らーめんの『なると』に代わるモノ!
爆発しちゃいますおじさん
飲みに行こう
私が、この中学校で教師をし始めてからもう三年になる。科目は理科で、担任として受け持つ学年は二年生。
まだ、三年生を担任させてもらったことはないが、なんとなくその理由は分かる。
恐らく、自分の病的なまでの、『こだわり』が、原因であろう。
しかもそれは、私の要領の悪さゆえの、自己防衛反応とでも言えるかもしれない代物である。
私は、やる事なす事全て完璧にしなくては気が済まないタチなのだ。
完璧にやればやるだけ、気持ちがすっきりする。そこに一切の迷いはない、と自負している。
とは言うものの、やはり何か心の中に引っ掛かりがあって、この『こだわり』が、空回りしていることには、薄々気づいていた。
放課後の見回り作業をしながら、そのように考えていると後ろからちょん、と背中を突かれた。「先輩、先輩。今日は華金ですよ、華金。飲み、行きましょうよ」
私より一年後輩に当たる山田が、るんるんとした仕草で、話しかけてきた。
「そうだね。ところで山田はもう仕事は済んだ?」
華の金曜日についての話題に、ほとんど触れることなく、話を横道に逸らす。
「先輩、つれないなぁ。私がいつもこうやって話しかけるのは、仕事が綺麗さっぱり、終わった後でのことでしょ?」
言葉と言葉の隙間に、心地良い間が空く。
「...それ、確認するの癖になっちゃってるじゃないですか」
くすくす笑う山田は、同じ職場で仕事をしているが、私とは色々な面でタイプの違う教師だ。
ーー彼女の教員生活一年目。
生徒からも、先輩教員たちからも好評だったのは『抜く所は抜き、きっちりするところは、突き詰める』。
メリハリを付けて振るう、その教鞭のしなやかさにあった。
世俗的なあまり好みでは無いが、それに倣って言えば、彼女は『天才肌の教師』ということになろう。
そんな山田は、ベテラン教師顔負けのその指導力を上司である校長に、すぐに見抜かれることとなる。
結果として、教員としてのキャリアがわずか二年であるというのに、受験生ということで難しい時期である最高学年の担任を任ぜられている。
しかも、見たところそれを要領良く楽しそうにこなしている。
特筆すべきは、その人とのコミュニケーション能力にある。
誰とでも分け隔てなく話せるその器用さ、会話の引き出しの多さには、目を見張るものがある。
現に、こうして『こだわり』の強い私も、彼女との会話の心地よさに魅せられ、何度も飲み会へ洒落込むくらいには、山田という人間に惹かれてしまっている。
しかしながら、彼女のそれと自分とを比した時、何だかどうしようもなく淋しくなるのである。
だから、そんな自分とは真反対で優秀な彼女に、初めて飲みに誘われた日はとても驚いた。
確かに、去年は同じ二年生の担当をしており、受け持つクラスも隣どうしだったため関わることは多かった。
しかしながら私は、新任の彼女の才能に圧倒された不甲斐なさからか、業務以外では、関わることを極力しようとしなかった。
ーーそんな彼女との関係性が変化したのは、去年の夏休みに入る間近のこと。
夏補習の準備ため、理科の教材研究に精を出す私に彼女は話しかけて来た。
「先輩、ここまで終われば帰れますよ! さあ残り少し頑張りましょう!」
職員室の隅に対面で座り合う私達は、大きなデスクトップ越しで、顔が見えないまま会話をしていた。彼女は同意してくれないだろうが、私にとっては顔が互いに見えないという状況は、恥ずかしながら心地良いものであった。
「そうだね。もう少し頑張ろうか。」
時刻は午後八時五十分を回っていた。
夏補習の準備のために連日の残業を余儀なくされていた私達だったが、「あと少し、もう少し」と互いに励まし合うことで何とか前に進んで行った。
「終わった〜!」
それから一時間ほど経って、彼女が叫んだ。
「奇遇だね。私もちょうど今終わったところだよ」
本当ですか!と喜ぶ山田。
彼女は「それじゃあ」と続ける。
また、心地良い間が空く。
「先輩、今から一杯行きませんか?」
_________
その後、仲良くなるに連れ、数回と重なったこのサシ飲みを、今回も二つ返事で承諾することにした。
本当は、私の方から彼女を誘いつけてやりたい。
しかし、「先輩」だから、という邪魔なプライドが、彼女の教師としての実力に劣る、その負い目が。
彼女と仲を深めるごとに、心の底に黒く澱のように重なっていて、そうすることができそうもない。
そのため、いつも金曜日は持分の仕事が全て完了した後、頼まれてもいない見回り作業を自主的に行う。
そうして、わざとらしく廊下を巡回し、彼女の誘いを心待ちにしている、と言うわけだ。
性格的には、真反対である彼女との飲みが、これがまあ、中々どうして面白い。
同じ教師と言うことで、しかも歳も近い。それも気兼ねなく話せる一つの要因なのは確かだ。
しかし、それだけでは説明がつかない「何か」があるようにも感じる。
「凸と凹が噛み合う」という言葉を、私たちに適用するなら、きっと私はそのどちらかで、彼女はどんな形にもなり得る、万能な図形なのかな、とか、下らないことを考えた。
「で、先輩。行くんですか? 行かないんですか?」
廊下を歩きながら、にへと笑って聞くまでもないその解答を待つ後輩に、わざとらしく「いいよ」と頷く。
「やった! それじゃ、施錠作業済ませたら、いつもの場所で待っていますね。では!」
ぱたぱた、という音が聞こえるような、そんな仕草で山田は走って行った。
...「廊下を走らない」という掲示が貼ってある、白い壁を横目に。
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