ハゲタカ

 フリッパーで、嘴で、戦車装甲を切り裂き――。

 素の羽毛で対物ライフルを容易く止め――。

 風魔法を使うことで高速移動する――。

 そんな良く分からない、世界のバグの様なナマモノである迷宮ペンギンにも弱点はある。

 一つに、大好物であるコーラを自分達で造れないし、蓋を開けられない。

 そしてもう一つは足での移動が遅いと言うことが上げられる。走ってようやく人の徒歩位なのだ。街の外であれば腹で滑っての移動方法が取れるが、スラムとは言え街中で、緊急時でもないのにその移動方法は取れない。

 当たり所が良い・・と、うっかり歩いている人の片足とかを軽く斬り飛ばしたりするからだ。

 だからニゾーはイチゾーの頭の上に乗っかってブロック食糧を齧って、器用にフリッパーを缶に巻きつけてコーラを飲んでゲップとかしていた。ちょっとイチゾーの頭にブロック食糧を零したけど、気にしない。

 一応、クソゴブハンターブラザーズを探さなくてはいけないのだが、正直、相棒以外の人類の顔は区別がつき難いので仕方が無い。そもそも、暗くなってきたので、魔力で強化しない限り、鳥目の自分に頼る方が間違っているのだ。

 だから働かない。

 後で働かなくてはいけないので、今は休む。

 サボっている訳ではない。充電期間なのだ。相棒を信じているのだ。何故なら相棒は賢いお子さまなのだ。

 その証拠に、既に相棒はクソゴブハンターブラザーズを発見していた。

 自分達から巻き上げた小妖魔インプの玉で潤った財布の中身を使ったのは、スラムの中ではまともな薄めた酒を出さない酒場だった。そこで楽しそうに酒を飲んでいる。

 小鬼種ゴブリンは種族特性から酔い難い。

 それでも随分な量を呑んだせいだろう。笑い声は大きく、その会話内容はぐちゃぐちゃになっていた。「……」。イチゾーは始め、ソレを見て『演技かな?』と思った。

 余りに馬鹿過ぎる。

 クソゴブハンターブラザーズは流れのハンターだ。

 この辺を根城にして、地域に根差したハンターでは無い。だから友達も繋がりも無い。なのにこんな風に酔っぱらうと言うのは――鴨が葱を背負って……所かもう、鍋になっている。

 食って下さいと言っている様なモノだ。

 だから何人かの同業者のベテランは警戒して、離れた。

 演技。鍋に毒が仕込まれている。それを警戒したのだろう。

 それはイチゾーの様に、本職を別に持って居て、副業としてコレ・・をやって居る様な連中、つまりは強い連中だった。

 昼間。あのクソゴブハンターブラザーズと仕事をしていなければ、イチゾーもそっちに行っていただろう。だが、イチゾーはあのゴブ兄弟がただのアホだと知っていた。


「よし。ラッキーだぞ、ニゾー」

「ぐあ、あー!」


 残ったのは疑いながらも、噛み付くしかない。そんな飢えた弱い奴等だった。


 ――こいつ等なら勝てる。


 スラムの孤児は助け合いもするが、それ以上に争うことの方が多い。チビで、力は無いが、ニゾーが居るイチゾーは強い方だ。

 月が真上に昇り、下り始めた所で、ゴブラザーズが店主に蹴り出されて、店から追い出された。何やら汚い言葉を投げて、中指を立てたりしていたゴブラザーズだが、やがて彼等の寝床を目指して歩き出した。


「……ニゾー」

「くぁ」


 眠そうなニゾーを揺らして起こしながらイチゾーがその後を追う。

 そんなイチゾーを見て、大半が諦めて引き、少しの飢えが限界にきている奴等がイチゾーの後に続いた。お零れ狙いだ。ナマで、ペンギン憑きでも無い彼等にハンターは殺せない。「……」。だが、殆どが年上だったので、少し警戒する。あまりニゾーから離れない様にした方が良さそうだった。

 そのことをしっかりと頭に残してイチゾーはゴブラザーズを追う。

 予想通りと言うか、何と言うか、彼等は安宿区画、薄暗い路地裏を通らないと辿り着けないそこを根城にしている様だった。

 路地裏に入る。

 中ほどまで歩く。正直よく見えない。


「……」


 無言でニゾーを持ち上げる。ニゾーが魔力を練り上げる。風。ふわ、と。それを感じたのか、兄ゴブが一瞬、足を止め、周囲を見渡す。本来なら夜目が利く小鬼種ゴブリンだが月明りも届かない路地裏だったからか、それとも酔っていたからなのか、数瞬で彼は気のせいだと判断して――立ちションをし出した。

 笑いながら弟ゴブが続く。


 ――今ッ!


 ニゾーを投げる。風に乗り、風を斬り、生体ロケット迷宮ペンギンが夜闇を裂く。


「……」


 その風切り音を聞きながら、イチゾーも駆け出す。


「え?」


 ぶわ、と鉄錆の匂いが溢れると同時、そんな声が聞こえた。続いて、ぼて、と重いモノが落ちる音。更に遅れて、崩れる様に更に大きいモノが落ちる音がした。

 ニゾーのフリッパーが首を切った。だが一人殺し損ねた。拙い。失敗した。相手はどう動く? 蟲を使うか? 魔法を使うか? 酔ってはいたが、小鬼種ゴブリンだ。覚めるのも早い。適切に対応されたら拙い。だがパニック状態だ。そこまで適切に動けない。そっちにイチゾーは賭けたのだ。そしてその賭けに――


「だっ、誰だ!」


 ――勝った。


 目を凝らして、投げる誰何の声。それに返すのはライトの攻撃ならぬ光撃。暗闇に慣れた目を狙って当てられたライトに、生き残った弟ゴブが顔を顰め、腕で目を庇う。

 その背後に、折り返してきた、迷宮ペンギンニゾーが――







 急いでゴブラザーズの荷物二つを肩に掛け、ニゾーを頭に乗せるとイチゾーは一目散に駆けだした。

 馬鹿を晒した奴が悪い。

 それがルールだが、それでもハンター殺しは余り宜しくない。

 馬鹿でアホで、どうしようもなくても、蟲憑きはそれなりに希少なのだ。

 ハンターギルドは良い顔をしないし、正義の味方サンが動く動機にもなる。スラムのガキと、アホハンターだと、悲しいが人類的にはアホハンターの方が遥かに価値がある。天秤にすら乗らない。だからさっさと逃げる。弟ゴブの方からはニゾーがサイフを抜いていたが、もっと持ってるであろう兄ゴブの方はサイフは回収できなかった。

 それを狙って後を付けていた孤児達が死体に群がる。

 声を荒げ、服を剥ぐ為に殴り合ったりしている。目撃者も多いし、その内警邏も来るだろう。それでも彼等は生の人類なので容疑者にすら上がらない。

 だからイチゾーは一刻も早く、それでも目撃されない様に路地裏を縫う様にして寝床に戻る為に走っていた。

 子供しか通れない壁の穴を潜って、途中で足跡が残らない様に裸足になる。そうしながら漸く薬屋の物置に帰って来た。


「……」


 ブサ精霊種エルフが店に居ないことを確認して、そっ、と物置のドアを開ける。大して希少なモノも、保存方法が大切なモノもここには無い。

 結果として薄い板で造られた物置は所々に穴が開き、大変風通しが良くなっていた。寒い。


「盗ったやつのかくにん、あしたにして寝ようか、ニゾー?」

「ぐあ!」


 だから毛布に入ったイチゾーとニゾーは互いの体温で暖を取り合うように、くっ付いて丸くなって眠った。







 ブロック食糧。干し肉、干し果物などの保存食。塩と胡椒と魚醤。皇国領で流通している通貨、かんが三百十四枚。瓶コーラのレアキャップが一つ。煙草が二カートン。拳銃が二丁と、その予備弾薬。髭剃りや爪切りなどの生活雑貨。

 ゴブラザーズの荷物の中身はそんなモノだった。


「……」


 分かってはいたが、一つを除いて大して良い値段が付くものが無かった。


「とりあえず――」


 お金、環は貰う。生体金庫とでも言えるニゾーに速攻で渡す。

 食料系は自分で食べる。塩も貰う。胡椒と魚醤はブサ精霊種エルフに売れるので売る。

 スラム含めてどこでも使える万能通貨である煙草と弾薬も貰う。拳銃は――「……9ミリ」。玩具だ。イチゾーの様なナマの人類なら兎も角、蟲憑きや魔物には効かない。ニゾーの方が遥かに強いので、要らない。売る。

 生活雑貨も要らない。既に持って居るモノばかりだ。「……」。でもブサ精霊種エルフもこの辺は買ってくれない。後で孤児連中にでもくれてやろう。

 そしてペンギンとの交渉に使えることから、この中では最も価値のあるレアキャップは――


「……」

「……」


 無言でイチゾーとニゾーが見つめ合う。


「……」


 無言で、ニゾーが――ゆ~っくりと足の下に隠した。

 バレバレである。


「……」

「なっ!」


 そしてイチゾーが何も言っていないのに威嚇してきた。答え合わせである。


「……ニゾー」

「なっ!」


 ――こっちくんな! とニゾー。名前を呼んだだけなのにコレである。体重が軽いので退かそうと思えば退かせるが……その場合、多分突かれる。そうしたら腕がげるので、大人しく諦める。それを敏感に感じ取ったニゾーが嬉しそうにキャップを咥えると彼の宝物入れであるブリキ缶に入れた。満足そうだ。「……」。横から覗く。一財産あった。何時か売ろう。イチゾーがそんなことを思う。「ぐが!」。本気の威嚇が来たので止めておこうと思います。

 何故なら賢いお子さまであるイチゾーは空気を読めるし、基本的に平和主義者なのだ。








 ――ちょっと渋るふりをするのがポイントだ。

 ブサ精霊種エルフは性格もブサイクなので、イチゾーが嫌がるのが大好きだからだ。

 だからご機嫌を取る為に初めから渡す気だったとしても、少し嫌がって渋々渡さないと行けないのだ。「……」。色々と面倒くさい。

 そんな感じで拳銃と胡椒と魚醤を渡したら赤札が二枚コーラ二本が貰えた。「……」。青札ブロック食糧は貰えなかった。クソである。だが言っても仕方が無い。イチゾーはニゾーを頭に乗せて、交換所に向かった。何時もの豚人種オークさんが居なかった。孤児に当たりが強いことで嫌われている真っ白な毛並みの猫人種マオが今日の護衛だった。


「……」


 やめとこ。そう判断して、回れ右。

 孤児と見るや、煙草を多く要求してくるクソ猫だ。この辺のスラムキッズの『いつか殺すランキング』上位入賞者である。まだ生きているのは単純にイチゾーの様なペンギン憑きを本気で怒らせていないのと――護衛になったのが最近だからだ。

 人類の牙である蟲憑きはそれなりに希少だ。

 蟲の卵は身体に入れて十年経たないと孵化しないし、何より、卵が孵った場合、六割は死ぬからだ。だから昨日のゴブラザーズはあんなんでも一応は狭い門を潜ったエリートなのだ。

 話がズレた。

 兎も角。クソ猫は最近ここら辺の護衛に付いた左遷されたので、現在進行形で恨みを買っているスラムの孤児連中が未だ蟲憑きになっていないのだ。

 それでもスラムの孤児の行き着く先は娼婦フッカーか蟲憑きか……死体だ。

 だからあのクソ猫はその内殺されるだろう。

 十年は――間違いなく、もたない。

 何故ならスラムの孤児の行き着く先の一つは蟲憑きで、その蟲憑きの弟や妹は今はただの孤児なのだから。ペンギン憑きにさえ手を出さなければ良いと思ってるかもしれないが、そこまで世界は甘くない。

 お兄ちゃんやお姉ちゃんがその内、動くだろう。


「三味線」

「なっ。んぐ、ぐあ! ぐあ!」

「そか。毛並みはきれいだからそのまま毛皮のがいいか」

「ぐあ?」


 だからイチゾーとニゾーはクソ猫の『将来』の使い道を考えながら交換所から離れて行った。













あとがき

明日からは21時頃に更新になります。多分。それなら行ける――はず。

されなかったら労働基準法とかに違反して働かされてる可哀想なイキモノが居ると思って下さい。

ストックは結構あるから毎日更新だよ!

お付き合いよろしくだよ!





さて、それでは今日のペン語講座のお時間です。

今日は

「なっ。んぐ、ぐあ! ぐあ!」と「ぐあ?」

に関してです。

先ずは「なっ。んぐ、ぐあ! ぐあ!」からです。

これを直訳すると。

「(否定)。(綺麗なモノ)、(肯定)!(肯定)!」

となります。意味分かんないですね?

ですがペン語はシチュエーションが全てです。その直前のイチゾーの「三味線」と言うクソ猫の使い道に対する意見を受けると――

「いや。毛並み凄い綺麗だよ、あいつ!」

となります。

複雑ですね? それと比べると「ぐあ?」は非常に単純です。

「でしょ?」

って感じです。ちょっと得意気な感じになってます。生意気ですね。言ってるペンギンを見掛けたら突いてやりましょう。


さて、今日の講義はここまでです。

それでは皆さん――なっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャンクバード ポチ吉 @pochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画