第三章 七話
意外にもすんなりと
「
なんと参加してくれるだけではなく手伝いまでも申し出た。
「良きお考えかと存じます。臣への心配りが行き届いておられる」
滅多に無いことに褒められまでして、
見事に整えられている。
六家はそれぞれ
池には
大々的にも程がある。
榠樝は少しばかり呆れを含んで
「もう少し簡素なものを想像していた」
「女東宮の
深雪は警備の者の隙間からこちらを覗き見る民の姿を眺め、頷く。
「虹霓国は揺ぎ無き存在と示さねばなりませぬ
ほう、と榠樝は感嘆する。
「やはり流石だな、摂政。私もそなたのようになるにはあと幾年月掛かるやら」
心からの賛辞に深雪は片眉を上げた。
「女東宮が私のようになられるのは到底無理でしょうな」
あっさりと告げられ、がくりと肩を落とす榠樝だが、続く言葉に顔を跳ね上げた。
「貴方は私とはあまりにも違う。貴方なりの王を目指されよ」
「摂政、それは」
勢い込んで聞く榠樝に、深雪は珍しいことにはっきりと笑った。
「まあ、百年早いと申し上げておきますが」
「う……」
丁寧に礼をして、深雪は去り際に振り返って言う。
「そういえば女東宮も琴を演奏なさるとか。楽しみですな」
榠樝は頭を抱えたくなった。
衆人環視の中での演奏。
とちったらどうしよう。
六家の当主が入れ代わり立ち代わり挨拶に訪れる。
外だからなのだろうか。朝廷よりも幾分柔らかく感じる。
少しは気が緩んでいるのかもしれない。
だとしたらよかった、と榠樝は表情を和らげる。
「
「うむ。そなたが六花か。面を上げよ」
賢そうな男児がぴょこりと顔を上げた。
「
にこりと笑う顔がなんとも可愛らしい。
榠樝もつられて笑顔になった。
「元気になったそうだな。良かった。今日は楽しんで行くといい」
「はい。ありがとう存じます」
ぺこりと頭を下げる
礼をして下がる六花に手を振って。
榠樝は空を仰ぐ。雲一つない蒼穹。
「平穏無事がなによりだ」
女東宮の婿がねたちの演奏があり、
竜頭鷁首の二対の船で同じく雅楽寮の
六家当主はそれぞれ得意の楽器を持ち寄り合奏。嚙み合わないどころか素晴らしい調和で。
皆、大興奮だ。
そして皆が盛り上がれば盛り上がる程、榠樝の緊張は高まっていく。
「榠樝さま。お顔が引き攣っておられます」
「無理なかろ。この後私の演奏だぞ」
「大丈夫でございますよ。ほら、笑顔」
にこりと引き攣った笑みを無理矢理浮かべてみても、中々面白いことにしかならなくて。
「まあ、神妙なお顔も趣がございますよ」
慰めだか何だかわからないことを言って堅香子が下がる。
榠樝は天を仰いだ。
琴は王の楽器とも呼ばれる。
また祭祀に用いられる神降ろしの楽器でもある。
とかく琴は虹霓国の王にとって特別な楽器なのだ。
無我の境地で挑むしかない。
御仏の教えにもあった。
琴の糸は強く張り過ぎても、弱く張り過ぎても良い音は出ない。
本当に良い音を出すためには、強過ぎず、弱過ぎず、丁度良く調整しなければならないのだ。
力み過ぎても
悶えているうちに出番である。
榠樝は琴を前に小さく息を吸い、そうっと吐いた。
手は震えていない。大丈夫、いつも通りに弾けばいい。
澄み切った繊細な音が響く。
いつの間にやら静まり返った神泉苑。
だれもが榠樝の琴の音に耳を澄ましている。
これでは呼吸の音さえも聞かれそうだな、と少し思った。
雑念を捨てねば。榠樝はすっと表情を消した。
神に届けと、ただそれだけを念じ、弾く。
最初こそ頼り無く思われたが段々と力強く響きだす。
そよ、と風が吹き始めた。
まるで琴が風を呼んだかのようで、皆が琴を弾く女東宮、榠樝に注目する。
榠樝は一心不乱に琴を掻き鳴らしている。
本来これほど大きく琴の音が響くことは無いだろうに、どうしたことか辺り一面に音色が響き渡って。
荘厳で怖ろしささえも感じる。
雲一つなかった空が
涼し気で、夏の空気を一掃するような清々しさ。
そして、琴が止む。
雲が晴れ、陽が差し込む。
「虹だ!」
誰かが叫んだ。
虹は
「
誰かが叫んだ。
いつまでもこの御代が続きますように。
主に正月の
「女東宮さま!」
「万年あられ!」
「龍神さま!」
「万年あられ!」
「虹霓国!」
万年あられ!
彼方此方で上がる声に、半ば呆然としながら榠樝は虹を見上げた。
偶然だろう。
たまたま霧雨が降って、たまたま虹が出た。
それだけだ。
けれど、榠樝は周りを見回す。
龍神が榠樝を認めた証として虹が現れた。
それは何よりの瑞兆で。
跪く重臣らに、手を叩き喜び合う
跳ね飛び騒ぎ躍る民。
摂政が珍しく微笑んでいる。
榠樝はほっとしたように口元を綻ばせた。
「よかった」
皆が笑顔なのが、いい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます