅茶...デザート....コーラ....ワガシ......」

ライラの頭の中は食べ物でいっぱいだな。


それからは他愛もない会話が続き、さっきまでの重い空気が嘘のような、穏やかな時間が続いた。


それからしばらくすると、学生寮暮らしの兄さんが、久々に家に帰ってきた。

帰ってきた兄さんが真っ先に向かったのは、なぜか庭園だった。

....何で、今このタイミングで、庭園に?

というか父さんたちは、兄さんに「気難しい客が来る」って、伝えてなかったのか?


「お待たせ!ごめん、遅くなっちゃった!」

「おかえり、アニス!久しぶり〜!あなたの分の料理も、まだまだたくさんあるわよ!」

母さんは、さも当たり前のように兄さんを迎え入れた。


どういうことだ?!

俺には「気難しい客が来る」って言っていたクセに、学生寮に住んでいる兄さんには、わざわざ呼び寄せて参加させるのかよ。

そもそも「気難しい客」って、ミラってガキのことか?

仮にそうだとしても、兄さんは良くて俺はダメな理由って何だよ!


...どいつも、こいつも、楽しそうにしやがって。


「あぁ〜〜っ!クッソ!!」

心臓をぐちゃぐちゃにされたような、気持ち悪さが込み上げてくる。

俺だけ、仲間外れかよ。

何で俺だけ....。


....そういう事か。

兄さんはライトニング家の長男、つまり、この家の跡取りだ。

だから勇者パーティご一行サマにも会わせるんだ。


俺は次男だから、ぞんざいに扱われるんだ。

親としての最低限の義務を果たしているだけで、最初から俺のことなんか、どうでも良かったんだ。

大切だの、大好きだのは詭弁だ。

そんなもの、存在しないって始めから知っていたじゃないか。


今更になって、その事を思い出すなんて、俺は馬鹿だ。

どうやら平和ボケしていたようだ。


アイツらには、その事を思い出させてくれた礼を、してやらないとな。

楽しい、楽しいパーティを、台無しにしてやる。

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