ジャンクバード

ポチ吉

イチゾーとニゾー

 下手に近くにいるよりも、思い切り遠くに離れて居た方が良い。

 それが解体屋として生き残るコツだと言うのが、小さなイチゾーが短い人生で気が付いたことだった。

 魔物を相手にするハンター達は常に命賭けだ。

 雑用に連れて来た解体屋の子供のことなど気に掛ける余裕はない。彼等の持つARアサルトライフルが吐き出す5.56ミリに食い千切られるのなら、原型が残るだけ未だ良い方で、蟲の力を使った一撃に巻き込まれたら小さなイチゾーなど影も残らないだろう。

 それは勘弁して欲しい。

 だからイチゾーは小鬼種ゴブリンのハンター達が位階レベル壱の怪物モンスターである小妖魔インプの群れを相手取っている場所から離れた岩の上に居た。

 ジャングル迷彩の野戦服の上着をマントの様に羽織るイチゾー。

 そんなイチゾーに親は居ない。

 どこぞのハンターが娼婦を孕ませ、その娼婦が捨てたか売ったかしたのがイチゾーだった。つまり、どこのスラムにもいる、普通の孤児と言うことだ。

 年齢も分かっていて、六歳。名前も自分で付けたモノではなく、イチゾーが住む物置の持ち主である薬屋の親父がそう呼んでいたモノなので、多分、売られたのだろう。


 ――そのことが分かる自分は少し賢いのかもしれない。


 そんなことを考えながら、イチゾーはその手には大きすぎる双眼鏡を覗き込んでいた。

 龍穴が近く、魔力の濃度が濃い魔物の領域であるにも関わらず、イチゾーは周囲に対して気を配っていない。その理由は簡単だ。


「そろそろおわるかな、ニゾー?」

「な?」


 イチゾーの言葉の向かう先。

 小さなイチゾーよりも更に小さな迷宮ペンギンの幼体、ニゾーがいるからだ。

 正真正銘の魔物で、友好亜人ブルーデミ

 ペンギン目、ペンギン科、マカロニペンギン属、迷宮イワトビペンギン。だが幼体なので、迷宮イワトビペンギンの特徴である派手な黄色い冠羽は無いし、身体だってイチゾーよりも小さい。

 だが相棒である彼の存在こそが薬屋の親父がイチゾーに寝床を与える理由だった。

 イチゾーはペンギン憑きだった。

 ニゾーの様な幼体ですらそのフリッパーで、或いは嘴で容易く戦車装甲を切り裂き、貫き、風魔法によって高速で世界を泳ぐことが出来る、生まれながらの強者である迷宮ペンギン。

 コーラをこよなく愛する彼等は疑いなくこの世界における最強の一角だ。

 それでも彼等のフリッパーでは背中も掻けなければ、彼等の大好きなコーラを造れないし、そもそも蓋すら開けられない。

 だから彼等は人類にコーラで雇われて傭兵をやってくれる。友好亜人ブルーデミに彼等が分類される由縁だ。

 そうして魔物でありながら人類の隣に長い間いたせいだろうか?

 中には気に入った相手の横に進んで立つことを選ぶペンギンが現れだした。

 老若男女に性格、それらに共通点は無いが、そうして何故かペンギンに懐かれた者はペンギン憑きと呼ばれていた。

 紛れもなく先天的なハンターの才能の一つである。

 そんな才能を持つイチゾーの双眼鏡の中、今回の雇い主である小鬼種ゴブリンのハンター達が焦れて蟲の力を解放していた。背中を突き破り現れる二振りの鎌。その身に宿す力はどうやら蟷螂系のモノのようだ。斬る、と言う行為に対しては右に並ぶモノは無い蟲と言われるだけあり、小妖魔インプ達は一瞬の間に羽を切り飛ばされ、腕を斬り飛ばされ、最後に首を斬り飛ばされた。


「ニゾー、おわったから行くぞ」

「ぐあ!」


 言いながら仕事道具の入ったザックを背負い、駆けだすイチゾー。

 それにしても――と、イチゾーは思う。

 位階レベル壱の小妖魔インプに対して蟲を外に出すと言う位階レベル弐以上の手段を取ったと言うことは――


「弱いな」


 あのハンター達。

 そんな言葉を誰にも聞こえない様に呟きながら小妖魔インプのどこを持ち帰れば良いかを思い出していた。








 魔力。

 そう言うモノがある。

 それは龍脈を奔る世界の力であり、それは龍穴と言う魔力溜まりに迷宮が出来る要因であり、その迷宮の主である魔物が持つ理外の力であり――人類がその種族の一切の例外なくその身に宿すことのできない・・・・超常の力だ。

 そう。人類は魔力を宿せない。


 全人類のちょうど平均値に近い能力を持つ人間種ヒューム

 森に住み、その森の魔力を加工する秘術を修める精霊種エルフ

 暗い洞窟の中で鉱石と共に暮らし、火と鉄を見極める目を持つ炭鉱種ドワーフ

 沼や乾燥地帯に住み、歌と戦いを尊ぶ硬い鱗を持った鱗種リザードマン

 砂漠を起源とし、金儲けを愛する猫の顔と特徴を持つ猫人種マオ

 あらゆる環境に適応し、毒と病を喰らって嗤う小鬼種ゴブリン

 全人類の中で最も身体能力が高く、豚の頭を持つ豚人種オーク


 姿形は多種にて多様。共通点の方が少ない。

 そんな七つの人類種だが、数少ない共通点として、一切の例外なく魔力を宿すことが出来ない・・・・と言うモノがある。出来ないので、人類は支配者階級から転落して今や弱いイキモノと化していた。

 だからイチゾーの目の前でばらばらに成っている小妖魔インプだって立派な人類の脅威だ。

 イチゾーよりも小さく、ニゾーよりも少しだけ大きい小妖魔インプだが、人類転落の原因である世界に追加された新ルール『魔力を持つモノに対しては、魔力を込めた攻撃以外は効き難い』と言うモノがあるので、ただの人類だと大人がARを持って居たとしても勝てないのだ。

 殺せるのは蟲憑きであるハンターだけだ。

 蟲憑き。それは蟲を身体で飼うことで人類でありながら魔力を宿す外法を施されたモノ達。ハンターの最低条件。そして人類の牙なのだが――当然、ピンからキリまである。


「おい、チビ! さっさとしろよ」

「そうだ。早くしろよ!」

「あ、パクんなよ? パクったら殺すぞ、チビ!」

「そうだ。パクんなよ!」

「……」


 小妖魔インプ程度に手古摺る小鬼種ゴブリン兄弟がどっち・・・よりかは言わない。何故ならイチゾーは賢いお子さまだからだ。

 無視をしたイチゾーの態度が気に入らなかったのか、にやにや笑いながら蹴りをかまそうと弟ゴブが近付き、それをニゾーが威嚇。ビビった弟ゴブが転ぶのを横目に見ながらイチゾーはザックからナイフと瓶とテープを取り出し――小妖魔インプのチ〇コを持ち上げ、作業の邪魔にならない様にテープで、ぺち、と貼り付けた。


「……え? デカくね?」


 覗き込んでいた兄ゴブが、通常状態で臍に届きそうな一物を見て何か言っているが……イチゾーは気にしない。幾らデカくても、そっちに用はない。イチゾーが用があるのは、玉の方だ。

 そのご立派なブツからも分かる通り――と言って良いのかは分からないが、小妖魔インプの金玉は精力剤の材料になる。討伐証明の右耳と、持ち物を別にすれば、小妖魔インプで金に換えられるのはソコ・・だけだ。だからメスの小妖魔インプはハズレだ。売れる部分が無い。

 そう言う意味では今回は結構な稼ぎになりそうだった。

 五匹中五匹がオスだったので、たまたまが十個取れた。


「……よし」


 汚れたナイフを、インプが着ていたぼろ布で拭いながらイチゾー。

 解体屋としてハントに同行した場合のイチゾーの取り分はこういった『取れるモノ』の三割だった。だから取り敢えず今日のご飯には困らない。

 そう判断したのだ。







 たまたまは二個しか貰えなかった。


「……」


 小鬼種ゴブリンブラザーズが小妖魔インプのぼろ布で血を拭ったことに対して難癖を付けて来たからだ。

 曰く、『売るとこに売れば金になるのに……あーあ、お前が汚したせいでぇー』とのことだ。

 イチゾーは素直に死ねば良いと思った。

 思ったが、そんなことを口にしたら殺されるのはイチゾー達の方なので、諦めた。


「ぐな!」

「良いよ、ニゾー。今日のごはんはあるし」


 不機嫌そうなニゾーにそう言いながら、寝床にしている薬屋の物置――でなく、店舗に。


「いらっしゃ――ちっ」


 店主である精霊種エルフの親父は一瞬、愛想の良い声を出したが、入って来たのがイチゾーだと分かると、舌打ちをかまして片手で端末を弄ってマンガを読む作業サボりに戻って行った。けらけらと笑う度に、歯垢で黄色く変色した歯が見える。「……」。精霊種エルフは美形が多いと言われるが、全員が美形と言う訳では無いと言うことが良く分かる光景だった。


「んで? 獲物は? 何だった?」

「インプ」

「っーことは玉だな」


 おら、出せ、とテーブルを叩くブサイク精霊種エルフ。だがイチゾーは素直にそこに瓶を置かない。


「さきに交換札おいてよ、二個分」


 理由は簡単。

 以前、先に品物を置いたら露骨に報酬を減らされたことがあったからだ。


「……は? 何か勘違いしてねぇか、お前?」

「おいてくれないなら、別のとこにもってくよ?」


 イチゾーのそんな言葉に合わせる様に、横に立ったニゾーが「ぐが!」と嘴を大きく開いての威嚇。

 イチゾーとニゾーはヘボハンターである小鬼種ゴブリンブラザーズにも敵わない。逆らえば殺される。

 だが蟲憑きでも何でも無いナマの人類であるブサイク精霊種エルフ相手なら――社会的に負けても、ニゾーが居るので、暴力では勝てる。

 あんまり調子に乗るとハンターを雇って始末されるかもしれないが――


「ちっ。無駄に小賢しくなりやがって」


 今の所は大丈夫なようだ。

 ぶつぶつと文句を言いながらプラスチック製の赤と青の交換札を二枚ずつと黄色の交換札を一枚テーブルに並べるブサ精霊種エルフ


「きいろはなんで一枚なの?」

「煙草が値上がりしてんだよ。あ、言っとくけど、適正だぞ? 別ンとこ、持ってっても変わんねぇからな?」

「……ほんとうに」

「おぅ! 神に誓ってやるよ!」


 アーメン、とブサ精霊種エルフ


「……」


 そんな彼にイチゾーは背中を向けて――


「別のとこにいくね」

「おら、赤青黄が二枚だ」


 ――行こう、ニゾー。


 そんな言葉を言う前に黄色の札が追加されたので、タマを入れた瓶を置いて、背伸びして机の上の交換札を受け取る。


「天罰が下んぞ、クソ餓鬼」

やくたたずにそんなことはできない」


 あと、天罰が下るとしたら神に誓っといて嘘を吐いたお前の方だよ。そんなことを思ったが、口には出さなかった。

 何故ならイチゾーは賢いお子さまだからだ。







 スラムと街の境目である門の前に止まっているトラック。

 そこの荷台で駄弁っている人間種ヒューム豚人種オークの内の人間種ヒュームの方にイチゾーは貰った交換札を全部手渡した。


「煙草は交換用だよな? そんなら銘柄はなんでも良いな? 飯の味は? コーラはどうする? 瓶? 缶?」

「たばこはなんでもいい。ごはんはチョコにして。コーラは……」

「ぐ、なっ」

「缶だって」

「おう。あ、ロング缶あるからそれ出してやるよ」


 だからちょっと待ってろよ、と人間種ヒューム。奥に行ってしまったので、ちょっと時間が掛りそうだ。だからイチゾーはザックから前回交換して貰った煙草を取り出し、四本を豚人種オークに手渡した。


「……何だ?」

「紹介料」


 ペンギン憑きのイチゾーだが、所詮は後ろ盾のない孤児だ。信頼が無い。そんなイチゾーが解体屋として働くには街の有力者、例えば物資交換所の護衛などに紹介して貰うしかない。

 あのクソゴブハンターブラザーズはこの護衛豚人種オークの紹介だった。


「……それなら二本だろ?」


 強者を尊ぶ習慣がある豚人種オークだからだろう。

 護衛豚人種オークはペンギン憑きであるイチゾーには比較的優しく、良くしてくれていた。だから余分な煙草を貰う様な真似はしない。

 だが、そんな風に贔屓して貰っていることを知らないイチゾーは、いやいや、と首を横に振る。


「あいつら、クソだったから今度は良い人紹介して」

「……」


 思わず護衛豚人種オークの口がへの字に曲がる。

 良かれと思って可愛がってる孤児に仕事を回した結果がコレだと言うのは少しキツイ。ワザとクソを斡旋したと思われてる辺りが特にキツイ。


「そう言うことなら今回はタダで良いぞ?」

「……んー?」


 そうなの? と傾くイチゾー。そして同じ様に「ぐあ?」と傾くニゾー。そのまま数秒程固まって――


「いいや。クソだけど、弱かったから」

「あー……そうか。そう言うことか……チビ助、お前から見てそこまで・・・・か?」

「うん」

「ライトは? 捌く当てはあるのか?」

「ライトはあるよ。あと薬屋にわたす」


 ちょっと生意気な態度を取った自覚はあるので、甘い汁を吸わせた方が良い。賢いお子さまなので、イチゾーはそう言う世渡りも出来るのだ。

 そのタイミングで人間種ヒュームが戻って来たので、イチゾーはブロック食糧とコーラ、それと煙草を一箱受け取り、一箱はワイロとして人間種ヒュームに渡し――空を見た。日は沈み、茜と黒が混ざっていた。

 そろそろ良い時間だ。早くあのクソゴブハンターブラザーズを見付けておこう。そう判断し、飲食店の集まる区画に向かって走り出した。


「チビ助! ペンギン憑きのお前なら大丈夫だと思うが……気を付けろよ?」


 そんなイチゾーの背中に護衛豚人種オークがそんな言葉を投げかける。

 返って来たのは、元気よく手を振る姿。

 ゴミの中、血に塗れながら、それでも生きる為に走る子供。何と言うか――


「逞しいねぇ」


 そんな彼から貰った煙草に火を点けながら、相棒の人間種ヒュームが言った言葉に、頷いた。
















あとがき

 ぐあぐあと新作をソイヤします。

 楽しんで頂ければな、と。


 それはそうと、皆さんは当然ペンギン語とアナグマ語が近いことは知っていますよね?

 知らない人の為に軽い解説をば。

 「ぐあ」は挨拶、肯定、yes

 「ぐな」は嫌な気持ちの表現、拒絶

 「な?」は疑問

 「なっ」はNO、ダメ、否定、さよなら

 「ぐが」は怒り、殺意、ぶっころすぞテメェ

 そうです。「あ」はプラスの意味、「な」はマイナスの意味だと覚えておきましょう。これが基本です。

 そしてご存知の通り、ペンギン語はシチュエーションで大きく意味が変わります。

 例えば、作中でコーラの種類を聞かれた時の

 「ぐ、なっ」は「(少ない)(否定)」となり、缶か瓶の二択のこの状況だと「少なくない方」つまりは缶のことを示します。難しいですね。もう後悔してます。いやしてねぇよ。


 兎に角ペンギン語はシチュエーションに左右されます。

 例えばパーティの招待状を破られて泣いてしまった少女の涙をぬぐいながら

「ぐが」

 と言った場合

「お前を殺す」デデン

 となります。

 そんな訳で皆様、今回の講義はこの辺りで――なっ!


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