元町中華街 心を癒すあやかし薬膳飯店〜あなたの不調、キョンシーが治します〜

たかつじ楓@LINEマンガ連載中!

第1話 悩める漫画家の転機

みなとみらい線の電車を降りて地上に出ると、そこはまるで異国だ。

見上げるほどの大きな朱色の鳥居がそびえ立っている。

平日なのにも関わらず人通りは多く、どこからともなく焼けた肉と香辛料の香りが漂う。


「久々に来たな……元町中華街」



俺はそう呟き、朝陽門と書かれた大きな鳥居をくぐり、目的の店へと足を進めた。



元町中華街 癒やしの薬膳飯店



第1話



俺は新藤昇。漫画家だ。

幼い頃から漫画が大好きだった俺は、授業中もノートの端にオリジナルのキャラを描いては友達に見せて遊んでいた、典型的な漫画少年だった。


高校生の時、漫画研究部で絵がうまいともて囃されていた俺は、周囲に乗せられて漫画を一作描き人気の週刊誌に投稿。

すると見事、初めてなのに佳作を受賞し、担当編集がついた。


授賞式で賞状をもらった時に、俺は確信した。

自分は子供の頃に読んでいた漫画のような人気漫画を描き、少年たちに夢を与える漫画家になる!と。


自分の才能を信じて疑わなかったのだ。


そして20歳の時、週刊連載が開始し、順風満帆で悠々自適な漫画家生活が始まる……と思っていたのだが。



人生はそんなに甘くはない。



滑り出しは良かったのだが、回を重ねるごとにどんどん落ちていく人気。アンケートの不調により掲載順は雑誌の後ろの方に下がっていく。


担当からのアドバイスに頭を悩ませ、SNSをエゴサーチしては酷評に歯を食いしばっていた。


テコ入れのためにイケメンライバルや巨乳女子キャラを出してみたけれども、そんな浅はかな展開は目の肥えた読者にはすぐ見抜かれ、見事に打ち切られた。


その後も何度か企画書を出し、新連載が始められても、すぐに打ち切り。


コミックの売り上げも振るわず、最終的に週刊誌の編集からフェードアウトされてしまった。


25歳にて無職になった、学歴も職歴も無い俺は、途方に暮れた。



今から他の職につくことは考えられなかったので、別の出版社に持ち込んだ。

しかしなかなか連載まではこぎ着けない。


一応週刊連載していた知名度をもとに同人誌を描いてコミケで売ったりと食い繋いでいたが、貯金はみるみるうちに減っていき、都内で一人暮らしをしていた俺は仕事場を引き払い、横浜の実家に戻ってきた。


そして気がつけば28歳。


幼い頃漫画を読みあっていた友人たちは、会社でどんどん出世をしていた。

次々に結婚し家庭を持っているのを、LINEのアイコンから知る。



なのに俺は、伸びっぱなしの無精髭と目の下の隈を携えたまま、ペンタブを握りしめて必死に漫画界にしがみつく、子供部屋おじさんと化していた。


猫背で昼夜問わず部屋に引きこもり、タブレットと睨めっこしている俺に、最初母ちゃんは小言を言っていたが、次第に言わなくなった。


そんな生活が半年ほど続いた後……俺の元に転機が訪れたのだ。



「昇、お前ずっとパソコンばっか見ておって」



漫画家としての転機ではない。


元漫画家のアラサー無職の俺の未来を案じたのか、ため息の増えた母ちゃんが相談でもしたのだろう。


母ちゃんの父親、俺のじいちゃんが久々に家に来て俺の部屋に上がってきたのだ。


「ああ久しぶり、じいちゃん」


小学生の時の学習机にデスクトップパソコンとタブレットを置いて作業をしていた俺は、いつの間にか昼になっていたことに気がついた。


次の出版社に持ち込むための漫画を描いていたら、すっかり時間を忘れてしまっていた。


数年ぶりの再会だというのに、じいちゃんはドカドカと俺の部屋に上がり込むと、乱暴にカーテンと窓を開けた。

真昼の日差しが眩しく差し込み、目を細めた。


「若いのに不健康だな。太陽が昇ったら起き、太陽が沈んだら寝る。それが人間のあるべき姿だ!」


白髪を風になびかせたじいちゃんはそう言い、大きく伸びをした。


床に置いていたエナジードリンクの山に足を引っ掛け、乾いた缶の音が部屋中に響き渡る。


「漫画は順調なのか?」


「……んー、まあまあ」


俺はボソボソと返答する。

たまに企業の商品の宣伝やYouTubeの広告のためのイラストを描いて小銭を稼ぎ、その隙間時間で持ち込み作品を描いている俺は、順調とは程遠い。


目線を逸らした俺の、後ろめたい気持ちを察したのかじいちゃんは、ふむ、と顎に手を置いて思案していた。



「お前さんさ、わしの店のオーナーをやらんか」



その手をポンと打ち、名案だと言わんばかりに提案してきた。



「オーナー?」



寝てるときも起きてる時も、万年スウェット姿の俺が聞き返すと、じいちゃんは頷く。


「中華街にもう何十年もやってる中華料理屋さんがあるんだ。

昔はわしも料理人としてそこで腕を奮っていたんだが、年取ってからは店の土地と利権を買ってオーナーだけしているんだ」



そういえば母ちゃんが、じいちゃんは昔料理人だったと言っていた。

小学生の時、親が用事でいない日にじいちゃんが作ってくれたチャーハンは、確かに卵がふわふわで美味しくて、おかわりをした覚えがある。


「昔からの店員が2人で切り盛りしている小さな店なんじゃが、料理も絶品で、知る人ぞ知る名店なんだよ」


ふふふ、と自慢げに笑い腰に手を当て胸を張るじいちゃん。


実家が横浜とはいえ、中華街なんて、中学生の時試験の点数が良かったご褒美に、家族で有名な餃子屋さんに連れてってもらった以来かもしれない。


「なんで俺がそこのオーナーを?」


「わしももう70過ぎだろ? いつ、くたばるわかったもんじゃない。

体が動くうちに、世界中を旅行しようと思ってなぁ。パーっと外国に行ってこようと思ってるんだよ! 今日はその出発の挨拶に来たんだ」



じいちゃんはポケットからパスポートを取り出し、まるで印籠のように掲げた。

10年パスポートだから、まだまだ長生きする気満々だ。


「お前もなぁ昇、三十路も近づいた良い大人が、嫁も貰わずいつまでも母ちゃんに心配かけるんじゃないよ」


図星を突かれた俺は、うっと声を漏らしてうなだれる。


ちょうど手元では女キャラのアップを描いていたため、タブレット上のデフォルメされた美少女の大きな瞳と目が合う。


「中華街のその店は、一階が店、二階が従業員の休憩所兼自宅になってるから、お前が住み込みで手伝えばいい。

店の売り上げから、家賃と従業員たちの給料を差し引いた金額は、お前のもんだ。家賃なし、美味い食事あり、悪い話じゃないだろ?」


確かに、収入の安定していない俺には願ったり叶ったりな条件だ。


「それに、お客さんや店員との触れ合いで、アイディアが降りてくるかもしれん。1人でこんな部屋にこもってちゃ、どんな天才でも息が詰まるぞ」



じいちゃんはそう言って、ニカっと豪快に笑った。


「……天才」


俺は、久々に俺に向けられたその単語を、小声で繰り返した。

そしてふと、頭の中に情景が蘇る。



『昇は絵が上手いな! お前は天才だ!』



もう二十年以上前のこと。


じいちゃんはまだ白髪混じりの黒髪で、今と同じく豪快に笑っている。

幼稚園で描いたじいちゃんの似顔絵をプレゼントしたら、大きな声で喜んで頭を撫でてくれたのだ。


そうだ、俺はじいちゃんに褒められたから、漫画家になろうと思ったんだった。

褒められて嬉しくて、くすぐったくて。



寝る前に何度も思い出して心が温かくなる、あの気持ちを思い出したくて俺はずっと漫画を描いていたんだ。

一番応援してくれている人が、家族として一番近くに居たんだ。


「……ありがとう、じいちゃん。オーナーやってみるよ、俺」


「おう、この名刺のところに、明日にでも行ってみなさいな。

わしは明日にはエジプトでピラミッド見とるけどな!」


「気をつけて、旅行楽しんできてね」


「おうよ、お土産楽しみにしときんしゃい」


じいちゃんはいつもそうだ。底抜けに明るい笑顔で、周りの人も明るくさせる。

鬱屈した部屋にズカズカと上がり込み、風通りを良くしてくれた。



受け取った名刺を見ると、住所とともに、



「薬膳飯店 シェンチー」



という店名が書かれていた。


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