きみのもとへ

モンキーパンツ

第1話

彼はもう、どれくらいここにいるのか覚えていなかった。


覚えているのは、彼にはとても大切な人がいるということだけだった。


その大切な人が誰なのかもわかっていないけど、ずっと呼ばれているような気がしていた。


そして、彼自身もその人に会いたかった。


でも、彼には足が無かった。


「神様、僕に走れる足をください」


彼は、天に向かってお願いをした。


すると、神様が大根の足を授けた。


彼は喜び、大根の足で走った。


走るたびに大根おろしができた。


ところが、彼には目が無かったので真っ直ぐ走ることができなかった。


「神様、僕に前を見るための目をください」


すると、神様はおはじきの目を授けた。


彼はまた喜び、おはじきの目で真っ直ぐ走った。


走っていると、カラスが大根の足を食べようとしてきた。


彼には、腕がなかったのでカラスを追い払うことができなかった。


おはじきの目で必死でカラスを睨み威嚇するも、ただただ可愛いだけで全く効かなかった。


むしろ、綺麗に光るおはじきをカラスは奪おうとしてきた。


「か、神様!カラスを追い払う!う、腕をください!」


すると、神様は魔法少女が使うステッキの形をした腕を授けた。


彼は、魔法少女ステッキ腕(略称)をカラスに向けて可愛い呪文を叫びプリティーな魔法を出そうとした。


ところが、猛烈に恥ずかしくなり普通にステッキの腕をブンブン振り回しカラスを追い払った。


しばらく走っていると彼は、とても大切なことに気づいた。


大切なあの人が、どこにいるのか知らないということだ。


彼は、うっかり屋さんだった。


オロオロしていると、年老いた猫が、話しかけてきた。


彼には、耳が無かったので何を言っているのかわからなかった。


「神様、僕に猫の言葉がわかる耳をください」


すると、神様は彼にタンポポの耳を授けた。


「何かお困りごとかな?」


猫は、落ち着いた声で聞いてきた。


彼は、答えた。


「なぜか、わからないけど大切な人に呼ばれている気がするんだ。その大切な人というのが誰なのかも覚えていないんだけど…」


「きっと、あなたの大切な人はミズキさんのことでしょう」


「え?どうして、わかるの?」


「君の顔を見ればわかりますよ」


猫は笑って答えた。


「ミズキって人は、どこにいるのかわかる?」


「ここからずっと先にある、白い大きな建物にいるのを見ましたよ」


猫は、この街に長く住んでいて何でも知っていた。


彼は、お礼を言って走った。


ひたすら走った。


無我夢中で走った。


大切な人に、ようやく会える。


なぜだかは、わからないがずっとずっと会いたかった。


タンポポの耳が散ってしまうほど全力で走った。


カラスが仲間を引き連れて、襲ってきても走った。


怖くて挫けそうになっても諦めずに走った。


大根の足が、すり減って無くなりかけていることに気づかないほど走った。


痛かった、苦しかった、でもそれ以上に大切なあの人に会いたかった。


ステッキの腕を支えにして無格好な走り方になりながらも走った。


おはじきの目が弾け飛んで、前が見えなくなっても走った。


走り続けた。


でも、限界が来てしまった。


大切なあの人に辿り着く前に取って付けた腕や足が全て外れて、失ってしまった。


「神様…ごめんなさい…せっかく腕や足をもらったのにあの人には会えませんでした…」


彼は、残念そうに言った。


「あれ?


なんだろう、これ?


…ボール?


どうして、こんな所にバスケットボールが?」


若い男がコロコロと弱々しく転がっていたバスケットボールを見つけた。


隣にいるロングヘアの女が、落ちていたバスケットボールを少し見てから、優しく拾い上げた。


「…これ、私のだ」


女は突然、涙を流し始めた。


「なんで、わかるの?」


「…だって、私の名前が書いてある」


ボールの真ん中には、【ミズキ】と消えかかった文字で書かれていた。


「…私が子どもの頃、死んだお父さんがプレゼントしてくれたの。


でも、台風の日に外に置いたままにして無くなってしまった。


それからずっと、一生懸命探したけど、見つからなかったの…


なのに、どうして、今になってこんな所に…」


「きっと、お義父さんが届けてくれたのかもしれないね」


ミズキは、ボールをギュッと抱きしめた。


「…お父さん、ありがとう。


あれから、苦手だった大根食べれるようになったよ。


おはじきでよく遊んでくれたり、タンポポで花輪を作ったりしてくれてすごく楽しかったよ。


魔法少女にはなれなかったけど、お父さんと同じ、学校の先生になったよ。


そして今日、私、結婚するよ」


彼には、もう何も見えていなかったし何一つ聞こえてもいなかった。


ただ、遠い昔ミズキに大切にされ、よく抱きしめられていたことを思い出していた。


そして、柔らかく優しい温もりに包まれながら静かに、また長い眠りについた。


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