第3号 折れないごぼうがここにあるんだ

 晴仁はるひととごぼうの出会いは、こんなふうだ。

 家のテレビで、東京ガメニズの試合を観戦していた。対薬味やくみとストローズ三連戦の二日目。マウンド上で汗を拭うエースの出嵐でがらし。九回裏、ついに1点差に迫られ、ツーアウト満塁のピンチを迎えていた。


 微動だにしない西目にしめ監督の下に、ベテラン投手・阿久あくが歩み寄る。スポーツ漫画上でしかあり得ないような場面を、テレビカメラは捉えていた。


「監督」と、まっすぐな眼差しを向ける阿久。

「なんだ阿久。なんで出てきた」マウンドに顔を向けたままの監督。

「俺の出番かと思って」

「はっ」笑う西目。「球団のお荷物がなにを言うかと思えば──」

「これを見てくれ」

 阿久はアンダーシャツの袖から、しなびたごぼうを取りだした。

「は?」

 あっけにとられている様子の監督の目の前で、阿久は両手でごぼうの端を掴み、ぐにゃりと曲げてみせた。

 阿久は言う。「冷蔵庫の中で二週間放置されたこのごぼう。干からびて、シワシワ、しなしなだよな──。でも、折れないんだよ。新鮮な野菜だったらこうはいかない。出嵐は新鮮な野菜で、このごぼうは俺さ。俺の心も、折れない」


『西目監督が動きます。ピッチャー交代のようです!』


 この日、阿久の活躍で東京ガメニズは勝利を収めた。西目監督と阿久のやりとりはスポーツ紙に取りあげられ、四十五歳・遅咲きのヒーローが誕生した。またこの試合の後、日本各地のスーパーマーケットからごぼうが姿を消したというニュースも忘れてはならない。

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