月見雨

 隣に眠る彼女の毛布をそっと直し、

 スヤスヤと眠る君の横顔を

 指で優しく撫でた。

 カーテンの隙間から漏れる月明かり。

 今日は綺麗に晴れたようだ――

 そして、僕は静かに部屋を出る。

 今宵は白銀しろがねに輝く月から、雫の落ちる皐月の一夜。そんな雫を彼女に捧げようと、部屋を抜け出したんだ。

 くさむらには涼しい春の残り香と、

 夏の濡れた空気が綯交ないまぜになって漂う。

 夜露の草原を、僕は駆け出す。


 

 ただ静かにそれを待った。

 明るい月に何人もの人が集まった。みんなの顔が、月明かりに映し出される。

 嗚呼、あの恋人たちも雫が欲しいのか。

 嗚呼、あれは結婚を控えた人たちだ。

 大切な人に月の雫を捧げるために、今日は誰も眠ることなく、明るい月を見ている。

 

 

 月はもう中天にかかり、雫が降り出す頃。

 リン――

 シン――

 それは雪のように落ちてくる

 


 誰もが見惚れる雫たち。

 皆の口から感嘆の吐息が漏れる。

 でも、彼らは駆け出す。男たちは走る。地に落ちれば消える輝きを、落ちる前に掴もうとする。だから、走る。走った。

 いくつも、いくつも、天から降る雨のように降ってきた雫を僕は――終ぞ掴むことはできなかった。諦めて帰るしかない。帰るしかなかった。

 掴んだ人の、喜びの声を聞きながら。

 惨めに、トボトボと。

 君は家の前で、起きだして月を見ていた。雫を取れなかった僕を、君はきっと叱るのだろうと思っていたのだけれど

 

 

 ただ一言だけ――



「ねえ、一緒に見よう」

 君の優しい声に、僕は笑顔になる。

 そうだね。

 今夜は一緒に月を見ようか。

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