第8話 獣人保護区 1/3

 小屋の外にあった狭い倉庫を漁る。

 クローゼットのようなものを見つけ、そこを開くとちょうど服があった。

 しかもニット帽もある。


「セラート。キミが獣人だと周りに知られればその場で殺されてしまうかもしれない。でもこれならキミが獣人だって気付かれないぞ」

「そうですかね」


 ニット帽を被せると、セラートはイヤそうな顔で目線を上へと上げながら、両手で帽子を細かく動かし調整する。

 服はブカブカなので、短剣で切ったり手で結んだりして合わせた。

 しかしこれ、弓使いの私物だろうに文句一つ付けてこないな。

 喋りすらしないし、変わったヤツだ。

 

 先に明かりが見えるほど短い洞窟を抜けると、本当に小さな町だった。

 とてもくさい、糞尿と植物の青臭さが混ざったようなにおいだ。

 辺りには柵に大きく囲まれた小屋がポツポツとあり、柵の向こうでは四足歩行し寛いでいる、茶耳茶髪でボサボサ髪の獣人たちが見える。

 コイツら、オレと同じような髪色と髪型、それに目の色だ……。

 服を着ちゃいるけど、コイツらは食肉に加工されるんだよな。

 人間に食われるのはどれもこれも生き物だし、仕方ないことなのかもしれんが。

 セラートみたく人間と変わりない子のいる種族を、食うために育てるなんて……絶対におかしい。


「シヘタさん。格闘家さんを見つけるために、町をもっと散策しましょう」

「……もう少し、ここにいさせてくれ」


 にしても、呑気なヤツらだ。

 人間にもいろんな奴らがいるが、いずれ殺されるってのにこれは……。

 イヤに残酷さを感じる。

 知らずに生きてきたのが悔しい……。

 獣人たちの様子を眺めていると、赤いチャイナ服を着たセミロングで黒髪のお姉さんが、笑顔でこちらへ駆け寄ってきた。

 快晴の空みたいな、キレイな水色の瞳だ。


「アクェ! どうしたの? その子たちは仲間?」


 弓使いに話しかけているのだろうが、弓使いは何も言わない。

 なんだコイツ、こんなにかわいい子が話しかけてくれてるのに無視かよ。


「おい弓使い、返事くらいしろって」

「このお方、目と耳が不自由みたいです」


 え、そうなの?

 弓使い……アクェを見ても何も分からない。

 けど、目と耳が不自由なら仕方ないか。


「そっか。……」


 彼女は自分の頬を、手でペシペシと叩く。


「アタシが頑張るしかないね! それで、君たちは?」

「格闘家って重罪人を始末しにきた。そうだ、どこにいるのか知ってるなら教えてくれ」

「格闘家? 知らないなぁ〜」


 彼女は指先を唇に当てながら、明後日の方を見上げる。

 あざ……。

 あざとい! あざとい! あざといいい!

 ……ふう、知らないなら他に聞くか。

 ん、絞首台に腕を括られ吊り下がってる人がいる。

 デカい木の小屋と柵ばかりだから景色に馴染んじゃいるが、さすがにヘンだ。


「アイツ、なんで吊り下げられてるんだ?」

「この町はねー。の集まる町なんだ。奥に畑が見えるでしょ?」

「ああ」


 確かに、山側の耕された場所には野菜の葉が伸びている。


「放牧されてる獣人は、他の町から保護された獣人だよ」

「あ、菜食主義だから獣人のことは食べないのか」

「そうそう。吊られてるのはそういう町のルールがあるのに、肉を食べようとした悪い人」


 ふむ、町ごとにルールが違うのか。

 だとすると、この吊られてるのが格闘家か? なら話は早い。


「えいッ」


 吊られている男のケツに短剣を突き刺すと、男は悲鳴を上げる。


「痛え! 何しやがる!」

「オマエ重罪人なんだろ? このナイフでじっくり殺してやるよ」

「重罪人だァ? 獣人を食わずにペットとして飼ってるこの町の奴らがそうだろ! オラは正しいことをしようとしたまでだ!」


 あれ?

 とりあえず、男のケツからナイフを抜き取る。

 チャイナ服のお姉さんに聞こうと辺りを見渡すと、いない。


「じゃあオマエ、格闘家じゃないのか」

「……ハアッ、ハハッ、さっきいたチャイナ服のガキが、格闘家だぞい」


 あ、そういえば勇者は格闘家の女って言ってたな。

 ……まあ逃げられても、道場で待ち伏せてりゃいいか。

 セラートがアクェの背後から、こちらを覗く。


「シヘタさん、本当に勇者さんから言われたことをやるんですか?」

「ああ。やらなきゃオレもセラートも死ぬんだからな」

「私は……人の命を奪いたくありません。それにこの町は、私の求めていた場所かもしれないんです」


 あっ、よく考えてみればそうか。

 柵の向こうにいる獣人たちだって、穏やかそうに過ごしてる気がしてきた。


「格闘家さんと協力して、勇者を倒しましょう」

「それはムリだ、勇者には誰も勝てない。弓使い……アクェにだってムリなはずだ。所詮、オレらは勇者から力を分け与えられてるだけだからな」

「……勝てなくても、私は勇者と戦います」


 おいおい、何を言い出してんだこの子は。

 普通の人間相手にでさえ殺されかけたセラートじゃ、戦いにもならないに決まってる。


「セラート。無謀なことは言わずに、大人しく勇者から与えられた役目に従おう」

「イヤです。行きましょう、アクェさん」


 セラートはアクェの手を引きながら、住宅地の方へ向かっていった。

 グヒヒという笑い声が聞こえる。


「なんだか知らねえが仲間割れか? かわいそうにねえ」

「うるせえ!」


 男のもう片方のケツに短剣を突き刺すと、再び悲鳴が上がる。

 そういやコレって傷害罪だわ。

 やっちまった……、勇者にバレたら問答無用で殺されちまうんだろうか。

 まあ、バレないだろ。

 

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