第2話 兄妹の愛だそうです

 レーメル子爵家の次期当主である兄のロヴィーは、今まで妹のララをパートナーにして夜会に参加していた。

 だが、ララが風邪を引いてしまった。


 レーメルは子爵家ではあるが、魔道具製作で国王の覚えもめでたく、次期当主であるロヴィーに近付こうとする女性も多い。

 なので、今回はディアナがパートナーを務めて欲しい。


 ……手紙にはそう書いてあった。




「意味がわかりません。だったら参加しなければいいじゃありませんか」

 手紙を読み終えたディアナがそう言うと、母は困ったように笑う。

「ロヴィーは旦那様の代理で社交しているから、そうもいきません」


「なら、適当な女性に声をかければいいではありませんか」

 紅の髪が目立つものの、ロヴィーの容姿は悪くない。

 引き受けてくれる女性くらい見つかりそうなものだが。


「そうすると、その女性が勘違いしたり、これを機に結婚を迫られるのが嫌なのでしょう」

「迫られて結婚すればいいじゃないですか。次期当主の婚姻です。おめでたいですね」

 そう言ってクッキーを頬張るディアナに、母はため息を返す。


「わかっているのでしょう、ディアナ。ロヴィーとララはあなたに会いたいのですよ」

「会っていますよ」

「二人が領地に来た時だけですね。……まったく、どうしてこんなに魔道具馬鹿に育ってしまったのでしょうか」

「レーメルの血ですよ、きっと」


 ここ数年はロヴィーを代理にして王都に置き、父もひたすら別館通いをしている。

 レーメル子爵家で魔道具製作に関与していないのは、母とララだけ。

 その二人ですらも、最低限の知識と技術は持っている。

 もう、魔道具に関わらないことが無理なのだ。


「旦那様も寝食を忘れて別館通いしてますからね。……仕方ありません。この手は使いたくなかったのですが」

 母に見つめられて、ディアナは思わず怯む。

 泣き落としされても絶対に行かないぞと心に決めて、母の言葉を待った。


「今回の夜会の会場は、ローク製の新型の照明魔道具が配備されている屋敷です」


 その言葉に、ディアナの藍色の瞳が輝いた。

 ライバル関係であるのと、レーメルの領地にいるせいで、ローク製の魔道具自体を見る機会が少ない。

 その上、最新型とは。

 一体、どんな仕組みなのだろう。


「――行きます!」

 好奇心が胸いっぱいに広がり、ディアナは思わず叫んでいた。




「お姉様、会いたかったです!」

 王都の屋敷に到着してディアナの姿が見えるや否や、妹のララが飛びついてきた。

 兄妹で唯一魔道具にほとんど関わっていないララは、栗色の髪にはしばみ色の瞳だ。


 魔力を多く有すると髪色が変化する関係でカラフルなレーメル一族の中では、癒しの色合いと言っていい。

 ディアナがララの髪色を気に入っているように、ララもまたディアナの薄紫色の髪がお気に入りだ。

 抱きついたかと思えば、今度は熱心にディアナの髪を撫で始めた。


「ああ、今日もいい色ですね。まるで宝石のようです。……手入れが足りず艶不足なのは否めませんが」

「ちゃんと洗っているわよ?」


「そんなの当然です。もっと丹念に梳いて、香油を塗り込んで。そうしたら、きっと極上の絹糸の様になりますよ?」

「清潔ならそれで十分よ」


「駄目です。私の目の届くところに来たのですから、艶々にしてみせます」

 社交界デビューをしたせいか、ララは美容に力を入れ始め、ディアナの何倍も女子力が高い。

 そのせいか、無頓着なディアナを見ると気になるらしく、こうしてあれこれと世話を焼きたがる。

 一歳しか違わないとはいえ、どちらが姉なのかよくわからない。


「ところでララ。風邪を引いて寝込んでいて身動きが取れないんじゃないの?」

「お姉様を見たら治りました! 愛です!」

 元気に断言する妹を見て、ディアナはため息をついた。


「まあ、どうせそんなことだろうとは思ったけれど。少しは演技してよ」

「演技じゃありません! 愛です!」

「……うわあ、嬉しいわあ」

 棒読みで返事をする姉に構わず、ララはどこからか取り出した櫛で薄紫の髪を梳いている。



「いつまでも領地に引きこもっていないで。たまにはこっちに顔を出しなさい、ディアナ」

 鮮やかな紅の髪にディアナと同じ藍色の瞳を持つ兄のロヴィーは、妹達を見て嬉しそうに微笑んでいる。


「一年前にも来たわよ」

「あれは最低限の用事だろう。すぐに帰ってしまったし。たまには兄妹一緒に過ごしたい」


 七歳年上の兄は鮮やかな髪色からもわかるように、魔力に恵まれている。

 更に魔道具製作の腕前も常軌を逸していて、『レーメルの奇才』と呼ばれるほどなのだが、年齢差のせいか妹達を溺愛気味だ。

 適齢期の次期当主なのだからそろそろ婚約者がいても、結婚してもいいと思うのだがその兆しも見えないので心配になってしまう。


「だから来たでしょう? その代わり、兄様も少しは縁談に興味を持ってよ」

 次代がしっかりしてくれないと、独身職人生活にも影響が出かねない。

 ロヴィーには是非ともいい人を見つけてもらいたいものである。


「そんなことより姉様。その恰好は何なのですか」

 ララは厳しい目つきでディアナを舐めるように見つめる。

 分厚い作業用眼鏡に、白いローブに茶色のブーツ、灰色のスカート。

 いつも通りの動きやすい恰好である。


「姉様は花も恥じらう年頃の乙女ですよ?」

「だって、作業するのにフリルやレースは邪魔なのよ」

「それ以前に色が地味すぎます。百歩譲って家では許せても、夜会ではもっと華やかにしましょうね。姉様は元はいいのですから、磨かないともったいないです」

「でも、私はララみたいに可愛くないから」

 その一言に、ロヴィーとララの顔が一気に曇った。



「それ、小さい頃に言われたんですよね。確か」

「まだ気にしていたのか。一体どこのどいつだ。魔鉱石の炉にくべてやる」

 思った以上に不穏な空気に、ディアナも少し焦る。


「小さい頃だったから、さすがに憶えていないわ。それに、事実だし」

 ララは勢いよくディアナの肩を掴むと、榛色の瞳をぐっと近づける。

「もう一度言いますが、姉様は元はいいし、磨けば光ります。……そんなに言うのなら、私に任せてください。姉様の魅力を余すところなく引き出してみせます」

 ララは肩から手を離したかと思うと、ディアナの手をぎゅっと握りしめた。


「レーメルに生まれたのに、魔道具作りも魔力も才能のない私ですが。そのぶん、子爵令嬢として女子力は磨いてきたつもりです。今こそ、この腕を振るう時です!」

 奮起したララを、ロヴィーが満面の笑みで見守っている。

 女子力は自分の為に使うもののような気がするが、兄妹の圧に何も言えない。


 ローク製の魔道具のためとはいえ、はやまったのかもしれない。

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【コミカライズ ①巻発売・分冊版配信中】 二度目の初恋がこじれた魔女は、ときめくと放電します 西根羽南 @hanami_nishine

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