【コミカライズ ①巻発売・分冊版配信中】 二度目の初恋がこじれた魔女は、ときめくと放電します

西根羽南

第1話 初恋に敗れて、手に職をつけました

 ディアナ・レーメルの左の小指に嵌められた指輪から、眩い火花が飛び散った。


 ――ときめいたら、放電する。


 そう聞いてはいたが、まさか本当に放電するとは思っていなかった。

 しても、せいぜいピリッとするくらいだろうと。


 それが、花火もかくやという火花を放ち、同時にビリビリと痺れを感じた。

 本来の標的ではないディアナに対してこの威力。

 つまり、相手には更なる刺激が訪れたのだろう。


 好きな相手のそばにいてときめくなというのは、息をするなと同じこと。

 ほぼ、不可能だ。


 ……終わった。


 二度目の初恋が、儚く散った瞬間だった。




 一度目の失恋は、七歳の時だった。


「可愛くない」


 ディアナは、その一言ですべてを悟った。


 庭で一緒に遊んでいたユリウスは、ディアナに『可愛くない』と言った。

 可愛いというのは、好意の言葉。

 ならば『可愛くない』は……考えるまでもない。


 ――ユリウスは、ディアナのことが嫌いなのだ。


 淡い恋心を完膚なきまでに叩き潰されたディアナは屋敷に戻り、そしてそのまま領地に帰った。



 それから十年。

 未だにディアナは領地で暮らしていた。

 十年前の失恋を胸に抱き、慎ましく生活……してはいなかった。




「そこの魔鉱石取ってくれる? これじゃ小さいのよ」

 ディアナは職人にそう言うと、ランタンの底に空いた穴から小ぶりの石を取り出す。


 手渡された黒い石を左の手のひらに乗せると、分厚い作業用メガネを外し、右手の指で軽く触れながら意識を集中した。

 ディアナの薄紫色の髪がふわりと揺れるのが見える。

 するとディアナの意志に応えるように、黒い石が赤く色を変えた。


「これくらいかな。……はい、どうぞ」

 石を穴にはめ込んで部品を取り付けると、職人に手渡す。

「これ、ローク製のランタンよね。うちで修理なんて珍しい」

「ここはレーメルのお膝元ですからね。おかげで魔鉱石の調整の加減がよくわからなくて。……助かりました。さすがは『レーメルの魔女』」


「大袈裟よ。今日の作業はこれで終わりだから、私は屋敷に戻るわね」

「はい。ディアナ様、お疲れさまでした」

 頭を下げる職人に手を振ると眼鏡をかけなおし、別館と呼ばれる建物を後にした。



 ディアナ・レーメルは一応、子爵令嬢である。


 レーメル子爵家は代々魔道具を製作する家系だ。

 魔鉱石という特殊な石に魔力を組み込んで起動させた物で、光源や魔除けに使うのが一般的である。

 ここはレーメル子爵領の領主の屋敷に併設されている、別館と呼ばれる建物だ。

 ここは職人たちの作業場であり、ディアナは幼少期から別館に入り浸っていた。


 雲一つない青空に腕を伸ばして伸びをすると、屋敷に向かって歩き出す。

「思えば、本格的に魔道具作りに関わりだしたのは、あの時からなのよね」




 ディアナは七歳まで王都のレーメル邸で過ごしていた。

 その時庭で一緒に遊んでいたのが、同い年のユリウスだ。


 確か、ディアナの薄紫色の髪を褒めてくれたのが始まりだったと思う。

 魔力が多いと髪色が変わることが多い中、レーメルの一族は魔力に恵まれているためにカラフルな髪色だらけだったのだ。


「珍しい色だね。凄く綺麗。妖精みたい」


 そう言って微笑んだ黒髪に若草色の瞳の少年は、ディアナの目から見ても可愛らしくて、その上優しかった。

 七歳の女の子が淡い好意を抱くのは、自然な流れだったと思う。

 だが、それもあの日を境にすべて消え去った。


 ユリウスはローク伯爵の三男だった。


 レーメル子爵家とローク伯爵家は、ともに魔道具製作で有名な家柄であり、同業者でありライバルでもあった。

 何の因果か王都の屋敷は隣同士で、たまたま塀に空いた穴からユリウスは遊びに来ていたらしい。


 ある日いつも通り二人で遊んでいると、二人の少年がやって来た。

 兄だというその少年達は、ディアナを見ると笑顔で「可愛い子だね」と言った。

 その時、ユリウスが言ったのだ。


「可愛くない」と。


 ショックを受けたディアナはすぐに屋敷に戻り、翌日から領地に行くという母に同行した。

 そこで領地の別館と職人達を知り、自身も魔道具製作を学び始めて十年……今日に至る。



 今や『レーメルの魔女』とまで呼ばれる腕前になったのも、ユリウスのおかげと言えるかもしれない。

 当初は好きだったユリウスに可愛くないと言われ、さすがにショックだった。


 ユリウスが言うのなら自分は相当可愛くないのだろうと、それまで好んでいたフリルやレースのついた服を避けるようになった。

 可愛くない自分が可愛い恰好をするのはおかしいと思ったからだ。

 同時に魔道具製作の作業用メガネを常に着用するようになったのも、可愛くない顔を隠そうとしたためだ。


 だが、さすがに記憶の中のユリウスの顔が朧気になってきた頃には、傷も癒えた。

 魔道具製作に夢中になったおかげで、どうでも良くなってきたとも言える。

 あれはつまり、美醜云々というよりも単純に好みではないということなのだろう。

 失恋には違いないが、人の好みはどうしようもない。


 何度か王都の兄妹から戻ってこないのかと聞かれたが、家が隣である以上、ユリウスに会うかもしれない。

 わざわざ自分を嫌っている相手に会おうという気にはならなかったし、領地での魔道具製作は楽しくて夢中だった。



 ユリウスは格好良く成長したという噂も聞くが、幼少期の彼を見ればそれも納得である。

 ふと、ディアナは自身の髪を手に取った。

 薄紫色の髪は無造作に一つにまとめていて、髪飾り一つつけておらず、化粧もしていない。

 簡素な白いシャツと灰色のスカートをはいていて、その上に作業用の白いローブを羽織っている。

 誰がどう見ても、年頃の令嬢の格好ではない。


 顔は特別不細工ではないと思うのだが、圧倒的に女子力が低い。

 低いというか、地を這い、地中に潜りだした気がする。

 たまに領地で開催される夜会には顔を出しているが、逆に言えばそれくらいしか社交もしていない。


「でもレーメル家は兄様が継ぐし、女子力高めの妹もいるし、私一人独身で職人でも問題ないわよね。これからの時代、やっぱり手に職よ」

 幸いにも『レーメルの魔女』と呼ばれる程度には功績を認められているし、何とかなるだろう。


 そんな時、ディアナの元に王都にいる兄から夜会に出るために来いという連絡が届いた。

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