第一章 八話

そして次の日。

喧しくやって来たのは右近衛大将うこのえのたいしょう藤黄南天とうおうのなんてんと、左近衛大将さこのえのたいしょう蘇芳銀河すおうのぎんが、そして検非違使別当けびいしべっとう黒鳶野茨くろとびののいばらの三名だった。

当然の如く摂政せっしょう蘇芳深雪すおうのみゆき昼御帳ひのおましの前に控えている。

「揃いも揃ってどうしたのだ」

珍しい取り合わせに榠樝かりんはきょとんとして目をみはる。

礼儀をわきまえずどっかりと胡坐あぐらをかいて座った南天の頭を拳で殴りつけ、銀河が膝をつき、野茨が続いた。

南天は頭を擦り、改めてひざまずく。

「我ら武官より、女東宮にょとうぐう請願せいがんがございます」

口火を切ったのは銀河。

深雪が不審な顔をした。

陣定じんのさだめでのことではないな?」

蘇芳家の銀河が居るにも関わらず、深雪に報告はいっていないらしい。

野茨が銀河に続いて述べる。

「女東宮に於かれましては、早急にご決断を頂きたく、昨夜三人で話し合いましてございます」

「何を」

怪訝な顔をする榠樝に、南天が声を張った。

征討大将軍せいとうたいしょうぐん職を、設けるべきと存じます」

征討大将軍とは、朝廷に仇なす者すべてを討伐する為に編成された軍団の長官かみのことである。

今現在、虹霓国に征討軍は無い。

左右近衛府が宮中警備の要であり、また高官の護衛もつかさどっている。

また都の治安維持のための警察組織として検非違使がある。罪人の追捕ついぶなどは身分の上下に関わらず検非違使が行った。

「女東宮に対する明確な害意が存在する以上、我ら以上の権限を持った者を置くべきと存じまする」

榠樝は眉根を寄せた。深雪は眉間の皺を深めた。

「今のままでは事足りぬということか」

「軍の復活は、慎重に論ずべきかと存じます」

「それでは遅過ぎる!」

深雪の言葉に被せるように南天が怒鳴った。

びりびりと痺れるような感覚に、榠樝は思わず息を呑む。

「ご無礼を。少々声を張り過ぎました」

榠樝の怯えを感じ取ったのだろう、南天が勢いよく平伏した。

銀河が言葉を続ける。

「右大将の言が、我ら三名の総意でございます。急いては事を仕損じると申しますが、先んずれば人を制すとも申しましょう。何かが起こってからでは遅いのです」

「女東宮、ご決断を」

野茨が引き継いで、三名揃って頭を下げた。

「征討大将軍職の復活を、願い奉ります」

深雪は相変わらず渋い表情のまま、三人を見詰めている。

返事に窮し、榠樝は深雪を見た。

「摂政、そなたの意見は」

静かな、そして考えの読めない深い眸と視線がぶつかる。

見つめ合うような、睨み合うような、そんな時間が恐らくは一瞬、だが体感ではとても長く、あった。

深雪はゆっくりと頭を垂れる。

「女東宮のお考えのままに」

榠樝は口を開いて、また閉じた。

「暫し時間をくれ。考える」

野茨が念を押した。

「あまり、猶予はございませぬことを、お心にお止めくださいますよう」


だがしかし、軍を復活させるとなると不穏な空気が国中に広がることは間違いない。

すわいくさかと怯える者も出て来よう。

諸外国も虹霓国に戦意ありと取りかねない。

寧ろそれを契機とばかりに圧力を掛けられても困る。

榠樝は頭を抱えた。

自分一人で考えるには限界がある。

「大学寮に意見を求めてみるか……」

日々の授業だけではなく、幅広く深く、さまざまのことを聞かねばならない。

女東宮としての在り方にも関わって来るだろうことだ。

「……時間が、足りない」

榠樝は低く呻いた。

まるで宿題に追われる学生のようでもあった。




榠樝かりんが悩んでいる間に、六家はそれぞれ女東宮の婿候補を選ぶのに苦慮していた。

蘇芳すおう家からは紅雨こううが出ることが既に決まっていたが、まだ名乗りはあげていない。

他の家の出方を見てからという穏健派の躑躅つつじの考えだ。

「ですが父上、先手必勝と申しませんか」

庭先に咲く薔薇の花を愛で、紅雨は口を曲げた。

蘇芳躑躅すおうのつつじの邸の前庭には赤い花が多い。

薔薇も深紅。木瓜ぼけも芍薬も赤々と燃えるようだ。

無論のこと躑躅の花も赤い。

「先走るのも良く無かろう。お前はいささか性急に過ぎるぞ」

「のんびりしていて先を越されてはならぬと思うのですが」

不満気な紅雨に躑躅は苦笑する。本当に、己一人が蘇芳家の変わり者だ。

蘇芳家の者は皆、炎のように気性が激しい。

一見すれば冷徹だが、その実一旦懐に入れてしまえばどこまでも情が深い。

自分に厳しく、身内にとことん甘い。

極端と言えば極端な性格の持ち主が多いのが蘇芳だ。

その中で異端ともいえるほどに、躑躅は何をするにも慎重な性格だった。

「紅雨、お前は女東宮にお目に掛ったことは無かったな」

「ありませんね。それが何か?」

「いや、どこぞに恋しい姫など居らぬのかと思ってな。見ず知らずの女東宮の婿がねなど、嫌だと言われるかと思っていた」

紅雨は少し意外そうに目をみはる。

「王配ですよ。名誉なことではないですか。それに女東宮は美しい少女なのでしょう?まあ、母上や蘇芳の従姉妹たちには敵わぬでしょうけど」

紅雨は蘇芳の家の女たちが世界で一番美しいと思っている。

外見だけでなくその気性まで含めて。

躑躅は苦笑した。

「お前は本当に母上が好きだな。北の方にするなら母上のような姫をと幼い頃から言っていた」

躑躅の北の方、紅雨の母は蘇芳の出で、躑躅の又従姉妹にあたる。

その所為ばかりではないだろうが、紅雨は蘇芳の気性をより強く継いでいる気がする。

「人聞きの悪い。それでは私が母上に異常に執着しているようではないですか」

「事実だろう」

「違います。ただ心の底から敬愛申し上げているだけです」

大して変わらないと思う、と口に出さないだけの分別は躑躅にはあった。


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